兄たちと過ごす午後のひとときを、ナナリーはとても大切にしていた。
それぞれに公務を抱える身ながら、できるかぎり妹と共に過ごそうとしてくれる兄たちの心遣いが嬉しく、そのための紅茶や菓子は毎回せめてものお返しとナナリーが自分で選んでいる。残念ながら今日は上の兄、ルルーシュは不在だが、ロロがもうこれから公務もないというので、時間を気にせずゆったりと楽しむことが出来、寂しくはなかった。
「ロロお兄さま。そういえば今日はさんがご一緒ではないのですね」
カップに紅茶のおかわりをついでもらう間に、ふと気づいたことを兄に尋ねた。ラズベリーのような色をした彼の瞳は、口元に運んでいた紅茶から妹の澄んだ空色のそれへと移される。
「ああ、うん。ナイトメアの調整があるって、スザクと。・・・ねえ、ナナリー」
「はい?」
カップをソーサーの上に戻しながらのロロの呼びかけに、ナナリーも持ち上げていたカップを下げて首をかしげる。持ち手を指先でなぜながらいくらか先を話すのをためらうようにしている兄を辛抱強く待ちながら、午後の陽射しに亜麻色の髪の毛がうっすらと金色に輝かされるのを見た。ロロの瞳はルルーシュに似ているけれど、髪の毛の色はナナリーに近い。そういう意味でナナリーとルルーシュには似ているところがなかったけれど、間に入ったロロのおかげできちんとつながっているのだと思える気がして、彼の持つ色を眺めているのが好きだった。
「たとえば・・・、たとえば、だよ。女性に贈り物をするとして、なにをプレゼントしたら喜んでもらえると思う?」
ようやく開かれた兄の口からとびだした言葉に、ナナリーはぼうっとロロを眺めていた目をきょとんと丸くした。それに慌てたロロは、あせったように首を振る。
「ごめん、急に変なこと聞いたりして。このケーキおいしいね、一体なにが、」
「それは、さんへの贈り物、でしょうか?」
「ええっ」
視線をケーキに向けていたロロが、瞬時にそれを再び妹へと向ける。くすくすと、大人びた表情でナナリーは笑った。ばつが悪くなったロロは、わずかに口を尖らせる。
「・・・どうしてそんな」
「どうして、と言われても。お兄さまの妹ですから。お考えになっていることも、すこしなら分かります」
「・・・その勘のよさ、兄さんに似てきたね・・・」
「まあ、嬉しいです」
言葉通りに微笑むと、ナナリーはテーブル越しにロロへと身を乗り出した。滅多にない妹の積極性に、対照的にその兄はわずかに身を引いてしまう。空を湖に溶かしたような澄んだ青を湛える瞳を好奇心にきらめかせるナナリーは、「それで?ロロお兄さま」と問いかけた。
「さんなんですね、贈り物のお相手は?何かの記念日でしたか?騎士就任一周年・・・は、まだだったような」
「いや、えっと、実はもうすぐ誕生日が・・・ってちょ、ちょっとナナリー、僕は別ににだなんて一言も、」
「お誕生日!まあ、どうしてもっと早く教えてくださらなかったんですか?さっそくパーティの準備をしないといけませんね、招待状もご用意しなくては!あ、お兄さま、さんはどんなお料理がお好きなのでしょう?」
「さあ、それは聞いたことがないけど・・・てだからそうじゃなく!・・・ああもう、この際への誕生日プレゼントってことは認めるよ。だからナナリー、僕が相談したいのはパーティのメインディッシュじゃないんだ。一体なにを贈ったらが・・・一番、喜んでくれるかっ、て・・・」
だんだんとロロの言葉が弱弱しくなってゆき、それにつれて頬を赤らめていく。反対にそれを見ているナナリーの瞳はさらに輝くのだった。
「大切な方への贈り物に悩むお兄さま、とても素敵です。私、精一杯ご協力させていただきますね」
「うん、ありがとう・・・。・・・それで、女の人って、どんなものをもらったら嬉しいのかな?」
「色々あると思いますけれど、ロロお兄さまの場合、プレゼントしたい方がさんと決まっていますから・・・。あ、そうです、スザクさんにお伺いしてみても良いのでは?お二人は士官学校からのご友人ですし、さんのお好きなものもご存知かもしれません」
「・・・スザク、に」
そこでロロは言葉を切り、わずかに眉を寄せた。滅多にみせることのない兄のその、不満とも、落胆ともとれる表情を目にしたナナリーはいささか驚き、乗り出していた体を元に戻した。ルルーシュと同じく、妹のナナリーに大層優しいロロもまた、なかなか彼女の前で不の感情を表に出すことをしない。疲れたように息を吐き出すロロを、ナナリーは不安げに見つめた。
「お兄さま。私なにか、いけないことでも?」
「え?・・・ああ、ううん、ナナリーはなにも悪くないよ。そうじゃなくて僕の問題なんだ。どうしてもスザクには負けるんだなあって」
「スザクさんに?」
ナナリーが繰り返すと、ロロはうん、と答えながら気分を変えるように紅茶を一口飲んだ。静かにソーサーの上に戻しながらゆっくりと続ける。
「いくらが僕の騎士で、ほとんど毎日一緒にいるっていっても、付き合いが長いのはスザクで、気心が知れてるのもスザクで・・・好きなものもきっとスザクなら知ってるだろうけど、でも僕は」
そこまで一気に言ってしまってから、ふっと気を緩めるとロロは羞恥に目元を赤く染める。気がつくと妹が眉を下げてこちらを見つめており、慌てて口を開いた。
「ごめん、こんな情けないこと、言うつもりなんてなかったんだけど・・・」
「いいえ!いいえお兄さま、情けなくなんてありません!」
「え?」
再びロロへ身を乗り出してきたナナリーは、カップに添えられていた兄の手を取った。状況を理解しきれないロロは置き去りに、ナナリーは興奮気味にまくしたてる。
「確かに、ええ、確かにスザクさんとさんはとても仲が宜しくて、いいお友達です。けれど私は、ロロお兄さまのほうがスザクさんよりもずっと、その・・・他人を気遣えると言ったらいいのでしょうか・・・場の空気を和ませて下さいますし、とにかくお兄さまがスザクさんに劣っているとは全く思いません!さんだってお兄さまのことをとても大切に思ってくださっているのが伝わってきて、ええと、ですから、」
「わ、わかったナナリー、・・・ありがとう」
いつになく強気なナナリーに気圧されながらも、妹の言葉は素直にロロの胸の中にしみこんできて心地よかった。本当ならば尊敬する兄にも相談したかったことだけれど、きっとナナリーと同じことを言っただろう。漆黒の髪と夜の帳のような色の瞳をもつ兄と、太陽のような髪に空色の瞳をもつ妹とは対照的であるように思えるのに、それでもやっぱり似ているのだ。そんなことを考えながらロロが微笑んでみせると、ナナリーはすこし落ち着いて、けれどまだ心配そうに首をかしげた。
「ロロお兄さま、私の言いたいこと、ちゃんと伝わりましたか?」
「うん。充分に。だから、その・・・一緒に考えてくれる?への贈り物」
「・・・はい、もちろん!」
花のような笑顔を向けてくる妹になんだか照れて、ごまかすように触れたティーカップはもうぬるくなってしまっていた。けれどそれも気にならないのはやっぱり今、心が温かいからだと思う、なんて。「紅茶をいれなおしましょうか」というナナリーに、大丈夫、と笑って首を振った。
「・・・ほら、ナナリー様にお任せしておけばきっと大丈夫ですって、言ったとおりでしょう?」
「ああ、さすがは俺の妹だ。・・・ロロ、悩むことなんてないだろうに。所詮はスザクだ」
「ですよね。ロロ様とスザクなんて、比べる対象にもなりません」
「・・・あの・・・、さすがの僕もちょっと、そこまで言われると傷つくっていうか」
――――――――――
(2008.11.8)