「隊長っ、シン隊長!コレ、昨日の任務の報告書です!」
たたた、と背後から聞こえる足音と自分を呼ぶ声にシンは振り返って、その相手が誰かを確認すると、近寄ってくる頭へむかって持っていたファイルをばしんと振り当てた。
「アスカ隊長って呼べって、いっつも言ってるだろ。」
「・・・あ、そうだった、すみません。・・・それでこれあの、ここにシン隊長のチェックがほしいんですけど、」
「お前頭悪いよな」
大戦が終わって、シンがまかされるようになったのは少人数編成の小隊だった。主にシンと同年代のメンバーで構成されていて、ほとんどがあの戦争を経験していない。それはシンにとってすこし安心すると同時に、同じほどの不安も伴う。今になって、もっとアスランの言うことをまじめに聞いていればよかったと思ったりする。
そのなかでは一番気のおけない部下かもしれなかった。自分のことを本当に上司だと思っているのか腑に落ちないときもあるけれど、常に気を張って周囲へ目を配っていなければならない今の状況において、の存在はありがたかった。なかなか友人とも自由に会う機会を作ることもできないし。
シンがもう一度の頭をはたいてやると、そんなことされたらもっと悪くなります、と相手は不満げに頭をさすって口をとがらせた。
「だって、ホーク隊長が隊長のこと名前で呼ぶじゃないですか?あれを聞いてたら、うつっちゃって」
「なんでルナのことはちゃんとホーク隊長なんだよ」
「よその隊長ですもん」
「俺だってルナのことルナって呼んでんのに・・・」
「あれ、そういえばそうですね、なんでだろう」
素直に首をひねるに、シンはまたもやファイルをぶつけた。おまえ適当なこと言うなよなー。ばしばしんとくり返される攻撃を必死に避けながら、はそんなことより、と声を張り上げる。
「チェック!これにチェックをお願いします!」
「いやだね。俺のこと隊長だとおもってないだろ」
「そんなことないです、隊長は世界一の隊長です」
「うそくさい」
とりあえず攻撃の手は休めてシンはが握りしめている報告書をやっと受け取った。安堵したように息をつくの横でざっと目を通してから、ふうん、と意外そうに声を漏らす。
「ちゃんと書けてる」
「え、ホントですか?わあ、隊長にほめられるのなんて久しぶりです」
「べつにほめてないって」
「またまたー」
調子のんな、とファイルでまたたしなめてから、シンはそこに報告書を挟み込む。今日中に上に提出しなければならないものと、できれば今日中に目を通しておきたいものと、仕上げておきたいものと、資料と、データと。以前の自分だったら考えられなかった量の任務をこなさなくてはならなくなって、あらためて上にたつということを実感する。ぱたんとファイルを閉じたのを見て、があれ、と口を開いた。
「今くださるんじゃないんですか?」
「こんな通路で?あとに決まってるだろ。明日までにはちゃんと見とくから取りに来い」
「明日ですか・・・」
「なんだよ、不満なのかよ」
そういうわけじゃないですけど。歯切れの悪くなったを不思議に思いながら、シンは首をひねって先をうながした。ゆっくりしている時間があるわけではないが、ここで部下をほうって立ち去るほど薄情でもない。なにか明日だと都合の悪いことはあっただろうか、とを含め、隊員の業務状況を思い返してみる。
「・・・俺、なんか別にやらせてることあったっけ?」
「あ、いえ、そうじゃないです。ただその、・・・・・隊長の仕事ふやしたな、って」
気まずそうに言うが意外で、数回まばたきをする。・・・お前熱でもあるんじゃないの?と真剣に聞くと、そんなことないです!と憤慨した。
「だってそのファイルも、ぜんぶお仕事ですよね。・・・チェックくらいならすぐ済むかなって思ったから、今お願いしたんです。それなのに」
だからその。最初の勢いはどこへ行ったのか、すっかりおとなしくなってしまったを見て、シンは思わずぶふっ!とふき出した。肩を震わせる上司に、は耳まで赤くして大声を上げる。
「わらわないでくださいよ!」
「だっ・・てさ・・・!お前に心配されるほど、俺ヤワじゃないって」
「なっ・・・すみませんでした、おせっかいで!」
「いやべつに・・・いいけど・・・ぷっ、」
「・・・・・・」
言わなきゃよかった。拗ねて不満をもらすの頭を手でぽんと撫でて、俺の指導のたまものだな、と満足げにもらすとじろりと睨まれた。なでないでください!とシンの手をはらうようにして、はもう失礼します、と身をひるがえした。
「へいへい、悪かったって。ありがとな。じゃあゆっくり休んどけよ」
「・・・・・・」
廊下をまがりかけるにそう声をかけると、相手はぴたりと足をとめて、ちいさく振り返る。いくらか顔が赤かったように見えるのは、もしかして気のせいだったかもしれないけど。
「・・・・・隊長がちょっとかっこよく見えたとか、そんなこと絶対言ってあげませんからね!」
ばたばたばた、我に返ったときには、慌しい足音はずいぶんと遠ざかってしまっていた。シンの耳元は確実に赤くなって、なに言ってんだあいつ、とおもわずひとり言をもらす。
ちょっとかわいく見えたとか、そんなこと、絶対言ってやらない。
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年上のシンたん試作
(2006.5.10)