去年この高校に入学した沖田とは入れ違いに卒業していった学年には、『伝説』と称された4人組がいた。彼らが剣道部に所属していた3年間、部は負けなしで、また揃いもそろって個性的な彼らは、卒業してからも生徒をはじめ、教師たちにも強烈な印象を残し、未だに語られることが多い。沖田が2年にあがるときに卒業していったふたつ年上の近藤とは親しいので、よくその伝説の話を聞かされていたのだが、彼らのひと学年下で部活を共にしていた近藤によれば、まともに部活に出ていたのは桂というヤツくらいで、あとの3人は気が向いたときにしか顔を出さなかったらしい。それでも試合に出れば他を全くよせつけず、勝利のあとの祝賀会には必ず顔をそろえていた。いい加減といえなくもなかったけれど、それでもひどく憧れたと、伝説のことを話す近藤が懐かしそうに目を細めているのを、なんともいえない気分で眺めたのを憶えている。ちなみに1年間付き合ったはずの土方は、あまり彼らのことを思い出したくないようだ。馬が合わなかったのだろう。


 がそんな伝説と親しいとわかったのは、1年のとき、沖田に会いに剣道部に顔を出したと、当時主将をしていた近藤とが話していたときだった。は4人組とわりと家が近かったこともあり、小学生のときに知り合って仲良くなったという。どうやら3つ年上の彼らにとっては妹のような存在であり、相当かわいがられていることが、言葉の端々にみてとれた。にその自覚はないようだが、今もこうして沖田に敵意にも似た視線をむけてくるあたり、やはり間違いないだろう。
 沖田たちの不穏な空気を当然読み取れないは、さらに紹介を続けている。


「その天パが銀ちゃんで、髪の長いのがコタロー、サングラスが辰ちゃん、奥の目つき悪いのが晋ちゃん」

「だからなぜ俺だけ呼び捨てなんだといつも言っている」

「そのほうが呼びやすいんだっていつも言ってるのに。みんなに声かけてくれたのコタローだよね?よく連絡とれたね」


 問われた長髪の代わりに、気付けばのすぐ近くまで寄ってきていた天パが許可なくその手元のたこ焼きをつまんで答えた。じっと睨みつけてやったが、話が自分たちのことへ移ったからなのか、なんだか余裕ぶっている。


「別に俺はもともと来るつもりだったけどね。坂本がたまたま日本に戻ってきてて、連絡よこしたんだ。高杉は知らねェ」

「いやあ、まさかちょうどここの文化祭だったなんてのお。久しぶりに金時とでも飲もうかと思っとったら」

「銀時だっつってんだろ」


 がははは、と、坂本は意に介することなく笑った。それを楽しげに眺めて、は沖田に耳打ちする。


「辰ちゃんはね、高校卒業してから、会社を作って世界中をまわってるの。だから会うの久しぶり。というかちゃんと大学に行ってるのはコタローだけで、銀ちゃんも晋ちゃんも普段なにしてるの?」


 最後の言葉は沖田ではなく、銀時と高杉に向けられた。ふたつめのたこ焼きに手をのばしていた銀時は目をぱちっと瞬かせて、つまらなさそうに遠くを見ていた高杉がこちらに視線を戻す。


「あれ。言ってなかったっけ?俺も働いてんだよ、まあなんでも屋ってヤツかな」

「てめェのソレは働いてるって言わねェ。ろくに仕事も来ねえそうじゃねェか」

「うっせーな、俺の時代はこれからなんだよ。そういうお前こそなにしてんだ」

「わたしも聞きたい」

「言わねェ。」


 高杉は見た目どおりの性格のようだ。ケチー、とつぶやくをちょいと引き寄せて、その耳元に口を寄せると、わざと隠すように手で覆い、思ったままを口にした。


「近藤さんに聞いてたとおり、適当なヤツらだなァ、なんか」

「あ、でしょ?もうね、ダルダルだよ」

「そんな感じ。俺よりひどいんじゃねェ?」


 がちいさくふきだして、それにつられるように沖田もくつくつ笑う。狙い通りに仲睦まじいカップルの様子を作り出したところ、ゴホン、とあからさまな咳払いが聞こえた。そちらを見ると、銀時がごほんごほんごほんげほげほと立て続けに咳をして、あー、と口を開く。


「・・・えっと?で、そちらが噂の総吉郎君?」

「それ、さっきも聞きやした」

「だっはははは!金時お前、意識しすぎじゃあ!」

「ば、ばっか、お前こそなにそんな、のん気にしちゃってんの!?が彼氏とか言っちゃってんだぞコイツまだ高校生なのに!」

「でも晋助がこれくらいのときは、」

「こんなヤツと比べんな」


 ぐい、と親指を立てて後ろにいる高杉を示せば、案の定険悪なオーラが彼から発せられた。しかしとうとう彼らの話は本題に入ったわけで、なんでも訊いてみろとばかりに沖田が4人を見ると、まず視線を合わせてきたのは長髪だった。


「沖田君、と言ったか。そういえば近藤から話を聞いたことがある。自分のよく知る中学生で、優秀なのがいるとか」

「はあ、どうも。俺も先輩方の噂はいろいろ聞いてまさァ。近藤さんがそりゃあ尊敬してやした」

「そうか。近藤は今どうしているのだったかな。今日も来ているものとばかり思っていたが、姿を見ていない」

「近藤さんなら、警察官目指して勉強中でさァ。今日は午前中間違えてバイト入れちまったらしくて、午後から来るそうで」

「なるほど、確かに正義感の強い男だったからな。・・・ところで沖田君、君はとはどこまでいったんだ」

「なななななにきいちゃってるのコタロー!?」


 突然の話の流れに、当然が抗議の声を上げる。助けを求めるようにひとまず他の兄貴分たちに目を向けても、むしろ興味深げにこちらを見ているばかりだ。坂本なんか、あからさまに身を乗り出して楽しそうにしている。いやな感じがして沖田の裾を引っ張ったが、彼もむしろ、そう訊ねられるのを待っていた、ような。そんな顔。たまらずぐいぐいと裾を強く引いて、余計なことを言わないように、釘を刺しておくことにした。


「総悟、いいからね、コタローの言うことなんか聞かなくってもいい」

「そー言うなよ、銀さんたちはお前のおにーさんだからさあ、気になってんだそういうの」

「そうじゃな、それにお前さん、そういうこと自分から言わんじゃろ?」

「いいい言うわけないじゃない、どうして辰ちゃんたちにわざわざ・・・」

「いいから、お前ェは黙ってろ」


 高杉にぼそりと言われて、は身をすくませる。付き合いこそ長いものの、他の3人に比べて、彼は決して優しい男ではない。凄まれると本能的に身体がこわばってしまうのだ。なにも言えなくなってしまったを見て沖田はなにか思うところがあったのか、自分の裾を握るの手をひいて、身体を寄せる。


「まァ、どこまでいったかっていやあ・・・」


 引かれるまま沖田に倒れこむような体制になったの口に、自分のそれを押しつける。べしゃ、となにかが落ちた音は、たぶんひとつだけ残っていたのたこ焼きだ。その音をきっかけに、唇を食むように動かしてやると、おもしろいくらいにがびくりと反応した。初めて感じるやわらかさを充分に堪能してからゆっくり身体を離すと、同じようにが真っ赤な顔でそろそろと目を開ける。銀時たちをはといえば、4人とも同じように呆気に取られた様子でいた。


「ここまで、ですかねィ」


 勝ち誇ったようににやりと笑ってやる。銀時がこちらを指差して、その先がわなわなと震えだすのに気づくと、沖田はの手を引いてそのまま急いで踵を返した。わざわざ怒鳴られるのを待ってやることもない。しばらく歩いていると、「・・・そう、ご」隣からやっと小さな声が聞こえてきたので、ぴたりと歩みをとめてその顔を覗き込む。顔が赤いのはまだ引いていなかった。


「今日から解禁、ですぜ」


 それでまたすぐに顔を赤くするに満足して、とりあえずその口に自分のたこ焼きをつっこんでやった。これで、マヨネーズをなめとってやるという二回目の理由ができる。これ以上ないくらいに良い笑顔を浮かべながら、ちょうどいいきっかけになってくれた伝説たちに、まあ感謝してやらなくもないと思った。


























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銀さんたちちょっと若いイメージで。しりきれですみません。


(2008.2.7)