隊士たちのほとんどが屯所を空ける日中に、掃除や洗濯を済ませることになっている。今日は廊下の清掃を命じられたは、先ほどからずっとかがみこんでせっせと床を磨いていた。すべて一人で拭くわけではないとはいえ、廊下の量は半端ではない。湿気のひどい今日は何度ぬぐっても体中から汗がふき出してきて不快指数も高いから何度も挫けそうになったが、それでもだいぶ時間をかけて吹き続けた廊下も残すところあとわずか、最後にもう一度水を持ってこようと玄関前を通りがかるとちらと人影が見えて、とっさに足をとめた。外から戻ってきたらしい人影も足を止めてを見る。先に口を開いたのはだった。

「総悟くん?あれ、見回り中じゃあ・・・」
「そういうは床掃除ですかィ。ご苦労なこった」
「・・・ああ、うん・・・」

 人影は一番隊隊長その人だった。一番隊のほかの面々が戻っていないところをみても、彼らが市中見回り中であることは間違いがない。隊長である沖田の姿があることはおかしな話だが、その沖田はの疑問に答えることはなく靴を脱ぎ捨てるとさっさと上がってしまうので、もう一度同じように繰り返してみた。

「総悟くん、見回りどうしたの?」
「・・・今日の気温、どんだけあるか知ってるかィ」
「えーっと、たしか・・・28度?」
「ばっか、確実に30度は超えてらァ。体感温度なら40度以上ですぜ。やってられっか」
「まさかぁ、40度はないでしょ?・・・え、それで、部下の人たち置いてきちゃったの?」
「あいつらもどっかで涼んでんじゃねェ?」

 なんだそれは。暑い暑いと言いつつ汗をかいている様子もない。汗だくの自分と比べると見た目としては明らかにこちらのほうが暑さにやられているようだが、そうはいってもは炎天下の町を歩いたわけでもないので、外の暑さをはっきりとは知らない。まあ別に自分に害があるものではないし、と、それ以上の口出しは控えることとしたが、すたすたと歩いていく沖田の足元にふと目をやると、そうも言っていられない事態に気づいてしまった。

「ちょっと待った総悟くん!」
「あ?」
「足!その足どうしたの!」

 足?と指摘されて視線を下にやった沖田はああ、と納得したようにうなずいて「ちょっと今日は暴れたもんで」としれっと言いのけた。しかしそんな簡単に片付けられては困る。

「暴れすぎだよ!ほら、総悟くんの通ったあと足跡ついてる!真っ黒!」

 今さっきがぴかぴかに磨きあげた廊下に、沖田の歩いたあとが点々と残されていた。あああああ、と悲惨な声をあげてが廊下を拭きなおすのを視線の端に収めながら沖田が足の裏を見てみると、うん、黒い。

「わーすげェ、マジで跡ついてる」
「あ、ちょっと、足踏みしたらダメだってば!総悟くん動かないですぐふくもの持ってくるから、」
「おいおいここで待ってろってか、そんなんお断りでさァ。風呂場行けばよくね?」
「だから!そこまで行くのに!どれだけ廊下を通ると思ってるんですか!ちょ、ホントに動かないでったら・・・!」

 の静止もむなしく沖田はむしろ足跡をつけることを楽しんでいるかのごとくに歩いていく。は、ダメだって言ってるのになんで聞いてくれないのさっき拭いたばっかりなのにこんなに汚してあああああ先輩に怒られるスキップするな!と文句を言いながらついていって、そんな彼女を振り返ると沖田のあとを四つん這いになりせっせと廊下を拭きながら付き従っている姿があるのだった。

「・・・・・・」
「わかった、総悟くんせめて靴下を脱ごう!そしたらちょっとは汚れなくなるかも・・・」
、なんか犬みてェ」

 そうこぼすと彼女が上を向いたので目が合った。はしばしぽかんとして沖田を見つめ、その間抜け顔を見下ろすのがひどく気分が良いと思う沖田はふっと笑みをもらした。それに我に返ったらしいは瞬時に顔を赤らめるとぐいと眉間にしわをよせる。

「・・・誰のせいだと思ってるの」
「お前もうそれでいいんじゃねェ?」
「それ?」
「俺の犬」

 にやりと笑う沖田を見つめたままがまたしばし動きをとめること数秒、さらに眉をしかめてぱっと立ち上がり、目線を近づけてから睨みつけた。

「犬って、あのねえ・・・!」
「おすわり」
「は?」
「座れっつってんのが聞こえないんですかィ。ご主人様に歯向かうなんざァいい度胸じゃねェか、こりゃ躾のしがいがありそうでさァ」
「し、つけ・・・!?」

 は見る見るうちに顔を真っ赤にしてぶるぶる震えると、沖田に向かってばしり、と持っていた布切れ、通称雑巾を投げつけた。「信じられない総悟くんのばか!」言い捨てて怒りに震えたままその場を立ち去ろうとしたのだが、ぐいと後ろから髪の毛を引っ張られる。容赦のない強さに思わず身が竦んだ。

「痛っ!」
「誰も行っていいなんて言ってやせんぜ。ご主人様に雑巾投げつけるなんて、こりゃ徹底的に躾しねェといけねーなァ」
「ちょ、や、そ、えええ・・・!」

 背中には先ほどまでのものではない、嫌な汗をかいていた。廊下には容赦なく足跡の数が増えていく。ずるずると引きずられるようにして沖田に連れて行かれるまま、なにがどうしてこうなったのかを考えた。廊下の掃除をしていたから?沖田の足が汚れていたから?ああ違うこれはきっと、このどうしようもない暑さのせいだ!









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(2008.7.13)