耳慣れたメロディが、鞄の中の携帯電話から聞こえた。鞄のファスナーを開け、電話を探しごそごそとやっていると、隣で一緒に買い物をしているフェルトが「どうしたの」とこちらを向く。
「うん、電話みたい。ちょっとごめんね」
「ん、いいよ」
了解を得るのと同時に見つけた電話、覗き込んだディスプレイには刹那の名前があった。通話ボタンを押し、耳にあてる。「もしもし」と話しかけた。
『・・・・・・』
「もしもし?刹那だよね?」
『・・・ああ。か?』
「うん」
とフェルトと二人で、駅前のショッピングモールに来ていた。今日は混雑していないとはいえ、買い物客はそれなりに多く、あたりはざわついている。ただでさえ口数が少なく、しかも昔に比べ低くなってきた刹那の声は、ともすれば周囲の声や、店内にかかる音楽に紛れてしまいそうだった。
『・・・』
「刹那?ごめん、今ちょっと聞こえにくいかも」
『ああ、なら掛け直、』
刹那の声が、そこで途切れる。よく聞きとれないが、受話器の向こうでなにやら話しているような雰囲気があって、しばらく待っていると、再び受話器近くで話し始めた。
『・・・は・・・今、何をしているんだ』
「わたし?フェルトと買い物。刹那も誰かと一緒なの?」
『俺は、・・・いや、一人だ』
「? そう?」
誰かと話しているように感じたが、勘違いだったのだろうか。刹那はまたそれきり黙ってしまって、彼の用事がいまいち分からないもまた黙るしかない。ショーウィンドウをあれこれと見ながら、何も話さないを不思議に思ったフェルトが首をかしげつつ振り向いてきたが、もそれに首をかしげて応じるしかなかった。用はないけどなんとなく、で電話してくるような刹那ではない。それは昔からよく知っていることなので、刹那がなにか言うまで待つつもりではいるが、いつまでもフェルトを放っておくわけにもいかないは、結局自分の口を開いた。
「どうしたの、何か用事?」
『いや・・・その・・・』
「言いにくいこと?嫌なことがあった?それで落ち込んでる?」
『・・・』
「あ、ごめん、わたし達もう高校生だもんね。だって刹那、すっごく歯切れが悪いから」
『それは、・・・』
そこでまた口を閉じてしまう。長い付き合いの中で、こんなに口ごもる刹那は初めてだった。口数が少ないのは口下手だからではなくて、単純におしゃべりではないというだけの話。言いたいことがあればはっきりと言うのが刹那なので、その彼が口ごもる時というのはどういう時なのか、さすがのにも分からないのだった。
「刹那、どうしたの?」
相手の話を聞いている様子はなく、また話し始める気配もないに、フェルトが小さく声をかける。はすこし電話から顔を離し、彼女と目を合わせた。
「よくわかんない。用があるみたいなんだけど、しゃべらなくって」
「そうなの?珍しいね・・・あ、」
みて、とフェルトが指さした先に目を向けると、新しくオープンしたらしいケーキ屋があった。女性客が何人か集まるショーケース前へ二人も近づくと、同時に「わあ、」と声を上げる。は電話をまた耳元に当てると、まだ受話器の向こうで黙ったままの刹那を呼んだ。
「刹那、ケーキ」
『は?』
「今、新しいケーキ屋さんに来ててね!見たことないカワイイのがいっぱいあるの、刹那、なにがいい?」
『俺?』
「うん、買って帰る。あとで一緒に食べよう、電話じゃちゃんと話せないもんね。ちゃんと話し聞けば、刹那、元気出るよね?」
『・・・』
さっきは否定されたが、刹那がここまで言いにくそうに口ごもるのだ、きっと何か心配事でもあるに違いない。甘いものが嫌いではないはずだから、ケーキを理由に家に押しかけて、とことん話を聞いてやろう。自分の思いつきに自分で満足すると、はショーケースを覗き込みながら声を弾ませる。
「だからほら、ケーキ選んでよ。えっとね、ショートケーキとか、そういうのもあるけど・・・」
『なんでもいい。が選んだもので』
「そう?ほんとにわたしが好きなものにするよ?」
『が選んだなら、食べる』
「信用されてるなあ」
くすくす、笑いながら言うと、受話器越しに刹那がちいさく息を吐いたのがわかった。それに続く声が、さっきよりもすこし明るくなった気がする。
『・・・切る。あとで、話す』
「うん、わかった。じゃあ、またあとでね」
『ああ』
その返事に安心して、も電話を切った。隣のフェルトがくすりと小さく笑う。
「ん?」
「ううん、は相変わらず、刹那に優しいなと思って」
「そっかな?普通じゃない?」
「ふふ」
楽しそうに笑うフェルトはそれ以上は言わずに、「刹那にも選んでいかないとね」とまたショーケースを見た。も笑顔でそれに返す。
「元気出るには、ビタミンカラーかな」
「ええ?色?」
ライムイエロー
喫茶店の一角、刹那が携帯電話を閉じるのを見て、ニールが「おいっ」と声を荒げる。
「なんで切っちゃうんだよ!今日こそ告白するって電話したんだろうが!」
「が俺が元気がないと心配してくれたから」
「・・・だから?なんだよ」
「嬉しかった。俺はそれでいい。悪いが先に帰る、を待たなきゃならない」
「おおおおいっ!」
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(2009.3.22)