カラン、と、入り口に設置されているベルが鳴った。反射的に声が出るようになってきた刹那は、背を向けていたドアを振り返りつつ、ようやく言い慣れた接客用語を口にした。

「いらっしゃいま、」
「わっ、ほんとに刹那がいる!」

 なのに、振り返った先にいたのがだったから、刹那は言葉と一緒に息をのんだ。驚きに目を丸くして固まる刹那をよそに、はすたすたと店内へと歩いてきて、空いた席にちょこんと座る。たっぷりと時間をかけてから、ようやく刹那はの座った席に近づくと、少女を見下ろした。

「・・・どうしてここに」
「フェルトがね、ニールさんの喫茶店で刹那を見かけたって教えてくれたから。夏休みなのにちっとも家にいないと思ったら、バイト始めてたんだね」
「・・・休みの間だけだ」
「ふうん。なんで教えてくれなかったの?」
「・・・・・・」

 当然の疑問に、刹那は困ったように黙り込んだ。その間にはこそりと幼馴染の少年を観察する。刹那やもよく知る青年、ニールが経営しているこぢんまりとしたこの喫茶店には特に制服というものもなく、刹那はも何度か見たことのある彼の私服の上から、黒いエプロンをしているのみである。店内には他に常連らしき客が二人ほどいるだけで忙しそうな気配もないので、刹那が黙って突っ立っていようが、しばらくは仕事に支障はなさそうだ。

「おーい刹那、お客さんなんじゃ・・・てなんだか」
「ニールさんこんにちは」
「おー、いらっしゃい」

 奥にいたらしきニールが顔を出し、常連客に二言三言声をかけつつのいるテーブルまでやってくる。そばに突っ立っている刹那に目を留めると、その頭をぽんと叩いた。

「誰か来たっぽいのにちっとも注文言いに来ないから、なんだと思ったらだったんだな。注文決めたか?」
「ううん、まだ。刹那が聞いてくれない」
「は、」
「おいおいだめだぞ刹那、一応お客さんだろ。、好きなもんでいいぞ、今日は奢ってやる」
「やった!ケーキでもいい?」
「今日だけだからな。次はちゃんと払えよー?刹那、お前も休憩しろ」

 店の奥へ向かうニールのあとを付いていこうとする刹那に、そう声がかけられた。伺うように刹那が見上げれば、ニールはを示しながら笑ってみせる。

「せっかくが来たんだ。ちょうど手も空いてるしな。お前にも奢ってやるから気にすんなよ」

 刹那がなにか言う前にニールの姿は消え、仕方なしにの向かいに腰掛けた。「いい店長さんだね」とは言ったが、正直今の状況で二人にされるのは刹那にとってあまり好ましくない。案の定すぐには身を乗り出し、で?と眉を寄せた。

「どうして教えてくれなかったの?バイトするのなんて初めてだし、そんな大事なこと黙ってるなんて」
「・・・いや・・・その」
「フェルトに聞いたとき、もっ・・・のすごくびっくりしたんだからね!」
「・・・悪かった」

 素直に謝れば、は「水臭いんだからなあ」と言いつつ、その表情からそこまで本気では怒っていないことが分かった。これで済んだかと刹那がちいさく息を吐き出したところで、もう一度の、で?という声がした。

「なにか欲しいものがあるってこと?」
「は?」
「だって、急にバイト始めるなんて。刹那って普段あんまり買い物もしないし、お金そんなに必要ないでしょ?あ、社会勉強?」
「いや、」
「なんでもいいけど、だったらわたしに声かけてくれたって良かったのに。わたしだってちょっとバイトしてみたいなって思ってたし、ニールさんのとこなら安心だし、うーん、ほんとにニールさんに聞いてみようかな」
、」
「あ、大丈夫大丈夫、刹那の邪魔はしないから。あ、ニールさん!わたしもここでバイトしてもいいですか?夏休みだけになっちゃうけど・・・」
「お?あーそうだな、まあ一人ならいいかな。そのほうが刹那もやりがいあるだろうし、な、刹那」
「え、」
「じゃあ、それ食べながらでも刹那にいろいろ聞いとけ。先輩だからな」
「はーい。よろしくお願いします、刹那先輩!」
「・・・」

 ニールがテーブルにケーキを運んでから去っていくその短時間にのバイトが決定し、それを見守るしかできなかった刹那は、に見つからないようちいさくため息をついた。

 がほしいものがある、なんて言うから。だからバイト代でプレゼントしてやろうかと思ったのに。

 この様子じゃも自分で稼いで自分で買ってしまうかもしれない。刹那は自分の運の悪さを呪いつつ、ケーキを口に運んだ。



ブルーハワイ









――――――――――
(2009.6.22)