※みんな宇宙工学?あたりを勉強している学生です。べつにいいじゃないか





















 陽の良くあたる構内のカフェテリア。4人がけの広めのテーブルの上に何枚ものレポート用紙を広げ、目を走らせるを見かけたので、空いている手近な席につこうとしていたミハエルは進行方向を改めた。挨拶も何もなしにの目の前の椅子をひいて腰を下ろすと、相手はぱっと顔を上げて「なんだミハエルか」とあきれたように息をつく。


「一声かけてよ。びっくりする」

「ゴチャゴチャ言うなって。珍しいな、こんなとこでベンキョーしてんの」

「勉強ってほどじゃないよ。これから提出しにいくから見直してただけ。お昼もまだだったから、ついでに」


 言いながら「見直し」が終わったのか用紙をまとめて、とんと端をそろえる。それをファイルにしまいこもうと一度テーブルの上に置いたところを、前からミハエルの長い腕が掻っ攫っていった。あわててあとを追ったのに端をかすりもしない。無駄にすばやい。


「ちょっと」

「ふんふんふん。これなら俺も去年?一昨年?やったような気ィすっけどー・・・お前相変わらず硬えな、文章。意味わかんね」

「普通でしょ?ミハエルと一緒にしない・・・ああ、ほら、コーヒーつきそう!やだ!返して!」

「うるっせえなあ、お前こそさっさとそれ食っちまえよ。その間大事な大事なこのレポートは俺が預かってやる」

「だからしまおうと思ったのに、」


 不意にの携帯電話がちかちかと光った。テーブルに置いてあったそれをぱっと取って画面を確認し、そのまま操作をしているところをみると、メールだろうか。はしばらくかちかちとボタンをいじっていて、やがてそれを終えるとすぐにトレイの上のサンドイッチにかぶりついた。


「なに?急ぐの?」

「ん、刹那がもう来るっていうから、食べちゃわないと。まだ来ないと思ってたんだけどなあ」


 食べながら器用に告げられる内容にミハエルは「刹那って」と思い出そうとする素振りをみせる。


「ああ、あのムッツリな」

「ムッツリじゃない」

「あ、無愛想か。つーかお前よくあんなのと付き合えるな。疲れねえ?」

「どうして?刹那まじめだし、頼りになるよ。このレポートだってすごく助けてもらったもん」


 すでにレポートへの興味をなくしたらしいミハエルの手から離れたそれを示しながらがいえば、相手は盛大に顔をしかめた。機嫌を悪くしたらしいことを察したは、今度こそレポートをかばんの中にしっかりとしまいこむ。これで安心。


「それがだよ。つまんなそうじゃん、あいつ。俺、ネーナがあんなの連れてきたらぜってえ認めねえ」

「ミハエルはネーナの男友達みんな嫌いじゃない。それに、つまんなくないもん。だいたい刹那のこと良く知らないんだから、」

「あーはいはい、これ以上お前の彼氏様の悪口は言わねえよ」

「え?」

「は?」


 きょとんとしながら返してくると同じ顔をしてミハエルも返す。は口の中にわずかに残っていたサンドイッチを飲み込んでから、ミハエルを見る。


「彼氏じゃないよ」

「えっ、嘘マジで!だって確か・・・。あ、そっか、秒読みってやつ?」

「・・・?秒読みもなにも、わたしと刹那、そういうのじゃない」

「はあ?」


 目を丸くしてまじまじとを見たが、どうやら本気で言っているらしい。呆気にとられるミハエルの様子には首をかしげながらもサンドイッチの最後のかけらを口にして、飲み込んで、もう一度なにか言おうと口を開きかける。けれどその前にその視線はべつのものへと向けられた。ぱっと明るくなって、口元がほころんでいる。


「刹那!」


 ミハエルの後方へと声をかけるので、振り返ってみると確かに見覚えのある姿がそこにあった。刹那はに気がつくとこちらを見て、歩み寄ってくる。途中ミハエルと目があったが、それに関してはなんの反応もみせなかった。


「待ったか?」

「ううん。お昼食べたかったから、平気。むしろもうすこし時間かかると思ってたんだけど」

「ああ、と約束があると言ったら、アレルヤがならもう行っていい、と」

「そうなの?気、遣わせちゃったかな・・・。アレルヤ、間に合いそうだった?」

「大丈夫じゃないか?ティエリアにも頼んであるらしい」

「・・・ティエリアが人の論文手伝ったりするかなあ・・・」


 話についていけないミハエルはつまらなそうにコーヒーをすすって、こそりと刹那を観察する。正確には刹那とを。
 カップにまだドリンクが残っているのですぐに立ち上がれないが隣の席をすすめ、それを受けた刹那は素直に腰掛けた。ミハエルがじいと見ていても刹那が特にこちらに視線をむけてくることはないので、非常に観察しやすい。も少年との会話に夢中だ。
 二人がどうしても「そういうのじゃない」と思えないのは、妹のネーナが言っていたから。「同じ学科の刹那っていうのがちょっとタイプなの」「でもダーメ、とラッブラブなんだもん。だから手、出さないんだ」。妹がそう言うのならまず間違いなく二人は「ラッブラブ」なのだろう。けれどこうして見ている限り、これが「ラッブラブ」なのかと疑問を抱かざるを得ない。確かにはにこにこして楽しそうで、刹那は・・・よくわからないが、単純に仲の良い友人同士として捉えることもじゅうぶんに可能なのではないかと。


「じゃあそろそろ行くね、ミハエル」


 会話を弾ませていたがこちらを見るので、思考を中断しておお、と返す。刹那はそこで初めてミハエルに軽く会釈を、たぶん、した。トレイを片付けるために持ち上げようとしたを制して刹那がそれを手にするのをすこしばかり意外に思っていると、どうやらも同じように感じたのか目を丸くして、けれどすぐに嬉しそうにはにかむ。・・・。
 カフェテリアを出て行く二人を見送って、やっぱりそういうことなんだろうか、でも本人はあっさり否定したし、などとぐるぐる考え始めて数秒であきらめると、慣れた仕草で妹の携帯番号を呼び出した。数回のコールですぐに彼女の「はいはーいミハ兄?」声が聞こえる。


「あのさ、お前こないだ言ってたよな?と刹那がラッブラブだって」

「ん?うん、言ったよ。なんで?」

「今その二人と一緒だったんだけどさあ・・・ラッブラブか?あれラッブラブっていうのか?」

「ええー?わっかんないの?・・・あー・・・、まあミハ兄は普段とと一緒のときの刹那の差を知らないからしょーがないのか」

「え、そんな違うの」

「違うよぉ!だってさあ・・・うーん・・・よくしゃべる、とか。あんの、いろいろ」

「ふうん。でもは速攻で否定してたぜ。そういうのじゃないって」

「だーかーらあ、二人とも自覚ナシだからおもしろいんじゃない。あ、なんならミハ兄も乗る?賭・け」

「あ?」


 突然の単語に首をかしげると、受話器の向こうでネーナがわずかに声を潜めたのがわかった。今どんな顔をしているのかが容易に想像できる。おもしろがっているに違いない。


「いつまでにあの二人がくっつくか、って。アタシは夏休みかなあって思ってんだけど、ロックはクリスマスまで当分無理だろって。ちなみにアレルヤがバレンタインに賭けてたけど、見事惨敗でこないだケーキおごらせちゃった」

「お、おいおいおい、そんな話になってンのか!なんで俺に声かけねえんだよ」

「なんでだろ?でね、ヨハン兄が刹那の誕生日に賭けてるんだけどどう思う?」

「兄貴まで!?」


 意外すぎる登場人物に思わず声を上げて、ますます自分がなぜ参加していないのかがわからなくなったミハエルが「じゃあ俺は、」と口を開くと、ネーナが楽しげに言う。


「でもミハ兄、そういうのわかんなさそう。今からミハ兄に買ってもらうもの考えておかなきゃ、どうしよっかなあ」

「バカにすんなよ、だってさっき」


 先ほどの刹那との様子からしても、もしかしてそう遠くはないのではないか。それをとっさに言いそうになって、あわてて口をつぐむと、人知れずにやりと笑みを浮かべた。ひょっとすると、自分は非常にいいカードを手に入れたのかもしれない。


「なに?」

「や、それより参加者全員に連絡しとけよ、俺も混ざるって」

「ホントに?後悔したって知らないよー。で、いつに賭けるの?」

「今月中」


 間をおいて、ネーナが爆笑するのが聞こえた。
























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みんな仲良くしてればいいんじゃない?


(2008.3.10)