「じゃん!見てくれ、ここまで編んだんだ」


 朝、教室の自分の席へついたの目の前に、カガリがぶわっとなにかを差し出してきた。数回瞬きしてから、まじまじとそれを見る。


「編んだ、って・・・なあに?それ」

「あれ?には言ってなかったっけ?」

「うん。初耳」

「カガリは編み物を始められましたのよ。3日前ほどからでした?」

「ああ」


 得意げに胸を張るカガリの手に握られているそれは、確かに毛糸でできている。でも、なにを編んでいるのか、いまいち形が分かりづらかった。


「ええと・・・で、なにを編んでるの?」

「マフラーだよ。キラが新しいのがほしいって探してるんだけど、気に入るのが見つからないらしいんだ。それで、この毛糸で編んでくれないかって」

「・・・そうなんだ・・・。それで編み物始めたの?」

「ラクスが教えてくれるっていうし、マフラーならそんなに難しくないからって。な?」

「ええ」


 3日前に始めたばかりだというカガリの手編みのマフラーは、ところどころ目が不揃いで初心者らしい出来だ。キラがこれを首に巻いている様子を想像して、はちいさく笑った。なんだかかわいい。


「あ、そうだ!せっかくだし、も一緒にやらないか?毛糸ならいくらでもあるんだ」

「えっ、そんなに買ったの?」

「量がよくわからないって、キラがたくさん。絶対あまると思うから」

「でも・・・2人分編んで、カガリもおそろいにするとか」

「むり無理、わたしがもう一本編みおわる頃には、もう冬も終わってるよ」


 非常に現実的な意見に、もラクスも苦笑した。だから、な!とカガリがずいと毛糸玉をいくつか押し付けてきて、は思わず受け取ってしまう。


「・・・・・じゃあラクス、教えてくれる?」

「はい、もちろん」


 のマフラー編みがスタートした。

























「まったく、本くらい自分で返せってんだ」


 ぶつぶつとひとり言をもらしながら、シンは図書室のドアを開けた。委員会の仕事があるというルナマリアが、今日が返却期限の本を図書室へ返しに行ってほしいとシンに頼んできたため、いやいやながらオーケーしたのが数分前。せっかく今日は早く帰ろうと思ってたのに、と多少乱暴に、返却カウンターの上に本を置いた。
 なのに、さんざんルナマリアに対して、なにをおごらせてやろうとかそういうことばっかり考えていたシンの視界の端にその人が映りこんだ途端、ルナマリアへの感情は一転して、大大大感謝になってしまった。


「あれ、え、せん・・・ぱい?」

「あ、シンちゃん」


 カウンターからすこし離れたところにある大き目の机にむかって座っていたに近寄って、その手元をのぞきこむ。いくらか完成した、おそらくマフラーが、ちょこんとひざの上に乗っていた。


「わ、編み物ですか?」

「ああ、うん・・・。恥ずかしいな、ヘタクソで」

「そっ、そんなことないです、普通に売り物かとおもいました、うん」


 微妙にかみ合わないセリフを言って、シンは悩んだ末、の隣の席に座った。を前にすると、自分のとる行動がすべていちいち緊張してしまう。はきっと、なんにも考えてないだろうけど。


「シンちゃんは優しいね。でもいいのいいの、初めてだし。ラクスは初めてにしてはじょうずだって言ってくれたけど」

「ふうん・・・。てか、あの、え、それってあの、誰かにあげるとかそういう、もの、ですか?」


 突然脳裏に浮かんだイヤな考えにシンは自分で身震いした。だっていきなりマフラー編もうなんて思い立つか?先輩が!まさかとは思うけど、まさか、まさか、いやまさか。
 内心のシンの激しい動揺とは裏腹に、はのんびりと答えた。


「うーん・・・・・あげてもいいけど・・・。自分じゃいらないし・・・」

「・・・・・歯切れ悪いですね」

「わたし、お気に入りのあるもん。でもカガリが一緒に編もうっていうからなんとなく。編み物自体は一度やってみたかったし・・」

「あの人に教えてもらってるんですか?」

「ううん、それはラクス。でもラクスも忙しいから、ここで本見て編んでたの」

「ああ、それでこの本」


 そこでシンは、の目の前に広げられている本に目を移した。そしてこっそりと、の手編みのマフラーが誰かにあげること前提で編まれているものではないことに安堵する。まだにそういう特別な相手がいないと思うからこそ、自分もゆっくりゆっくりこの想いを育てているわけであって。


「でもやっぱり、どうしようかな・・・。目的もなく編むのってあれだし・・・アスランにでもあげようかな」

「えっ!?」

「ん?」

「い、いえ、その」


 それはいやだ。がなんとも思っていなくともそれはいやだ。がいまもこうやって、ひとつひとつ、ていねいに編んでいるマフラーが、誰か他のやつの手に渡ってしまうというのは、ものすごくむかむかする。
 あたふたとするシンをが不思議そうに見ているので、とりあえずなにか言わないととシンはあいまいに口を開いた。


「ええと・・・アスラン先輩もほら、自分のマフラーありますよ。・・・たぶん」

「そうなんだよね・・・。それにどうせあげるなら、買ったもののほうが絶対良いと思うし」

「そ、れは、どうだろう」


 そこは肯定できなかったシンはもごもごと口の中だけで言って、ちろりとを見る。やっぱり不思議そうに、じいっとこちらを見てくるからぱっと目をそらして、シンは小さい声で言った。


「や、俺は・・・もらえたら嬉しい、ですけど」

「え」

「ああああの!手編みってその、あああああったかい感じしませんか!」


 ね!と慌ててごまかすように手を振るシンをしばらく眺めて、それからは笑った。


「じゃああげる、シンちゃんに」

「うえええ!?」

「もらってくれるってことでしょ?」

「も、も、もももらいます!」


 思わずガタンとイスから立ち上がって、それからそういえばここが図書室だったと思い出してまた座りなおす。そんなシンにはぷっとふき出して、じゃあ、と続けた。


「時間かかると思うし、クリスマスに渡せるようにがんばるね」

「ククククククリスマスプレゼントですか!?」


 再び立ち上がりかけたシンはぐっとこらえて、何度か口をぱくぱくさせたあと、ああああの!とどもりながら言った。


「その頃って学校もう休み、だし、どっかでその、会ってもらってその、俺もなにかお礼渡したいし・・・」

「そうだね、せっかくだもんね、どこか行こうか。あ、シンちゃんが他に一緒にいたい人がいなければ、だけど」

「いません!」


 力いっぱい否定したシンへとうとう、静かにしてくださいと図書委員からの注意がとんだ。

























「はい、キラ、これあげる」

「え、なに?おかし?」


 にちいさな包みを渡されて、キラは首をかしげた。特になにかプレゼントされる理由はないはずだけれども。


「うん。ほら、キラがカガリに渡した毛糸、けっこうもらっちゃったから。その代わりにというか」

「ああ・・・べつにいいのに。で、マフラー編んでるんでしょ?自分のにするの?」

「ううん、シンちゃんにあげることになった」

「ええ!?」


 思いがけない答えにキラは目をまるくして、に詰め寄る。意外な迫力にも驚いてぱちぱちと瞬きをした。


「じゃあちょ、ちょっと待って、カガリも完成させたらあれって、シンとおそろいのマフラーになるの!?」

「・・・あ、ほんとだ」

「ほんとだ、じゃないよ!」


 よりにもよって、あのシンが!キラとシンととの微妙な関係をまったく理解していないはきょとんとして、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに、と見当違いの感想をのべた。






































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ラクスってでも編み物できないかもしれない


(2006.11.13)