「あシンー、もうに会った?さっき探してたけど」

?え、知らない」


 放課後の図書室にはたまたまシンしかいなかったので、ドアをあけたヴィーノはてらいなくシンに声をかけてきた。ぱらぱらとめくっていた本を書棚に戻して、シンも同じように返事をする。ヴィーノは借りていたらしい本をカウンターに置くと、シンのそばまでやって来た。


「なんだ、俺、シンは絶対こんなところにいないと思ったから、てきとうに屋上じゃん?とか言っちゃった」
「なんだよそれ・・・俺だって本くらい読むし」
「そうだけど。でも珍しいじゃんか、実際。ていうか素直にのクラスが終わるの待ってればいいのに、わざわざこっちまで来ちゃうんだもんなあ、シンは。メールきてんじゃないの?電話とか」
「うるさいなあ、ヴィーノは。・・・あ、ホントだ、着信入ってる。鞄に入れっぱなしだったから気付かなかった」
「早くかけてやりなよ。一緒に帰るっていったのに〜って嘆いてたよ。愛されてるよねーシン」
「ば、ば、ば、ばかヴィーノ、ヘンな言い方するなって」


 にやにや、嫌な笑みを浮かべるヴィーノから逃げるように図書室を出たシンは、すぐにへと電話をかけた。ヴィーノに言われたとおりで、シンが覗いたときのクラスのホームルームがまだ異様な盛り上がりをみせていたため、これはしばらくかかりそうだと判断したシンは自分のクラスでぼんやりと待っているのもいやで(クラスにはルナマリアが陣取っている)、校内をぶらぶらと歩き回っていたのだった。いつの間にかだいぶ時間が経っていたようで、まさかがそんなに自分を探し回っているなんて、思いもしなかったけれど。


「シン?」
「あ、?ごめん、いまずっと図書室にいて」
「ええ?・・・ヴィーノの嘘っぱち・・・」
「すぐ下駄箱のところ行くから。来れる?」
「うん。えっと・・・いまちょっと、かなり上の階にいるんだけど、急いで行く」
「いいよ、走るなよ。転ぶんだから」
「転びません」


 いくらかむっとしたような返事がして、電話は切れた。シンも苦笑しながら携帯をポケットにしまって、下駄箱へむかう階段をとんとんと軽快に降りていく。人影はもうまばらになっていて、すれ違う生徒の中に見知った顔はなかった。ヴィーノのやつずいぶん遅くまで残ってたんだなとぼんやり考えて、それと同時にもそれほど自分を探してくれていたのだと思い立って、申し訳ないような、でもひどく嬉しい気分に襲われた。がそういうふうにさりげなく与えてくれる嬉しさが好きだ。落ち込んでいるときとか、むかむかして仕方ないときとか、そんなときでもの顔を見ればすぐに穏やかな気持ちになれたし、笑い声は耳に心地よくて自分も自然に笑顔にされる。きっとそういうものがひとつひとつ、すこしずつ積み重なってのことを好きになったのだろうと思う。ヴィーノは「愛されてる」と言ったけれど、自分のほうが、ずっとずっと、を想っているに違いないのだ。たぶん。


「あ」
「あ、いた!」


 シンが廊下の角をまがってちょうど下駄箱まで辿り着こうとしたとき、反対側の角からがひょこりと顔を出した。予想通り、息があがっている。走るなっていったのに、シンは息をついて、それをそのまま口に出した。


「走るなって言ったじゃん」
「い、言ったけど、転ばないって言った」
「はいはい。・・・ちょっとスカートめくれてるけど?」
「ここここここれはべつに転んだわけじゃ!・・・見ないでったら!」


 転んだな。真っ赤になってスカートをなでつけるの肘とか膝のあたりをこそりと観察してみる。特にケガをしているわけではなさそうなので、転んだといっても階段でしりもちをついたくらいだろう。さっき見たときよりも髪の毛も乱れているようで、シンが手をのばして直してやるとふっと大人しくなって、ゆっくりまばたきをした。ついでにタイもまっすぐにして、ブラウス、スカート、と上から点検し、「ん、よし」と解放してやると、はてれくさそうに笑って「ありがとう」と言った。自分の格好には無頓着だけれど、シンはの身だしなみに関しては意外と几帳面である。「彼氏じゃなくて姑みたい」と称したのはルナマリアだったか。せめて兄といってほしい、とシンは思った。それだったらばまだ分かる。実際、自分には妹もいるのだし。


「シンが図書室行ってたなんてめずらしいよね。それだけ待たせちゃったってことかな」


 靴を履き替えながらがいえば、シンはよりも斜め上のほうにある自分の靴箱から靴をとりだして返事をする。


「ああ、うん、まあ。ホームルームのくせになんかすごい盛り上がってたから、当分終わらないだろうなって思って。フラガ先生すごい楽しそうだったけど、あれなに?」
「あ、見てたの?うん、文化祭のクラス出店をそろそろ決めないとねって、最初はただそれだけだったんだけど。先生がやたらお化け屋敷を推しててね、そしたらアウルとか、あのへんが乗り気になっちゃって、どのお化けを誰がやるとかどういうコースにしてどこでどう脅かしてゴールはこうとか、どんどんアイディアが出てくるの。いつのまにかお化け屋敷前提で議論が白熱してた」
「あー、アウル好きそうだよな、そういうの。はそれでいいの?」
「うん。というか、もういまさら変更できそうにない。ねえねえ、わたし、からかさお化けとかやってみようかなって思うんだけど、どう?」
「・・・・・・・・・や、怖くない」
「えええ。いま、間があったよ。ホントはちょっと怖いと思ったでしょ?」
「全然。だってじゃ、なんかこう、ぼんやりしたオーラしか出ないよ。絶対転ぶし」
「だから転ばないってば」


 もう、と眉をよせて肩をたたいてくるがおかしいのとかわいいのとで、シンは笑いながらその手をとってしまった。すこし前まではお互いの指先がかすめただけで息をのんだのに、今じゃちょっとでもに触っていたくて仕方ないのだ。そしてもたぶん同じように思ってくれているからこそ、シンは今日ものホームルームが終わるのを特別読みたいわけでもない本を見ながら待って、手をつなぎながら帰って、ちいさなキスをして別れる。今はそれだけで充分に満足で、こんな毎日がただ続けばいいと素直に思ってしまうのだった。


「じゃあ、いったんもめんなら?あれなら飛んでるから、転ばないもんね」
「・・・飛べるんならね」



























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HappyBirthdaytoYOU!


(2007.9.1)