予想通り、目的の相手はちょうどエクシアのコクピットから顔を出したところだった。日課のモビルスーツの調整を終えたばかりのはず、の刹那は、そばにいる整備士に声をかけられてもほとんど返事をすることもなく歩き続け、自分のいる出入り口とは別のそれへと向かっていくので、はあわててそのあとを追いかけながら大きく声をかける。
「刹那っ!」
「・・・・・・・」
振り返った刹那は、格納庫のほぼ反対側から駆け寄ってくるの姿を目に留めて、とりあえずといった様子で立ち止まった。ほとんど全力疾走だったは刹那のすぐそばまでくると、大きく息をついて呼吸を落ち着ける。それを見届けた刹那はすぐにきびすを返して歩き出した。なんのために呼び止めたのか分かっているのだろうか。刹那はときどき、というかけっこう、よくわからない。呼吸がととのわないまま、はまた小走りにならなくてはならなかった。
「せつなっ、ちょっと、たのみがあるんだってば」
「なんだ」
「す、スメラギさんに・・・っ、もう、ちょっと、ゆっくり歩いてほしい!」
「・・・・・・・」
返事はなかったけれど、刹那の歩くスピードはすこしだけ遅くなった。なにもが走っているのはいまだけでなくて、刹那がたしかここにいただろうと踏んで急いでやって来たのだから、いわばずっと走りっぱなしなのだ。そのあたり、こちらの様子をみて察するということを、刹那はあまりしてくれないかもしれない。頼めばきちんと聞き入れてくれるのだけれど。やはりこういう点はロックオンが一番で、次点でアレルヤ、刹那とティエリアが最下位争いだな、とかどうでもいいことを考えながら歩いて、ようやく息がととのってきたころ、こちらをもの言いたげに見ている刹那と目が合って、やっと用件を伝えた。
「買出しに行ってほしいんだって、いろいろね、ほしいものがあるから。クリスティナが行く気満々だったんだけど、待機してなくちゃいけなくなって・・・で、刹那いま東京に部屋あるし、詳しいんじゃないかなって。一緒に行ってくれないかな」
ちなみにこれ買出しリスト。に手渡されたそれにざっと目を通すと、刹那にはなにを指しているのかがわからない名前ばかりが並んでいた。ためしにコレはなんだとひとつを選んで尋ねてみると、化粧品の名前だという。よくよく聞いてみれば、そのほとんどがそんな類のものばかりだった。
「・・・・・・」
「一人じゃ持ちきれないから、どのみち人手は必要なんだよね。急ぎの任務もないでしょ?いい?」
たずねてきたにメモを返すと、刹那は黙ったまますこし歩調を速めた。ひんやりとした廊下にかつんかつんと響く足音のリズムが変わる。もう呼吸は落ち着いているので、は不思議に思いながらも、自分の歩みもそれに合わせた。「せつな、」と呼びかけると、とくに表情の変化の見られない顔をちらりとこちらに向けて、一言放った。
「行かない」
「えっ、どうして?もしかしてなにか仕事入ってるの?でもスメラギさんが刹那は空いてるはずだからって・・・」
「買い物に行くくらいなら、トレーニングに入る。今日の分をまだ終わらせていない」
「だっていつもは夜とか、・・・・・・。わかった、ごめんね。いきなり言われたって刹那にも予定があるもんね。・・・じゃあどうしようかな、フェルトじゃ荷物持たせられないし・・・あ、アレルヤなら」
ぶつぶつとがそこまでつぶやいたところで、二歩分くらい先を行っていた刹那がぴたりと歩みをとめた。視線を下に向けていたは、刹那の足がとまったのに気付くと驚いて顔をあげる。
「どうしたの」
「・・・俺が行く」
「は、?」
「アレルヤが行くなら、俺が行く」
「アレルヤに頼もうかなって言ったとたんにソレだもん。アレルヤのこと好きなんだ、絶対」
結局刹那と買い物を済ませたは、戻ってきてすぐに夕飯をとっていた。タイミングがよすぎるくらいに、同じく食堂に入ってきたアレルヤをつかまえて、一通りさきほどの刹那の様子を聞かせてやると、相手は複雑そうにほほえむだけだ。
「・・・ちがうと思うけど」
「じゃあ、好きでもない人の代わりに買い物行ってあげようなんて思う?・・・どうしてアレルヤには気を遣って、わたしには・・・」
不満を隠そうともせず、は乱暴にポテトにフォークをつきさすと、ぱくりと口に入れた。憎しみをこめてむしゃむしゃと噛みしめている。話し相手にされているアレルヤはほとんどしゃべっていないので、よりもあとから食事を始めたにもかかわらず、もう食べ終わってしまった。今は居心地悪そうにコーヒーを飲んでいる。
「・・・そういうことじゃなくて、なんて言えばいいのか・・・。それは、僕が男だから、じゃないかな」
「・・・・・・刹那は男の子のほうが好きってこと?」
「どうしてそうなるんだよ・・・。がそんなだから刹那もああなんだ」
後半のぼやきはよく聞こえなかったが、とにかくはむしゃくしゃしていた。刹那の中に優先順位が決められていて、お前の順位はアレルヤより下なのだと突きつけられたも同然だ。べつにアレルヤなんかに負けて悔しいとか、そういうふうに思っているわけではないけれど。ただどうしようもなくもやもやして、まるでこれは、うん、寂しさに似ている。
「あ、」
アレルヤがドアのほうへと目を向けて声をあげた。つられてもそちらを見ると、さんざん話題にのぼっている彼が立っていた。
「・・・・・・・・・」
「あ、せ、刹那、君もこれから夕飯かい?」
「ああ」
こそりとアレルヤが盗み見たは、あきらかに顔をしかめている。刹那はそれに気付かないのか、それとも気付いていてもなんとも思わないのか、臆することなく進み、食事のトレイを受け取ると、二人のそばの席に腰かけた。
「・・・・・ええと、、さっきの続きだけど・・・」
「刹那。よろしければアレルヤの目の前の席、どうぞ?わたしはもう食事を終えましたので!」
「・・・?まだイモが残って・・・」
「終わったの!」
いくらか不思議そうにしながらも、刹那は「そうか」と言ってあっさり席を立つ。どうしてそういうところで変に素直になるんだと叫びたい衝動を押さえ、アレルヤはなんとか視線で訴えかけたが、刹那はそれもいぶかしげに受け止めるだけだった。はあとあとクリスティナに、「そういうときでも見つめあうんだもんあの二人ったら!」とその光景を最大限に誤解して伝えることとなる。
「じゃあ、わたし、もう行きますので!どうぞごゆっくり!」
がしゃんと乱暴にトレイを返却口へと置くと、は足音荒く部屋を出て行った。アレルヤはあとでまた長時間、グチにつき合わされるに違いないと頭を抱えて、刹那はただドアのほうを見ている。ため息をついて、アレルヤが口を開いた。
「もう少し考えて発言しなよ。・・・、すごい誤解してたよ?」
「誤解?」
「だから・・・。・・・・・やきもち妬くならもっとうまく妬いてくれってこと」
「餅?」
別に餅なんか焼いてない。そう言ってから、刹那は黙々と食事を始めた。この行き場のない怒りのようなものはどこに向けたらいいのだろうと、アレルヤは盛大にため息をつくのだった。
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恋を知らずとも恋する刹那を書きたかったのですが?
(2007.12.28)