「せえんぱーい!」

 聞き覚えのありすぎる声が背後から聞こえて、スザクはう、と眉をひそめた。学園の廊下、この先にはもうあと生徒会室くらいしかない。そんな場所であるから会うだろうとは予測の範囲内だったわけだけれど、それはそれで、けして会いたかったわけでもない。スザクがしぶしぶと振り返るより先に、声の主はがしりとその肩に腕を回した。

「なんつって。なあスザク、今から生徒会?」
「・・・そうだよ。ジノは?」

 スザクよりも背が高く体格も良いジノは「俺も!」と微笑むと腕を放した。それから悪びれもなく続ける。

もいるかな?今日はまだ会ってないんだ。ここに通えば任務以外でもと一緒だなって期待してたんだけど、学年が違うとちっとも会えないんだな。勉強になったよ」

 言いながらすたすたと歩いていくジノの後を追うような形になったのがスザクには不満だった。ぺらぺらしゃべり続ける相手の言葉はほとんど耳に入らず、だから今ここでは会いたくなかったんだ、と思う。これから行く先にがいるであろう、そういうときに。
 そもそも「スザクとの間をじゃまするつもりはないから!」だのと宣言しつつ、あっけらかんとと会いたいようなことを口にする辺りが理解できない。前を行くジノをさっさと追い越してしまいたいが、それはそれですこし大人気ないのではとぐずぐず考えている間に彼は目的地のドアを開けてしまった。

「いたっ!〜〜〜!」
「ジノ。あ、スザクも」

 案の定、先に名前を呼ばれたのはジノだった。ちらりと見回した生徒会室には彼女しかいない。の姿があったこと自体は嬉しかったが、まるで自分がオマケになってしまったような感覚にスザクはぶすりと顔をしかめ、それに気づいたらしいが何か言いたげに彼を見たが、図体のでかいジノがその間に入り込んでしまった。

会いたかったっ!なんかすごく久しぶりな気がする!」
「朝一緒に登校したじゃない。大げさなんだから」
「だってさあ、昼間はちっとも見かけないんだぜ?だって会いに来てくれないし」
「そんなこと言われてもなあ・・・。2年生の教室まで行く理由がないよ」
「俺に会うってことでいいじゃん。あ、そーだもう留年しちゃえば?ミレイみたいに」

 さらりとそんなことを口にするジノにさすがに苛立ったスザクがその肩をがしりと掴んで、ジノと、そしてが思い出したように彼を見た。内心のそれを表には出さずに表面上だけは平静を装ったままで口を開く。

「ジノ、そのへんにしたら。あそこに置いてあるの、君がやらなきゃならない仕事だろ」
「あ、そうそう、それジノによろしくねって会長が言ってたよ。資料室に戻したいんだけど、場所が上段の奥のほうだとかで。背のあるジノにお願いしたいんだって」
「え〜〜〜〜〜」

 来たばっかりなのに、としぶるジノをがなだめた。「ジノに、てご指名なんだから行ってあげてよ。会長、なにかご褒美くれるかもよ?」ヴァインベルグ家のご子息が物で釣れるとも思えないが、文句を言いつつも自分が一番適任だということも分かっていたらしい、それでジノは頷いた。

「わかったよ、じゃあ行って来る。あ、なんならも来る?」

 呼ばれた当人が口を開く前に声が割り込む。

は他に仕事があるんだ」
「言うと思った。じゃーなー」

 スザクの言葉に特別不快を感じた様子もなく、あっさりと手を振りながらジノはまた廊下へと出て行った。それに同じように手を振ってみせてからはスザクをふり返って笑う。

「ご機嫌斜めだね」
「・・・分かってるなら、」

 そこまで言って後ろからの身体に手を回す。ぎゅうと引き寄せると、抵抗もなくあっさりとスザクの腕の中へとおさまった。

「かまって」
「スザク、子どもみたい」

 呼吸を小さくふるわせるように笑ったままのがおもしろくない。回した腕に力を込めると、「あ、ちょっと苦しい」と手を叩かれた。それにほんの少しだけ力をゆるめ、。

「なに、わたしの『他の仕事』って?」
「・・・何かあるんだろ?わざわざここにいたんだから」
「うーん、まあ、それなりに。でも急ぎじゃないから今じゃなくてもいいんだよ」
「・・・・・・・」
「ジノについてっても問題なかったよ?」
「・・・本気で言ってる?」
「どうだろ」
「ジノとばっかり話して」
「だってジノが話しかけてきたから・・・」
「僕だって会いたかったよ」
「・・・放課後に別れたばっかりだけど?」

 あきれた口ぶりで話しながらも笑ったままのはきっと、スザクに妬いてもらえるのを喜んでいる。それが伝わってくるのがまたすこしばかり悔しいので、スザクはしばしむすりとして黙り込んだ。の腰の辺りで組んだ手に、彼女のそれがやんわりと重なる。

「うそうそ。わたしも会いたかったよ。スザクがいるかなって思って来たんだもん」
「・・・なんでホームルームのあと、さっさと教室出たの」
「先生に用事があったの。ごめんね?まさかそんなにスザクが拗ねるなんて思わなかったから」
「・・・・・・拗ねてなんか」
「拗ねてるよね?」

 身体を反転させるように覗き込んできたにばつが悪くなって、その頬をむにっとつまんだ。なに、と妙な状態で口を尖らせたに、もう一度先ほどと同じように告げる。

「分かってるなら」

 頬をつまんだ手を放して軽くなぜると、ちゅ、と唇を一度だけ吸った。今の今まで強気だったはそれでにわかに顔を赤くしてスザクを見る。それにすこしだけ笑った。

「かまって?」

 額をあわせて唇が触れるほど近づいたままに囁く。顔を赤くしたはそれに笑みを浮かべた。その表情にスザクも笑うと、の唇がかわいらしく動いて、

「だ、め。」
「!? なんで!」
「だってそのうちジノ戻ってくるよ。他のみんなもそろそろ来るころだし。だから遊ぶのはあとでね」
「遊ぶ・・・て・・・、・・・。・・・
「だめ」

 さあお仕事お仕事、とあっさりスザクの腕から出て行ってしまったの後姿を見て、全部ジノのせいだと思うことにした。














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おめでとうスザク!

(2008.7.10)