※ジノがヒロインの騎士で、スザクはまだ独り身です^^





 スザクがアリエスの離宮を訪れたとき、目的の人物であるルルーシュは来客中だと告げられた。時間通りに来たはずだけどなあ、と内心で首をかしげるも、急ぎの用事もないのでなら待ちます、と返し客室に通されて数分後、すぐに先ほどの使用人が「お待たせいたしました」と現れた。

「もうお帰りになったんですか?」
「いえ。ですが枢木卿がお見えだと申し上げましたら、お通しして宜しいと」

 どうぞ、と促されるままにルルーシュの部屋向かいながら、自分との約束を優先させたということなのだろうか、などと考えを巡らせていたが、部屋に足を踏み入れるとその謎はすぐに解けた。豪奢なデスクに肘を付いているルルーシュの正面に立つ金髪の長身が来客だというのならば、自分がすぐに部屋に通されたのも納得がいく。長身は振り返るとすぐに笑顔で、ルルーシュよりも先にスザクを呼んだ。

「やあ、ジノ。ルルーシュ、こんにちは」
「スザクも殿下に用なのか?」
「うん。ルルーシュに呼ばれて。あ、というか、ホントに入ってきて良かったの?」
「ああ、問題ない。こいつの用事は大したことじゃないんだ」
「ひどいなあ、ルルーシュ様」

 肩をすくめてごちるジノにはしかし、非難の色などこれっぽっちもない。スザクとはまた違った形でルルーシュとジノは幼いころからの付き合いであるので、これくらいのやりとりは日常茶飯事なのだった。ルルーシュを通してそんなジノと知り合ったスザクは彼の戦闘力の高さや人懐こい性格を評価しているが、ジノと向き合うときにいつもどこか引け目を感じるというか、負けているような気分になるのは、能力面や人柄云々の問題ではなく、もっと別の精神的な部分に由来する。

「そんなこと言うと、様が気を悪くしますよ。せっかく殿下とナナリー様にって、あんなに贈り物を持ってきたのに」

 ルルーシュに向かって身体を乗り出すようにするジノの言葉にぴくりと反応したスザクが「?」と思わずつぶやくと、すぐに気づいたジノが振り返った。その奥に見えるルルーシュの顔はどこか不満げにしかめられている。

「この間、日本に視察に行ってきたらしい。そこで大量に土産物を買い込んだんだよ。・・・なにしに行ったんだか」
「あ、またそういう言い方する。ちゃんとお仕事もされてましたよ。ただ殿下は純粋に日本の伝統工芸品に興味をもたれて、その感動をすこしでもご兄弟であるルルーシュ様やナナリー様に分けて差し上げたいと考えたわけです」

 かわいらしいじゃないですか。仮にも皇女であるをさして屈託なくそう笑うジノは、皇女殿下の専任騎士を2年以上務めている。スザクにとって唯一その点が、ジノに対して引け目を感じる要因だった。

 ルルーシュ、ナナリー兄妹と特に親しくしているもまた、スザクの昔なじみといえた。歳が近かったこともありすぐに親しくなったのことを少なからず想うようになったスザクがブリタニア軍人として現在のナイト・オブ・ラウンズの位に上り詰めるまで努力し続けてきたのは、ブリタニア皇室に騎士制度というものがあって、彼女の騎士となれれば一番近くで護ってあげられると知ったからに他ならない。しかし特ににその決意を告げることもなく密かに軍人となり、彼女と連絡をとることもなく(その手段がなかったのもあるが)着実に地位をあげていったスザクの耳にある日突然飛び込んできたのは、皇女殿下がヴァインベルグ家の四男坊を騎士に選んだ、という衝撃的な事実だった。

「聞けばナナリー様は最近、折り紙に凝ってらっしゃるとか。ご覧になりました?ええと、なんだったっけ・・・。・・・とにかく、貴重な紙らしいですよ、様が買った折り紙は」
「そのくらい見れば分かる。ジノ。仮にもの騎士だというなら、もっと真面目に公務に勤しむようにさせろ。それが出来ないなら、」
「はーいはいはい、分かってますって。あーそうだスザク、お前の用事はなんなの?」

 ルルーシュが説教モードに入りそうなのを受けるとすぐに話の矛先をスザクへと向けたジノに名を呼ばれ、スザクの思考は一時中断した。目をまたたかせ、ああええと、ととりあえずつぶやきながらルルーシュを見る。皇子殿下はため息をついた。

「俺が個人的に呼んだんだ。ジノ、お前の用事は済んだだろう。悪いが席を外してくれ」
「えー、帰れってことですか・・・。まあいいや、様になにかお渡しするもの、ありますか?一度殿下のところに戻るつもりなので、私で良ければお預かりしますよ」
「いいや、特にない。ご苦労だった」

 そっけないルルーシュの態度にめげることもなく、「そうですか。では失礼します」と一礼するとジノは部屋をあとにした。もちろん、「じゃーなスザク」と付け加えることも忘れずに。
 ジノが出て行ったドアが閉まるのを見届けていると、後方のルルーシュが盛大にため息をついた。それにスザクはまた視線を彼に向けて、なんとなしに訊ねてみる。

「ジノは要するに・・・なんの用だったの?」
に、俺たち宛ての土産物を渡しに行ってくれと頼まれたそうだ。連絡もなしに突然来るのはやめろといつも言っているというのに・・・しかもこんなタイミングで来るか」

 忌々しげに独り言のようにぶつぶつとこぼすルルーシュに「タイミング?」と繰り返すと、相手は鋭くスザクを睨みつけた。ええなんで、と反射的に首をすくめる。

「お前もどうしてそんなにのん気なんだ。悔しくないのか、目の前でのことをぺらぺらと喋られて」
「悔しい、なんて・・・。仕方ないじゃないか、ジノがの騎士なのは事実なんだ。・・・それに、ジノを選んだのは、なんだし」

 悔しい悔しくないは自分でもよく分からないが、残念ではあった。日本ならば自分でも案内が出来たし、の気に入りそうな和菓子や工芸品もいくらでも知っている。しかし、現時点で彼女とのつながりに『昔なじみ』ということしか持たないスザクがの公務に付き添うことなんて万に一つもありえないわけで。
 自分で言いながらしゅんとうなだれるスザクに対して苛立ちを隠すことなく、頬杖をつくのとは反対の手でとんとんと机を小刻みに叩いている。そんなルルーシュの口からどんな辛らつな言葉が飛び出すのだろうとスザクは身構えるしか出来ない。

「何度も言うが、騎士を選べと周りにせっつかれたときに気心の知れたジノがたまたまの目に留まっただけだ。それこそ仕方ないだろう、俺もも、まさかお前が軍人になっているなんて夢にも思わなかったんだからな。まったく、せめて俺にだけでももっと早めに連絡をよこしていれば、騎士選定なんていくらでも先延ばしにしてやったものを・・・」
「連絡しなかったことは悪かったと思ってる。でも、驚かせようと思って」
「お前がそう変に気を回して上手くいったことがあるか。・・・スザク、の継承順位では難しいのは確かだが、騎士を二名以上持てないわけじゃない。お前が本気なら、」
「ああ、いや、ルルーシュ、そんな。それはなんていうか、ジノに悪いような」

 ここでジノを気遣うのがルルーシュには理解出来ず、眉をひそめてスザクを再び睨みつけた。スザクはそれに苦笑いをこぼして視線を外す。複雑ではあるがジノ自身をどうこう思っているわけではないし、自分をの騎士にするとして、ルルーシュが色々と骨を折ることになるだろうとも考えると、そこまでしてもらう価値が果たして自分にあるのだろうかと疑問に思ってしまうのだ。そしてなにより、そうまでしたところでが、枢木スザクを騎士にすることを喜んでくれるのかどうか。

「他人を気にかけていたら、一生の側になんて行けないぞ」
「うん・・・わかってるけど」

 結局のところ、あと一歩での騎士という地位を掴み取れるところにいるスザクがその一歩を踏み出せないでいるのは、の気持ちを確かめたことがないからだった。仕方がなかったとはいえ一度はジノを選んだ彼女が今さら自分を求めてくれるのかどうか、これっぽっちも自信が持てない。

「・・・最近、とは会っているのか?」

 ルルーシュの声音が変わった。視線を一度彼に戻してから、スザクはちいさく首を横に振る。

「日本に行く前にちらっと見かけたくらい。・・・はあ」

 近頃のはよく他国に出入りしていて、彼女と特に関わりを持てないスザクが会うのは困難だった。特別の用事があれば話は別だが、スザクの立場ではそれも難しい。の騎士になれれば、こんな状態も180度変わるのだろうが。
 またもや沈んでいるスザクに呆れたように息をつくと、ルルーシュはおもむろにデスクの引き出しを開けた。そこから一通の封書を取り出し、スザクに差し出す。

「なら、お前をここへ呼び出した理由を教えよう。これをに届けてくれ」
「・・・え?」

 突然の言葉にぽかんとしつつも差し出されるまま封書を受け取った。きちんと蝋で封されたそれをまじまじと眺めてから、これは?と訊ねる。

「招待状だよ。ナナリーがに会いたがっていて、ならお茶にでも招待したらどうかと言ったら、張り切ってそれを」
「へえ・・・。でもそれくらいなら、通信をつないだほうがすぐに」
「味気ないだろう。それに、その中に一緒にナナリーが折った折り紙を入れてあるそうだ。に早く見てもらいたいらしい」

 そういわれると封書にはいくらかの厚みがある。ほほえましく思ったが、すぐにあれ、と気が付いた。

「どうしてさっきジノに渡さなかったの?」
「・・・お前、それは本気で訊いているのか?」

 心底呆れたため息を長々と吐き出してから、ルルーシュは顔を上げた。それは彼がすべてを心得ているときの表情で、今のスザクの目にはなぜだかひどく頼もしいものとして映るのだった。

「いいか、必ずお前が、本人に直接届けろ。今日は会えるまで帰ってこなくていい。それから当日はお前も参加するんだぞ」

 わかったな、と念を押してくるルルーシュに向けて破顔して、スザクは大きくうなずいた。

「イエス、ユアハイネス」











――――――――――
続き書けたらいいです

(2008.7.24)