試験の結果が発表されたばかりだった。ヴィーノは「順位が下がった」と大騒ぎしているけれど、前回も同じことを聞かされていたシンたちにとって大した驚きではない。表向き興味のなさそうにふるまっているシンも内心はルナマリアよりも順位がすこしばかり上だったことにちいさく安心して(当然ルナマリアは不服そうだった)、相変わらず学年上位をキープし続けるレイの頭はどうなっているのか本気で考えてしまったりしていた。
「まあでもレイはともかくとしてさ、」
口の中のパンをようやく飲み込んだヴィーノが言った。もっぱら話し手である彼は食事の進みが一番遅い。食事中はほとんどしゃべらないレイはいつもどおりにさっさと昼食をすませ、かばんの中から本を取り出して読み始めていた。「ううわ、なにそれ、洋書じゃない!」と隣であきれたような声を出すルナマリアは食べ終わった弁当箱をギンガムチェックのナプキンで包みなおすと、ひとり携帯電話をいじり始める。こちらもいつものとおりだった。
「俺はヨウランの順位が意外と高いってことが謎だな!だって勉強してないじゃん?」
「お前よりはしてるよ。授業中の集中力が違うんだって」
「えー?そんなことないでしょ、よくマンガとか読んでんじゃん。ねえ、シン」
「ヴィーノは寝てるけどね」
ペットボトルから口を離してシンが答えて、ヴィーノは不満げに口をとがらせる。すると、あ、とちいさくルナマリアがつぶやいた。
「そういえばあたし、2年生の順位見に行ったのね」
ルナマリアが突然口を挟んでくるのも慣れっこなので、シンたちはそちらに視線をむける。相手の視線は携帯のディスプレイに向かったままで、指もせわしなく動いていた。
「なんでだよ」
「なんとなく?でね、そしたらアスラン先輩、また学年1位だったの。なんだやっぱりね〜って感じでさあ、だって試験の前の日だったかな?たまたま会ったときに試験勉強どうですかって聞いたら今回は委員会の仕事とかぶってるからちょっときついとかなんとか、」
「・・・で?アスラン先輩の話なの?」
「あーううん、それもあるんだけど、それよりキラ先輩と先輩なの。あの2人また同じ順位だったのよ!」
そこでぱたんと携帯をとじてこちらに顔を向けるルナマリアを合図にしたかのように、シンは目をまるくして、一瞬驚いたような顔をみせる。けれどすぐになんということもないように顔をもどして、ふうん、と気のなさそうな返事をかえした。
「そういうこともあるんじゃないの?そんなに大騒ぎすることじゃ・・・」
「えええー?でも幼なじみのふたりがすくなくとも2回続けて合計点が同じになるってどれくらいの確率?絶対おかしいと思うのよね」
「・・・・・じゃあ具体的になにがどうおかしいっていうんだよ、先生たちが示しあわせて同じ点数にでもしてるってのか?」
「そういうわけじゃないけど」
じわじわ不機嫌になるシンを見かねてか、まあまあ、とヴィーノが口を開いた。やっとパンを全部食べ終わったらしい。
「そんなにシンのこといじめんなよ。こう見えてすっげー気にしてんだぜ、あとですんごい落ち込むんだから」
「んな、なに言ってんだよ、ヴィーノは!」
「わかってるってば。だって恋は障害があるほうが燃えるっていうじゃない。シンったら全然進展しないしさあ、だからあたしがイロイロと情報をね?」
「余計なお世話だよ!ていうか恋ってなんだ恋って!」
「ほらー、隠せてるとおもってる時点でダメじゃない?こいつ」
ルナマリアの言葉に、それはまあねえ、とヴィーノは楽しそうに笑って、ヨウランもにやにやしている。レイは読書に没頭しているのかまったく助けてくれなくて、シンはたったひとりでこの3人に立ち向かわなくてはならなかった。
「か、隠す隠さないとかじゃなくて!俺は本当なにも・・・」
「はいはい、シンの気持ちはわかるわよ。先輩てそういうの疎そうだし、がっつくのは恥ずかしいーっていうか、ね?でもあんな、幼なじみのすてきな人がそばにいるんだから、シンもあんまりぼやぼやしてると絶対後悔するわよ」
「こう・・・っ、し、知るかそんな話!」
言い残すとシンは荒々しく立ち上がって、教室を出て行ってしまう。その後姿を眺めながら、ルナマリアは大げさにため息をついた。
「ほんっとうに、やる気あんのかしら、シンってば」
「シンもどうしていいかわかんないんじゃないの?ヴィーノも言ったけど、ヤマト先輩のことだって気にしてないわけないって」
「だって、じれったいんだもん。だからあたし、キラ先輩に協力頼んだのよ」
「・・・・・・・・・なんだって?」
べつにルナの言ったことを真に受けたわけじゃなくて。誰にともなく言い訳しながら結局シンがたどりついてしまったのは、2年生の教室があつまる廊下だった。昼休みという時間帯から廊下を行き来する生徒は多くて、1年のシンがまぎれていても目立つことはなかった。
ルナマリアやヴィーノやヨウラン、とにかくあいつらは隠してるとかうじうじしてるとか勝手なことをいうけれど、実際に本当に自分が彼女のことをどうおもっているのか自分でもよくわからなくて、だから手をこまねいているのではなくて、それ以前の問題だ。のことはもちろん人としてとても好きだし、見かけるだけでも嬉しくて、話せば勝手に口元がほころんでしまう。自分の知らない誰かと楽しそうに過ごしているところを見ればさびしいし、それが彼女が心から信頼している幼なじみの彼だったりしたらなおさらだ。ルナマリアに指摘されるまでもなく、それに関してはだいぶ気にしていた。それを恋だと、あいつらに言わせればそうなのかもしれないけど、そうなんだと認めてしまうのがなんだかひどく恥ずかしいような気がして、いつまでも意地をはってしまうというか。
「あれ、シンちゃんじゃない?」
突然後ろからかけられた声に驚いて思わずいきおいよく振り返ると、いま一番会いたいような、会いたくないような、その人がそこにいた。
「・・・あ、わ、せんぱい」
「やっぱりそうだ。どうしたの?こんなところにいるなんて、珍しいね」
は教室のドアからひょっこり顔を出して笑顔をみせると、廊下でかたまって動かないシンのところまでやってきた。突然のことでどうしたらいいかわからないシンはうろたえて、「いや、えっと、」と必死で言葉をつなげている。ルナマリアが余計なことをくっちゃべったせいで、まともに顔すら見られない。
「どうしたっていうか、その・・・」
「あれー?、もしかしてそこにいるのシンなの?」
「!」
の後ろのほうから別に声が割り込んできて、シンはぱっと顔をあげる。二番目に会いたくなかったキラはなにかおもしろいものでも見つけたような顔をしてこちらにやってきた。
「どしたの?あ、誰かに用事とか?」
「ああ、そうなの?シンちゃん」
「え、いや、用事ってか・・・えっと・・・」
キラとの2人を目の前にして、ルナマリアの言葉がフラッシュバックする。想像以上にダメージを受けている自分がいて、ほとんど逃げ出したい気持ちにかられたシンの口から咄嗟に出たのは、
「あああアスラン先輩!に、聞きたいことがあって!」
とりあえず今ここにはいない先輩の名前だった。キラはすこしばかり首をかしげて、は意外そうに目をまるくする。
「そうなんだ!でもアスラン、さっき委員会のほうに行っちゃってね。すっごい厳しい先輩がいて・・・厳しいっていうか、アスランに対してうるさいのかな。とにかく、だから最近いそがしそうなの。でももしなにかあれば伝えておくけど」
「え、あ、いや、いないんならいいんです、ホント大した用じゃないし」
「でもせっかく来てくれたのに・・・。伝えるのなんかちっとも手間じゃないし、いいよ?なんでも」
「や、大丈夫なんで、はい、大したどころかどうでもいいっていうか・・・」
でも・・・と食い下がると、いそいそこの場を立ち去ろうとするシンを見比べていたキラが、そこでぼそりと口を開く。
「ホントは他の人に用なんでしょ?」
え、とシンがびくりと反応して、もきょとんとキラを見る。
「そうなの?」
「だってなんにも言わないって逆にヘンじゃない。違うんでしょ?アスランに会いに来たんじゃないでしょ?」
「な・・・」
明らかに動揺するシンにも図星だと思ったのか、じゃあ誰?と顔をのぞきこんで聞いてくる。近い近い顔ちかい、内心で大パニックに陥ったシンは、「あのそのほんとは・・・ほんとはあの、」キラとを交互にみて、やがて大きく息を吸い込むと
「ほんとは・・・き、キラ先輩に、用が」
「まあね?用事なんかなんにもなかったのはわかるよ。でもさ、せっかく僕がアスランから話をそらしてあげたのに、それを無碍にするってどうなの?」
「本当ごめんなさい。あたしもまさかそんなに情けないとは思いませんでした。で、そのあとどうなったんですか?」
「僕って言っちゃうからしょうがないじゃない。で、ちょっとと離れて話してさ、ホントは僕にも用ないんでしょ?って聞いたら、・・・はい、ってすまなそうに言うわけ。そのあとは、アスランに、なんて言って、キラだっていうの恥ずかしかったんだね、カワイイよねシンちゃんて!てものすごく勘違いしてた。当然だけど」
「・・・・・はあ・・・・・」
キラとルナマリアは盛大にため息をついて、いっそ協力なんかやめちまおうか、と早くも思ってしまうのだった。
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(2007.4.16)