吐息のように、おもう

















「ねえスザク、シャーリー知らないかな?ノートを返したいんだけど、電話にも全然出てくれなくて」


 生徒会室のドアを開けてぐるりと室内を見回したあと、はひとりテーブルに向かっていたスザクに声をかけた。いつもなら数名が存在しているはずの部屋にはめずらしく、彼しかいない。部屋のなかに入ってきたを振り返って、スザクは納得したような表情を浮かべた。


「ああ、じゃあさっきから鳴りっぱなしの携帯はシャーリーのか。忘れてったんだよ、ほら、そこ」


 スザクが指差す先には、たしかにもよく知っている友人の携帯電話がぽつんと置いてあった。ディスプレイを覗き込むと、着信3件、の文字が表示されている。全部がかけたものだ。


「シャーリー、ここにいたの?」

「うん。でも、30分くらい前だよ。会長がシャーリーに資料探しとコピーを頼んで、それにルルーシュを付き添わせたんだ」


 すこし楽しそうにスザクが言う理由はよくわかる。シャーリーのほのかな恋心は、生徒会メンバーには周知の事実だ。当のルルーシュを除いて、だけれど。その会長はどこに行ったの?と訊けば、別件で教師に呼ばれたばかりらしい。


「どのみち、もうすこし待ってれば帰ってくるんじゃないかな。・・・そのノートは急ぎなの?」

「たぶん。今朝から全然会えなくて、放課後になってやっとクラスに行けたんだけど、入れ違って・・・初めにここへ覗きにきたときはいなかったの。だからもしかして部活のほうかな、とかいろいろ思っちゃって」

「タイミングがよくなかったね」


 ちいさく笑って、スザクはとんと書類の端をそろえた。明日の会議で委員長たちに配布する資料の整理をミレイから任されている。今日は特派へ顔を出すまでまだ時間があるので、すすんで引き受けたのだった。普段はあまり仕事をできない分、たまにはやっておかないと。日頃から自分に良くしてくれている生徒会の面々への、せめてもの恩返しだ。


「ごめんね、手伝おうか?」

「ありがとう、でも、もうほとんど終わってるんだ。・・・あ、そういえば」

「ん?」

が来たらやらせておけって、会長から仕事を預かってた」


 うわあ、とは眉を寄せて、ちゃっかりしてる、とつぶやいた。そこはスザクも同感なので、あえてなにも言わずに苦笑だけ浮かべる。スザクから手渡されたファイルを開くと、は絶望したように天を仰いだ。


「やられた、これ、誰もやりたがらなかった会計報告だ」

「ああ・・・今月、出入り激しかったもんね。いつまで?」

「ええと・・・わ、明日の会議で使うんだ!もう最悪・・・だからルルがやればいいって言ったのに」

「ルルーシュそういうちまちました作業得意そうだよね」

「ね」


 ふふ、といたずらが成功したときのように笑うと、は電卓を手元に寄せて諦めたように計算を始めた。スザクはスザクでまた書類と向き合う。キーの押されるカタカタという音と、書き込む音、書類のこすれる音がしばらく部屋のなかを支配して、耳をすましたら時計の針を刻む音まで聞こえてくるほど、静かだった。お互いにしばらくなにも話さなかったけれど、それはべつに嫌なものではなくて、こんな時間の使い方をスザクはとても好きだと思った。


「・・・シャーリー、どうしてるかな。ちゃんとルルと仕事してるかな?」

「ルルーシュはいつも通りだと思うけどね。・・・それとも、意識してたりして?」

「それでヘンな失敗したりして。そんなルル、想像できない」


 また笑って、それからはもっていたペンをファイルの上に置くと大きくのびをした。もどした腕でかるく頬杖をついて、口を開く。


「うまくいってくれないかなあ、あの二人。わたしね、ルルにはシャーリーみたいな子がいいんじゃないかって思う」

「そう・・・なの?僕にはよくわからないけど・・・」

「うん。まあ、わたしもうまくは言えないんだけど。・・・スザクには、どうだろうね、どんな子がいいのかな」


 突然そう言ってじいっと見つめてくるにすこしばかり慌てて、スザクは言葉をにごした。いや、僕はべつに、とわずかに顔が赤くなる。


「うーん・・・スザクは面倒見がよさそうだから、年下の子かな・・・。でもそれだとどっちかっていうとお兄ちゃんみたいかも・・・」

「なんでもいいよ、・・・僕が好きになる子が、僕に合う子だ。・・・たぶん」

「強気だなあ。・・・ん?あれ、もしかしてスザク、気になる子がいるの?」

「ち、ちがうって」


 の目がきらりと輝いたのを見て取って、とっさにぱっと視線を逸らす。この話題は危険だ、きっと余計なことまでしゃべってしまう。まだ自分にだってあいまいな気持ちなのに、こんな形で告げてしまうつもりなんて、さらさらないのだから。
 首をかしげて、さらなる追及をしようと開きかけたの口は、けれどぴたりと止まった。部屋のドアノブを動かす音がして、ルルーシュとシャーリーが顔を出したのだ。


「シャーリー!探したんだからね!」

「ああっ、、わたしも!どこ行ってたの?」


 同時に駆け寄った女子たちの横をすりぬけて、ルルーシュが部屋の奥へと足を進めてきた。ありがとうルルーシュ、と内心で胸をなでおろしながら、スザクは彼に向き直る。


「どうだった、仕事のほうは?」

「別に大したことないさ。リストにひとつ、やけに年代の古い資料が紛れてたから、それを探すのに手間取ったくらいで」

「ああ、そう。まあ、それもそうなんだけど、シャーリーはどうだった?」

「はあ?」


 なにを言い出すのかと思い切りいぶかしげに返してくるから、スザクはとっさにごまかした。ううん、いやちょっと、シャーリー朝から具合が悪そうだったようなそんなことないような気がしてたようなしてなかったような。ルルーシュはうさんくさいものを眺める表情を隠すことなくスザクを見た。あはは、と乾いた笑い声をたてて、スザクはなんとなしに時計に目を向ける。そろそろ移動したほうがいいころだ。


「あ、じゃあ僕はこれで。ルルーシュ、これ、会長から頼まれてたんだ。あとで渡しておいてくれるかな」

「わかった」

「え、スザク、もう行く時間?」

「うん、ごめん。また明日」


 手を振って足早に生徒会室を出て行くスザクを見送り、その姿が見えなくなると、ねえねえ、とシャーリーがちいさくの制服を引いた。


「しばらくスザクくんと二人だけだったんでしょう?なにか言われた?」

「なにかって?」

「・・・・・えーっと」


 言いよどむシャーリーの後ろで、ルルーシュもスザクのいなくなった方向をみながらフンと息をついている。シャーリーの場合と同じく、スザクの淡い恋心も、当人以外には周知の事実なのだった。





























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(2007.2.1)