まさに老若男女大勢の声で賑わう学校内を、と並んで歩いている。この高校で文化祭を迎えるのは2回目だが、今年のほうが去年よりもすこしばかり心が浮き立っているのは、やっぱり隣にいる相手が全然違うからに決まっている。だって去年なんか、風紀の見回りとかいって、土方とばっかり回っていたのだ。
「あれ、もしかして、もう見回りに戻らないといけない時間?午後からって・・・」
「ん?ああ、や、今日は俺ァもう仕事ナシ。朝来てちゃちゃっと別の仕事して、午後の見回り代わらせた」
山崎に。半ば強引に。は「よかったの?」なんて言っているけれど、口元がほころぶのを隠せていない。そうやっての喜ぶ顔を拝めると、ああがんばって山崎脅してよかったなァと思うのだ。というか、別にかまわないだろう、どうせアイツと一緒に文化祭を楽しんでくれる奇特なヤツなんていないのだから。
パンフレットを開いて、しばらく何ページかをぱらぱらめくっていたが、ちょんと服の裾を引いてきた。そういうちょっとした行動はこそばゆく、柄にもなく顔がにやけそうになってしまう。なにしろが超のつく奥手で、未だに手をつなぐので精一杯なのだ。正直自分の性格ではそれはじれったいを通り越してむしろ空気読めと言ってやりたいところだけれど、結局どうにもこうにも進みあぐねてしまっているのは、が大切で仕方ないせいなのだと思う。
「どうしたィ」
「なら、剣道部の出店に行ってもいい?総悟が仕事に行ってからって思ってたんだけど、そうじゃないなら・・・」
なぜか所属メンバーのほとんどがかぶっている風紀委員会と剣道部なので、沖田をはじめ、そのふたつの仕事を兼任しているものが多い。それでも、沖田が見回りに行ったあとでもそちらに行けば会えるから、というつもりでいたのだろう。沖田の場合は剣道部のほうの出店(たこ焼き屋。なにがなんでもマヨネーズを使いたい土方と、皆の意見を考慮した結果。)の仕込みを朝にすこしばかり手伝ったあと、と合流したのだった。まあせっかくなので、顔を出して様子を見てもいい。もちろん見るだけだが。
「じゃあついでにメシにすっか。奢ってやらァ」
「え、ホント?いいの?」
「俺を誰だと思ってんでィ、剣道部の副主将ですぜ。なんも言わなくても連中が喜んで奢ってくらァ」
うん?と首をかしげるにかまわず、その手をぐいと引いてやる。それだけで耳元を赤くしてしまうのは可愛らしいには違いないが、いい加減そろそろ慣れたっていいだろう。
昼時ということもあってか、それなりに列ができている屋台に顔を出す。目ざとく沖田を発見した山崎が、せっせと鉄板の上のたこ焼きをひっくり返しながら「ああちょっと沖田さん!」と懇願するように声をかけてきた。
「ひどいじゃないスか、俺こっちの仕事だってあるのに、あと5分もしたら見回りに行かなきゃならないなんて正直ちょっとマジホント無理っていうか、」
「オイお前に聞こえんだろ、ちったァ気ィ遣えってんでさァ。大体なんだって俺がお前に仕事任したかわかってんのかィ、野郎一人で文化祭見て回るなんて惨めな気持ちを味わってほしくないからこそあえて忙しくしてやろうって、慈悲深い副主将様の思いやりですぜィ」
「・・・す、すいませ」
後ろにいるには見られず聞こえないように背で隠しながら胸倉を掴んでそう言ってやると、山崎がなんとか数回うなずくので、とりあえずは放してやった。顔を覗かせたが「山崎くん、焼くのうまいね」なんて声をかけて、それに気を良くしたのか「いやあそんなハハハまあね、あ、さん、よかったらひとつ食べる?」とか言うので、ひとつといわず二人分奢らせてやったのは言うまでもない。
この出店のウリである、大量のマヨネーズがかけられたたこ焼きにはじめは目をまるくしていただったが、一口食べておいしい、とはにかんだ。たまには土方もマシなことするじゃねーかと、今はおそらく見回りでもしているであろう、剣道部主将のことをめずらしく褒めてやりつつ沖田もたこ焼きを口に運んだところで、「おーいたいた、じゃねえの?」、耳慣れない声が彼女を呼んだ。
「あ、銀ちゃん!と、みんなも、来てくれたんだね!」
「そりゃー来るだろ、母校だし。ついでに後輩たちの様子も見に来ちゃったりして、ちょっと俺今日はかなりアクティブなんだけど」
「お前は普段から動かなさすぎなんだ。それより、俺たちはついでか。皆、とまとめられるとは心外だな」
銀ちゃん、と呼ばれた男と、長髪の小煩そうな男、短髪の目つきの悪い男に、ぼさぼさ頭でサングラスの男。彼らと面識はなかったが、その風貌と、と親しげな様子とで、正体は容易に想像できる。ああ、コイツらか。沖田の表情が自然と剣呑なものに変わった。それに気付いたのか、と話していた『銀ちゃん』がこちらを見て、ああ、と納得したようにうなずく。
「。こちらさんが、噂の『総一郎君』?」
「え、ちがうよ、沖田総悟くん。わ、わたしの・・・彼・・・氏」
尻すぼみにはなったもののの紹介に満足していると、4人が4人ともぴくりと反応したのがわかった。優越感に浸りつつ、わざと訊ねてやる。
「で、、そちらさんは?」
「うん、ほら、前に話した、わたしの幼なじみ?の、お兄さん?たち」
逆にその紹介ではどこか不満げな彼らは、それぞれがそれぞれに沖田を探るような視線を向けた。それにひるむことなく、逆に監察し返すつもりで、遠慮なくじろじろと眺めてみた。はあ、これが『伝説』のねえ。
→