「あ、おはよう」


 ルルーシュの座る席の前を横切り、スザクはその隣に鞄をおいた。ああ、と返すルルーシュに笑みをみせながら椅子をひくスザクの動きはどこか軽やかで、目元もいつもより(といっても普段からぼやっとしたオーラを出してはいるのだが)やわらかいような気がする。しまいにはちいさく鼻歌までうたいだしたので、さすがに無視することもできず、ルルーシュはこの親友に身体を向けた。


「機嫌、良さそうだな」

「え、ぼく?そうかな」

「そんな顔で鼻歌なんか歌ってたら、誰にでもわかる」


 そんな顔って、どんな顔だよ。スザクは一瞬不満そうに眉をよせたけれど、通りがかるクラスメイトからの挨拶にすぐに笑顔に戻ってから、「うん、まあ、ちょっとね、良いことがあったんだ」と素直に肯定した。


「・・・ああ、もしかして、昨日の」

「ん?」

と帰ったんだって?そのことだろ。シャーリーが見かけたって興奮してたよ」

「ええっ!」


 目をまるくして驚きを表したスザクは、あきらかに動揺をみせた。幼なじみの昔から変わらないわかりやすい反応を大いに楽しみながら、ルルーシュはちょうど教室へ入ってきたリヴァルにかるく手をあげて挨拶の意をしめしつつ、口でスザクに追い討ちをかける。


「で?」

「・・・な、なにが」

「いや?俺をだしにしてとふたりで帰った感想は、どうだったのかな、って」

「ばれてるの!?」

「ばれるだろ」


 しれっと言いのけるルルーシュとその隣で顔をまっかにしてあたふたとするスザクの図は端から見て充分すぎるほど不自然だったようで、「なになにどしたのなんかおもしろいこと?」と案の定リヴァルが興味をもって近づいてきた。な、んでもないよ、狼狽するスザクの態度はリヴァルの好奇心をこれでもかというくらいに刺激する。ほほーう、とリヴァルがつぶやくと、スザクは絶望的な表情で机につっぷした。


「めっずらしー。ルルーシュがスザクを追い詰めてんの?天然くんをここまで動揺させるとっておきのネタを教えてくれよ」

「だ・・から、なんでもないんだって、」


 なんとか起き上がりささやかな抵抗をみせつつも、たすけてルルーシュ、とその目が語っている。はじめから第三者を介入させるつもりのなかったルルーシュはちいさく苦笑してリヴァルに向き直った。


「・・・というのは嘘だけど、詳しいことはまたあとで話すよ。リヴァル、お前今日の一限、当るだろ」

「げげっ、そうだった!」


 やべえ、俺なんも予習してないんだ!ルルーシュノート見せて?え、だめ?なんだよケチだな、じゃあ昼になんかおごるから!あ、そう?さすが我が悪友さまだ。サンキュー、授業までには返すよ。すばやくリヴァルを追いやったルルーシュに多少の尊敬の眼差しをむけたスザクは、しかし相手がくるりと視線をこちらに戻したのを受けて、あわてて自分の視線をはずした。彼のようにうまく人をあしらうということを苦手とする少年はただ素直に、それ以上なにも訊かないでほしいんですけど、という空気をまといながら困ったように座っているだけだ。当然ひいてやるつもりなんてないルルーシュはおもしろそうにそんな親友を眺めてなにも言わず、そうなると折れてしまうのはこんな場合、大抵スザクなのだった。


「・・・ごめん。怒ってるんだよね?」

「いいや?ただ、俺はこういう場合どうしたらいいのかなと思って。うまく話をあわせておかないと、と会ったときに困るのはお前なんじゃないのか」

「・・・・・・・・・話します」

「利口だな」


 満足げにうなずく幼なじみを恨めしげな瞳でにらみながら、それでもルルーシュを使ってしまった時点でもうこうなることは決まっていたのかもしれないとスザクは内心で反省した。次は、ルルーシュはやめよう。リヴァル・・・もだめだ。シャーリーなら、ばれちゃっても協力してくれそうな気がする。
 かちりと時計の長針がうごいた音を聞きとめて思わず見上げたが、ホームルームが始まるまで、この話をする時間はまだ充分にあるのだった。そんなスザクの行動を見抜いているのか、ルルーシュは「今朝はリヴァル、めずらしく早かったな」とのんびりと頬杖をついている。はあ、と諦めたように息をついて、スザクは口を開いた。


「・・・昨日ね?ちょっとの時間だったんだけど、と生徒会室でふたりだけになったんだ。それで放課後は家の用事で買い物に行くって言うから、とっさに、ならついていく、って・・・」

「その理由は?」

「・・・・・ルルーシュが、妹の誕生日プレゼントに悩んでて・・・参考にしたいから・・・」

「なるほど」


 「妹の、ねえ」含んだような物言いにスザクは耳まで赤くして、「だからいいたくなかったんだ」と天を仰いだ。ナナリーの誕生日はだいぶ先だけどな、まあ確かに今から悩んでいてもおかしくはないか。だとかなんとか隣で楽しそうに言うこの男を思いっきりつねりたくなってくる。まさか一緒に帰るところをシャーリーが見ていたなんて、まったく気付かなかった。・・・というかそもそも、一緒に帰っていたことがばれたのは仕方ないにしても、どうしてルルーシュをだしにしたことまでもが当人に知られてしまったのか。どこか不自然に感じたスザクは、居心地悪くおもっていたことも一瞬忘れ、相手に問いかけた。


「ねえ、どうして知ってたの。ルルーシュを使ったって。・・・まさかシャーリー、聞いてて?」

「ああ、そのことか。いや、シャーリーは盗み聞きなんてしないよ。本人から聞いたんだ」

「・・・・・・・・・ん、?」


 ぱちり、と瞬きをしてスザクはいまのルルーシュの言葉の意味を考える。本人から、本人、ほんにん・・・。数秒の時間をかけたあと、ばっと涼しげな顔の相手を見やり、えええええ!と声をあげた。


「本人って、だってあれ、君さっき・・・な、なんで!」

「昨夜、から課題のことで電話があったんだ。そのときに言われたよ、ルルーシュは妹思いなんだね、って」

「し・・・知ってたんなら、わざわざ僕に言いなおさせることないじゃないか!君ってなんでいつもそう・・・!」

「おもしろかったから」


 勝ち誇ったような笑みをみせるルルーシュにそれ以上返す言葉が見つからず、スザクは完全に頭を抱えてしまった。自分の席でルルーシュのノートと格闘していたリヴァルが「ここの意味がさあ、凡人の俺には理解できないんだけど」とふたりのもとへ近づいてきて、そんなスザクに気付くと一言。


「へええ、今日はスザクの完敗か」



























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オチはないよ


(2007.6.8)