「あ。シン!」
「あ・・・」
ミネルバの通路をレイとルナマリアと連れ立って歩いていた。昼食を終えたばかりだったが、これから三人で射撃訓練でもしようと、そう言い出したのは珍しくシンである。振り返って見た先に、彼らの先輩が駆け寄ってくる姿があった。
「さん!」
けれどそれにいち早く反応したのは、名前を呼ばれたシンではなくルナマリアだった。すぐに体の向きを変えて心底嬉しそうに彼女に話しかけている。「もっと早く会えてたらお昼ご一緒したかったのに!あたし、探したんですよ?」「そうなの?ごめんね、整備がうまくいかなくて、こもってた。食事もこれからで」「ええっ、またですかあ?ちゃんと食べなくちゃダメですよ。ただでさえさん、ザフトレッドってオーラがないんですから」「あ、そんなこと言って・・・今度ザクのプログラミングするって約束、どうしようかなあ」「あ〜〜〜!やださんっ、それ公私混同ですよ!・・・て、シンに用なんですよね?シン!ちょっとぼけっとしてないで、シン?」
「え?・・・あ、ああ、うん。・・・どうしたんですか」
二人のやり取りを他人事として眺めていたシンは我に返りに向き直る。もようやくシンに目を合わせてきた。
「うん、次の任務の、・・・任務の話、聞いてるよね?」
「はい、さっき副艦長から。それでこれから三人で射撃訓練しようって話に」
「そう。じゃあそれでシンとわたし、ペア組むっていうのも聞いた?」
「・・・え?」
シンと同様、レイにルナマリアもきょとんとしながらを見た。その反応に、「副艦長も聞いてなかったのかな」とつぶやいてから彼らの上官は笑顔をみせる。
「艦長がね、その方が良いでしょうって。レイとルナも二人でお願いね。アスランだけ単独行動」
「先ほど伝達された内容のままで、ですか?副艦長の言い方ですと、全員単独で向かうのだとばかり」
「当初はその予定だったんだけど、他艦と合流してってことになったから・・・」
「あのっ」
話を遮るようにシンが口を挟み、レイの質問に答えていたは言葉を切った。真剣な表情の彼に、思わず「どうしたの?」と訊ねる。
「・・・その、さんとっていうの・・・もう決定、ですか?」
ルナマリアが顔をしかめた。はわずかにとまどいをみせたが、すぐにうなずいてみせる。
「そうね、もうあまり日がないし・・・。・・・あ、別にわたし、シンのお守りじゃないからね?地理的なことと、機体の性能のバランスでそうしましょうって話だから」
「・・・ああ、はい。それは、うん。別に。決定ならいいです。レイ、ルナ、行こう」
「ええっ!なによそれ、あ、ちょっとシン・・・!ああもう、すみませんさん!」
シンを睨みつけながら頭を下げるルナマリアにはいいよいいよ、と手を振り、会釈をしてくるレイにも笑顔で返した。「じゃあわたし、ご飯食べに行くから」と反対方向へ戻っていく彼女を見送ってから、さっさと歩いていっていたシンに追いついて早々、「シン!あんたねえ、」とルナマリアは息巻いた。
「なによ今の態度、さんに失礼だと思わない?さんと一緒なんて、あんた大歓迎でしょ?」
「はあ?なんだよそれ、それはルナだろ。仲良いもんな、さんと」
「・・・あー分かった、あたしが仲良く話してたのが気に入らないんだ。信じらんない、それで嫌な態度とるなんて完っ全に子どもじゃない。だからさんがあんたのお守りさせられるのよ」
「お前なあ!それはさんだって違うっつってたじゃんか!話聞いてないのかよ、どっちが子どもだよ」
「なによ!」
「なんだよ!」
とうとう立ち止まってにらみ合いを始める二人を、普段ならばレイも諌めることなくただ眺めているのだが、今日は珍しく口を開いた。「シン、」と友人の名前を呼ぶ。
「なら何にそこまで腹を立てているんだ。俺もペアで行動するならお前と隊長が良いと思うぞ。状況を考えればそれが最善だ。何か言い分があるのならそれなりに説明しないと、隊長も困るだろう」
「・・・レイ、優しいんだな、さんに」
「シン。俺が言いたいのは」
「いいよ別に。だから嫌なんだ、なんか、さんと一緒にいるの。誰にでも良い顔してさ、誰にでも好かれてて。八方美人ていうの?俺、あんまり好きじゃない」
「ばか。新米のあたしたちをいろいろ気遣ってくれてるんじゃない。誰にでも分け隔てなく接するのって、口で言うほど簡単じゃないと思うけど?さんの良いところだわ、そういうとこ好きだもん、あたし」
「・・・・・・」
眉間にしわを寄せて黙り込むシンを、ルナマリアは呆れ顔で見つめた。レイの表情にも、いくらかルナマリアと同じような変化がみられる。
シンは確かにいささかひねくれたところがあるが、ルナマリアの目から見て、ここまでシンが彼女のことを敬遠する理由が分からなかった。そもそもこのミネルバに配属され、彼女と出会ったばかりのころは、シンにしては珍しく、素直に彼女に憧れていたようにすら記憶している。それがだんだんとと距離を置くようになって、話をしてもそっけない返答ばかりで、がとまどい困惑する様子もあわせて、正直シンに対してかなりの苛立ちを覚えていたのだ。
「なんとか言ったら」
「・・・・・・」
「だんまり?」
「・・・・・・」
「あっそう。やっぱり子どもね、気に入らないことはそうやって突っぱねるんだ。それでさんと組みたくないとかワガママ、」
「うるさいな!誰も組みたくないなんて言ってないだろ!」
むすりとしていたシンが不意に声を荒げ、思わずルナマリアは身を引いた。成り行きを見ていたレイがそれと対照的に静かにつぶやく。
「さっき隊長と一緒にいるのが嫌だと言っていたようだが?」
「嫌だよ。だってさんの前だと俺、失敗ばっかりするんだ。スコアだってなんだって全然いつも通りじゃなくて、いつもだったら出来ることが全部ダメになって、すっごいイライラするし・・・・・・なんか、・・・情けないじゃんか」
いきおいよく喋っていたシンの言葉がそこで止まり、その隙にルナマリアはレイと顔を見合わせた。さすがのレイもルナマリアの言わんとするところは理解しているらしい、わずかに頷く。それを受けて彼女は大きく肩をすくめ、芝居がかったふうに首を振った。
「あんたさあ・・・」
「・・・なんだよ」
「さんのこと好きならそう、言いなさい、よっ!」
ばしん!と最高に良い音を立てながらシンの背中をぶっ叩いたルナマリアは、先ほどまでの苛立った様子から一転して瞳がきらきらと輝いている。つんのめったシンがなんとか踏みとどまり睨みつけても、一人で納得したようにしながらこちらを見もしない。
「痛ったいな!なにす・・・っ」
「おかしいとは思ってたのよね、うん、だってほんとシン、さんに懐いてるって感じだったから・・・」
「・・・なついて?」
「さんに対してああいう態度とるのはどうかと思うけど、それも好きな人の前でいいカッコしたいってことなら、まあ理解できなくもないし?一人前にヤキモチなんかやいちゃってるし、はー・・・シンも恋するお年頃になったのねえ・・・」
「ルナ?」
「正直シンにさんは絶っ対もったいないけど、シンがどうしてもっていうなら協力してあげてもいいわよ。そりゃあ最終的にはあたしはさんの味方なわけだけど・・・」
「・・・・・・」
「でもそうね、シンがさんのこと確実に幸せにできるって分かってからがいいかな。まずはシンの本気を見極めてからね、うん」
一人でくるくるとその場を歩き回りながらつぶやくように喋っていたルナマリアがそこでぴたりと足を止め、すっかり無視していたシンを見た。彼が胡散臭いものでも見るように顔をしかめていても珍しく腹が立たないのは、ルナマリアの中に、友人の成長を喜び、またこれから起こるであろう数々のおもしろい出来事に期待する気持ちが大きいからである。びしり、とシンの目の前に指を突きつけた。
「というわけでシン!まずはさんのご飯に付き合ってきなさい!」
「・・・はあ?」
「あ、でも待って。さん、食堂に行ったんじゃないのかも。・・・あたし探してくるからちょっとそこで待ってて、見つけたら連絡するからすぐ来るのよ。いいわね!」
「お、おい、・・・て」
引き止める間もなくルナマリアは颯爽とその場を後にし、シンは挙げかけた手を元に戻しながらなんとなしに隣のレイに視線を向けた。無表情は相変わらずだが、シンとは違って、彼女の行動をどこか理解しているようにも思える。もう一度ルナマリアの消えた方向へ目を向けてから、レイに声をかけた。
「・・・なに、あれ?・・・意味わかんないんだけど」
「そうだな・・・ルナマリアに任せておけ」
シンはわずかに目を丸くした。レイの表情がやわらかく、うっすらと微笑んでいたからだ。
「シンのためになることだからな」
その分かったような口ぶりに、シンはますます分からないと首をひねるのだった。
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恋愛っていうより友情が書きたかったです
(2008.12.8)