マユの占いが的中した。
正確には、マユお気に入りの携帯サイトの星占い。の、今日のおとめ座の運勢。







「お兄ちゃん、10位だって!」


 さんざんねだって携帯電話をやっと買ってもらった妹は、その端末を朝食のわずかな間でも手放せない。見れば嫌な顔をする父親はすでに出勤していて、母親はちょうどリビングを離れている。シンがなにも言わないのをよくわかっているマユは、嬉々として携帯を覗き込んでいた。


「なにが?」

「おとめ座!あーあ、この占い、すっごく当たるんだよ。このまえだってね、2位のとき、帰り道でレイくんに会ったんだあ」

「え!?なにそれ聞いてないぞマユ!ていうかレイはたしかにいい奴だけど弟になるのは俺絶対イヤだって前にも、」

「えーっとね、『体調管理に気をつけて!思いがけないアクシデントにみまわれそう。』だって。お兄ちゃん、部活とかでケガしちゃうかもよ?」

「・・・平気だって、今日は放課後だけだし、いつもどおりだし。ほら、早く食べないと、そろそろ時間だろ」

「あ、ラッキーアイテムはピンクのハンカチだって!お兄ちゃん、マユの貸したげる!」

「ええっ、いいよ」

「いいから!」


 いかにも少女向けの占いなのだろう。ピンクって。マユは朝食もそこそこにイスから立ち上がると、ママー!マユのウサちゃんのハンカチ出してー!とはしゃぎながらリビングを出て行った。ピンクのウサちゃんのハンカチ。そんなものを持たされちゃたまらない、身の危険を感じたシンは、いつもならば妹の仕度が終わるまで待ってやるところを、さっさとずらかることに決めた。食器をキッチンのシンクまで運ぶと、床においていたスポーツバッグを手にして玄関へダッシュ、靴を履きかけて、


「はいハンカチ!いいことあるといいね!」


 つかまった。














 ぼんやりと目を開けると、視界は中途半端に暗かった。なにかで目を覆われていて、それを通してうっすらと日の光を浴びている。寝そべっている手のひらやひざの裏あたりには草の感触があり、屋外にいることはすぐに分かった。朦朧とする頭でいまの状況をつかもうとしたが、こめかみのあたりががんがんとしてうまく働かなくて、にぶく瞬きをするのがやっと。けれど、確か、いまは。


「シン、まだぶっ倒れたまんまですか?」


 部活中だったはずなのだ。ルナマリアの声がするし、間違いない。起きてるよ、と言おうと口を開きかけたところで、それよりも早くに別の声が返事をした。


「うん。そのまま寝ちゃってるのかも。ルナ、こっち来て平気なの?」


 ひどく耳に心地よいその音は、シンの脳を瞬時に覚醒させた。先輩だ!おまけに発生源がやたらと近い。頭の上からふってくるような。シンは口を開こうとするのを中断して、の次の言葉を待った。


「はい、今、休憩なんで。それよりシン、重たくないですか?ごめんなさい、やっぱり保健室に寝かしとけばよかったですね」

「あ、それは平気。頭だけだし。ただ首のへんとか、まだ熱いような気がするから・・・」


 言いながら(おそらく)のひんやりとした指先が首筋にふれて、体中がぞわりと粟立った。同時に頭の下にあるものがもぞりと動いて、はっと気がつく。そういえば、頭だけ不自然に高い位置にあるのだ。「シン、重たくないですか?」「平気、頭だけだし」・・・それってつまり、いま、自分は


「まったく、日射病でぶっ倒れたと思ったら先輩にひざまくらなんかしてもらっちゃって、ツイてんだかそうじゃないんだかわかんないわ、コイツ」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


うあおああああああああああああ!


 やっぱり、これっ、そうなの!?この、適度にやわらかくって、そういえば人肌っぽい、これはその、そういうことでいいの!?
 衝撃の事実はシンの鼓動を早鐘のように鳴らし、日射病で倒れたらしい体の熱をさらに上昇させた。混乱する頭で、そういえば、と思い出す。シンのひそかな憧れ(一部にはばればれ)であるが突然グラウンドに顔を出して、時間があったのかちょっと見ていってもいいかなあと言い出したのだ。これはいいところを見せなくてはならない!とシンは俄然やる気を出して、はりきって、ろくに休憩もとらないで、結果、うん、ぶっ倒れて。


・・・すごいかっこ悪い。


 上昇した熱がちょっと冷めて、ばれないようにこっそりとため息をついたのだったが、そこでぱ、と、目の前が急に明るくなった。


「え、」

「やーっぱり起きてる。なあんかヘンだと思ったのよ。起きたんならさっさと先輩からどきなさいっての!」

「る、な・・・」


 どうやら目元のあたりを濡れたタオルかなにかで冷やしてくれていたらしい。それを取られて瞳が追いつかず、数回まばたきをしてからまず映ったのが、の顔だった。


「シンちゃん、大丈夫?」

「だっ、あ、、せんぱ!」


 がばりと起き上がると、と一瞬びっくりするくらいに顔が近くなって、慌てて体を横にずらした。ふと後ろを見ると、さっきまで自分の頭があったらしいところにはのひざがある。改めて目にするとなにがなんだかわからなくなって、体温がやっぱりぐんと上がった。そのはシンの顔をのぞきこんで、心配そうに首をかしげる。


「うーん、まだ、顔が赤いね」

「や、こ、これは、!」


 そうじゃなくて。けれどその言葉は、の手が額にのびてきたことで飲み込まれてしまう。はじめこそ動揺したけれど、心底気にかけてくれているような表情にすこしずつ嬉しさがこみ上げてきて、間近で見るを観察する余裕も出てきた。夏服の半袖からのびる腕を上げて、その手のひらは今自分に触れている。先輩にさわられるとこんなかんじなのか、初めての感触にぼんやりとしていると、存在自体を忘れていたルナマリアの声が割り込んだ。


「で、シン、あんたもう動けるの?」

「えっ、・・・・・あ、まあ、たぶん・・・」

「だそうです。先輩、ご迷惑かけてすみませんでした!」

「あ、だけどまだシンちゃん、ほてってるような」

「それは別の理由だと思うので。ねーえ、シン?」


 新しいオモチャを見つけた子どもみたいな視線を向けるルナマリアは極力無視して、シンはあの、と食い下がった。だってとこんなに接近する機会なんてそうそう、ない。今ならなんでも出来る気がした。


先輩、まだここにいますか!?」

「ん?うーん、うん。今日は特に予定もないから、シンちゃんがいてほしいっていうならもうちょっといるよ。なんて」

「・・・い、てほしい」

「え?」

「え!や、えっとその、きょ、今日のお礼にその、先輩・・・・・・、・・・・・・家に、送ります」


 お茶でもおごります、の一言がいえない自分が恨めしい。横でルナマリアがため息をついたのが気配で伝わってきた。またあとで、だからあんたはダメなのよだとか説教されるんだろうな、と自分でもなんだか情けなくなってしまったが、目の前のが嬉しそうに微笑んでくれたので、そういうのも全部どこかにいってしまった。


「うん、ありがとう。じゃあ待ってるね」

「は、はい!」

「・・・ま、いっか。あ、そうだ先輩、コレ。それともシンに洗わせたほうがいいかな」

「ああ、いいよいいよ」


 言いながらがルナマリアから受け取ったのは、さっきまで自分の目元をおおっていたものだった。のものだったのか、とまたちょっと嬉しくなって、でもはた、と気がつく。


先輩、それ、ハンカチですか?」

「うん。気に入っちゃって、このまえ衝動買いしちゃった」

「へええ・・・」


 その手に握られているのは、ピンクのハンカチ。スポーツバッグの底にしまいこんだマユのハンカチと、一体どっちが効いたんだろう。


 なんにせよ、マユ。あの占い、ほんとに当たるんだな。





















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マユはメンクイぽい


(2008.5.7)