蝉の大合唱をBGMに、スザクの部屋で夏休みの宿題の残りを片付けるのが毎年の習慣だ。高校生になって得意分野がすっかり分かれたスザクとは、お互いに得意科目を終わらせてから相手のそれを写す、という手段をとることを覚え、今はスザクがの終わらせた分の宿題をせっせと自分のテキストに写している最中である。妙なところでクソ真面目な彼はこの行為をあまり良しとはしていなかったが、結局はいつもにぐだぐだと言い含められ、自分もこのままでは終わらないと悟り、最終的にはの思い通りになってしまうのだった。
「スザクー、これの続きは?どこにしまったの?」
「本棚のどこかにあるよ。捨てちゃいないし、しまいこんでもないから」
要領の良いはもう宿題をすっかり終えて、今は寝そべりながら読書中。スザクの集める漫画はなんか変わってておもしろくない、といつだったか言われたような記憶があるが、そう言いつつ読んでいるのだから人のことは言えないだろう。は億劫だといわんばかりにのろのろと立ち上がると、背伸びして本棚の上のほうを見上げた。
「うーん・・・えー・・・と、あった!・・・けど・・・スザク、届かない」
「がんばって」
「・・・。大体なんで一番上の段なんかにしまっちゃうの」
「なんでだろう。片付けたときに、適当に、かな。普段あんまり読まないから」
だったら買わなきゃいいのに、とぶつぶつがこぼすのが聞こえたが、そこは聞こえない振りをした。だってその漫画が置いてあるからはこういうときも暇を持て余さなくて済むのだし、新刊買ったよ、といえばいつだってここまで来てくれる。それを買い続けることはスザクにとってもにとっても意味があるのだ。
「スザク」
「・・・わかったよ。ほら、ちょっとどいて」
「うん」
テキストを広げたままにして、本棚の前に移動した。スザクにとってはなんの問題もない高さだが、中学に入ったころからぐんと身長に差が出始めたには腕をいっぱいにのばしてようやく指が届くくらい。7巻とって、の指示に棚から取り出して手渡してやると、ありがとう、と微笑んだ。本当に自分はに甘いと思う。
「そういえば、ルル君は遅いね」
「え?ルルーシュ、来るの?」
テキストの前に戻ると、開け放った窓から入ってきた風のせいで閉じてしまっていた。仕方なくページをめくっていたスザクの向かいに座りながらのの言葉に、思わず顔を上げる。
「宿題助けてもらおうかな、と思って呼んだの。まあ、わたしはもう終わらせちゃったけどね。午後からなら大丈夫って言ってたんだけどなあ、言わなかったっけ?」
「・・・初耳だよ」
「言ったような気になってた」
ごめんね、となんの悪びれもなく言うに呆れた目線を送った。この部屋の主になぜ許可をとらない。それはがこの部屋をまるで自分のものであるかのように思っているからに他ならない。それだけスザクの部屋に慣れている、といえば喜ばしいことではあるが、こんなときには少しだけ困った。宿題を終わらせたらと二人で、残りの夏休みをどう楽しむかの計画を練ろうと思っていたのだ。べつにルルーシュがいて嫌だとか、そういうわけではないけれど、なんなら先にその相談をしてから宿題を始めればよかった。そう思って口を開きかけると、先にがスザクの手元を覗き込む。
「あ、でもスザクももうすぐ終わりね。えらいえらい、よくがんばった。わたしよりもずーっと遅いけど」
「自分でできるところは自分でやってるんだ。と一緒にするなよ」
手をのばして頭を撫でてくるのが気恥ずかしくて、すぐにその手を押しやった。はむっとしてかわいくない、とつぶやいたが、かわいくなくていい。けれどこのまま機嫌を損ねるのもなんなので、それより、と呼びかけた。
「なに?」
「残りの休みの予定。まだ行きたいところあるだろ?早めに決めておこうと思って」
「えっ、じゃあ枢木神社祭り!」
「・・・うちじゃなくてさ」
「でも毎年楽しみにしてるもん。あ、今年も何かあったら手伝うからね。なんでも言ってね」
「うん、ありがとう。で、そうじゃなくて」
毎年恒例の行事にが思いをはせてしまう前に引き止めた。他にないの?と訊ねると、相手は考え込むように視線を宙に漂わせた。
「うーん・・・花火大会、もう一回くらい行きたいね。あとは・・・、・・・あ!遊園地まだ行ってない!」
「遊園地?」
「うん、今年はお化け屋敷がパワーアップしたんだって!すーごく怖いらしいよ〜」
「、そんなの入れるの?泣くだろ?」
「泣かないよ!そんなに怖がりじゃない」
「だってホラー映画とか、ろくに観られないじゃないか。コマーシャルだって嫌がるのに」
「いつの話?もう平気だもん。あ、なんならホラー映画大会しようか?3本くらいDVD借りてきて、徹夜で観るの」
「えっ、どこで」
「ここ」
「泊まるの?」
「いけないの?」
「いけない、ていうか、」
予想外の展開にスザクが言葉を濁すと、失礼しますと部屋の外から声が聞こえた。どうぞ、と言えばすぐに戸が開けられ、使用人と、友人の姿がある。
「ルル君!」
「悪いな遅くなって。スザク、お邪魔するぞ」
「あ、ああ、うん、いらっしゃいルルーシュ」
動揺したようなスザクに気づいたらしいルルーシュはちらりと視線を向けると、部屋の中に移動しながらに向かって口を開いた。使用人がお飲み物をお持ちしますね、と戸を閉めていく。
「なにを話していたんだ?ずいぶん賑やかだったな」
「え、廊下まで聞こえてた?」
「声は。なにを言っているかまでは分からなかったが」
「えっとね、今度、」
「あああ、ルルーシュ!」
素直に話の内容を告げようとするを遮って友人の名を呼ぶと、すぐにルルーシュととが振り返った。ルルーシュは大事な友達だが、今回ばかりは彼にはいえない。せっかくの夏、もうすこしと二人の時間を楽しみたいと思うのは、だって仕方のないことじゃないか?
「ここ、ちょっと、わからないんだ。教えてもらってもいいかな」
「ああ、数学か?これならこの公式を使って」
ルルーシュの解説を受けながら机の向こう側のにちらりと目をやると、じいとこちらを見ている。なんだか気まずくなって目をそらそうとしたが、その前にの口が声は出さずにぱくぱくと動いた。
でぃー、ぶい、でぃー、かりて、くるね。
そのままにこりと笑うが照れくさくて、こそばゆくて、今度こそぷいと顔をそらした。なぜだかにやけてしまう口元は手で覆ったが、耳元が赤くなるのまでは隠せない。視界の端に、ルルーシュがちいさく笑うのが見えた、気がした。
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(2008.7.30)