コクピットのハッチを開け外に出ると、モニタ越しでない空が広がった。直接視界に感じる陽光の眩しさにロロはわずかに目を細め、シートから降り立つ。ナイトメアフレームの足元まですぐに駆け寄ってきた彼の騎士は飛びつくようにロロの目の前まで来ると、情けなく眉を下げた。
「お怪我はありませんか、ロロ様!」
「大丈夫だよ、。そもそもダールトンが本気を出していたら、これくらいじゃあ済まない。そうでしょう?」
苦笑しながら騎士から目を外し、振り返りつつ問えば、同じようにナイトメアフレームから降りてきた歴戦の勇士は柔らかに微笑み「ロロ様はお強くなられましたよ」と言う。それがロロにはなんだか照れくさい。パイロットとしてナイトメアフレームに騎乗するを許可されてからまだ数ヶ月ほどしか経っていないロロは自分の実力のほどを知りたく、ちょうど居合わせていたダールトンに模擬戦を頼み込んだのだったが、開始から数秒でその実力差を思い知った。やはり数多くの戦線に出、あの第2皇女殿下の親衛隊を務めるだけのことはある。初めのうちこそ何回か彼の攻撃を凌ぎはしたものの、あっさりとやられてしまった。「強くなった」なんて、とんでもない。
コーネリアの元に戻らなくてはならないというダールトンに礼を言って見送り、デヴァイサースーツから着替えるべく訓練場の控え室へと向かう。その後ろにつくは声をひそめ、ロロにだけ聞こえるように口を開いた。
「ロロ様、ナイトメア戦に興味をもたれるのも悪いことではありませんが・・・。いつ取り返しのつかないことになりはしないかとわたしはもう、心配で」
「その話は何回もしたじゃないか。ナナリーはもちろんだけど、兄さんだってナイトメアに乗る気はさらさらないみたいだし、僕が腕を磨いてあの二人を守らなくっちゃ」
「ルルーシュ様にはスザクがいます。何もロロ様がご自分でパイロットにならなくたって・・・あ、そうだ」
そこで何かを思い出したかのようにつぶやくと、ロロ様、とひそめていた声を通常に戻して名前を呼んだ。なに?と素直に聞き返す。
「そのルルーシュ様も今、こちらにいらっしゃるそうです。模擬戦が終わったらお顔を見せてほしいと連絡が」
「えっ、そうなの?早く言ってよ!」
まったく大事なところで抜けてるんだから!慌てて控え室までの道を駆け出した。
ブリタニア本殿にて行われた会議もすでに終え、ルルーシュは先ほどからソファで寛ぎ一人でチェス盤に向かっていた。スザクの「よければ僕が相手になろうか」という申し出は丁重に断られ、黒と白の駒を交互に動かす主の姿を初めこそしばらく眺めていたものの、すぐに手持ち無沙汰になってしまう。将棋もろくに指したことだってないのだ。
「兄さん!」
スザクがため息をつこうと息を吸い込んだところで、部屋のドアがすっと開く。顔を出したのはロロ・ヴィ・ブリタニア皇子殿下と、その騎士だった。スザクは吸い込んだ息を吐き出すとともに彼らの名前を呼んだ。ルルーシュも視線をあげて目元をほころばせる。
「ロロ、。模擬戦お疲れさま」
「やあロロ、聞いたぞ、ダールトンと競り合ったそうだな。なかなかナイトメア戦の才能があるんじゃないか?」
「そんなことないよ、ダールトンは全然本気じゃなかったもの。あ、だけどそのうち、スザクにも手合わせをお願いしたいな」
主人の言葉に、数歩遅れて部屋に入ってきたは顔をしかめた。相変わらずの心配性だな、スザクは内心で苦笑しつつも、ロロにはにこりと笑顔を向ける。
「ああ、喜んで」
「そのときはこてんぱんにしてやるといい」
スザクはともかくとして、頼みの綱であったルルーシュも笑顔でそう言うのだから、が不満げに口を尖らせるのも無理はない。ここ数年で成長期を迎えたロロの背はだいぶ伸びて彼女を完全に追い越してしまったが、それまでは線が細く、ひどく儚げな少年だったのだ。彼の騎士として側近くで仕えてきたが心配性の過保護になったのは仕方のないことであり、そんな彼女はロロがナイトメアフレームに乗ることを未だに認めきれてはいないのだった。
「ルルーシュ様。兄上様なのですから、ロロ様にもっと危険なことはしないようにと、」
「まあまあ、いいじゃないか。ロロもそういう、ちょっと危ないことを体験してみたい年頃っていうか」
「スザクっ、無責任なこと言わない!それに絶対だめだからね、大事なロロ様とスザクが模擬戦なんて!」
スザクに噛み付くの姿にルルーシュがおかしそうに笑い、ロロはそれを見て恥ずかしさに耳元を赤くした。スザクの同期ということで知ったをロロの騎士にと推したのはルルーシュだったが、その兄の考えはやはり正しく、彼女とロロとはすぐに打ち解けることが出来た。はよく主人に仕え、もともとスザクと仲が良かったこともあるのか、兄妹のルルーシュやナナリーともあっという間に親しくなり、特にナナリーは「お姉さまが増えたみたいです」とひどく喜んだので、そのことはロロも嬉しくさせた。が、それはそれで、の筋金入りの心配性と過保護ぶりに関しては、どうにかならないものかとしょっちゅう頭を悩ませていた。そんなロロとの姿が他の兄姉たちにも実は密かに人気なのだとは、もちろん彼の知るところではない。
とスザクの一方的な言い合いがロロのことから士官学校時代のことへと移っているのを横目に、最も頼りにしている兄に持ちかけた。
「兄さん、のアレは、どうにかならないかな?」
「あれ?」
「心配しすぎなところとか・・・。僕が弱いのがいけないのかと思ってナイトメアにも乗るようにしたけど、それも気に入らないみたいだし」
いくらか直してもらいたい部分があるとはいえを信頼し、これからも自分の側にいてもらいたいと思っているからこそ、彼女の誇れる主人でありたいのだ。けれどそのためのロロの頑張りをはなかなか良しとしてはくれない。逆に心配ばかりをかけ、なにがあってもKMFパイロットを辞める気はないと反発したときは悲しい顔もさせた。
「僕、なんのためにがんばってるのか、分からなくなってきた。時々、そのうちに愛想つかされるんじゃないかって考えちゃったりもするんだ」
「どうしてそんなこと。あんなにお前のことを気にかけているが、お前から離れるわけがないじゃないか」
「うん・・・」
とりあえずは頷くもののどこか沈んでしまった弟を、ルルーシュはなんだか微笑ましく思った。だってルルーシュは、がこっそりとナナリーに打ち明けていたのを知っている。
「ロロ様は最近、とてもたくましくおなりなんですよ。そのうちわたしがお守りする必要なんてなくなってしまうんじゃないかってくらいに。わたしは騎士ですから、ロロ様のご成長を喜ばなければならないのですが、どうしてもなんだか、寂しくて」
ロロ様には内緒ですよ、と付け加えていたからルルーシュの口から彼に告げることまではしないが、そのがロロに愛想を尽かすだとか、離れるだとか、そんなことこれっぽっちも考えてはいないだろう。けれどそうとは知らずに沈んでしまっている弟を安心させてやりたいので、「だいたいスザクは昔から、」異様に興奮しているためこちらの話はまったく耳に入っていないであろうをちらりと確認してから、ロロ、とその名を呼ぶ。
「ひとつ教えておいてやろう。すこし前ににはナイトオブラウンズ昇格の話が持ち上がったが、本人がすぐに断った。自分はロロ様の騎士ですので、だそうだ」
「え・・・」
ロロが目を丸くした。帝国最強の騎士の座はすべてのブリタニア軍人たちの憧れで、最高の名誉だ。それを簡単に断ってしまうなんて。今度は頬を、嬉しさが赤く染めた。
振り返った先の騎士を見る。ロロの腕ではまだまだのKMF操縦技術の足元にも及ばないし、これから先も彼女を追い越せるかどうかは分からない。けれどがずっと、自分に仕えていて良かったと思ってくれるように、すこしずつでもいいからやっぱり強くなりたい。
「、」
「えっ、あ、はい!なんでしょうか、ロロ様」
スザクに掴みかからんばかりだったは、主の呼びかけにすぐに意識をそちらに向けた。「ロロありがとう助かったよ」とスザクは言うがその表情はにこにことしていて、さっきまでのとのやり取りを全く意に介していないことが分かった。
「え、っと・・・。ちょっと庭に行きたいんだ、ついてきてくれる?」
「はい、もちろん!」
あっさりとスザクから離れロロのすぐ側まで来るをつれると部屋を出る。ルルーシュとスザクもいるところでは言いづらいが、二人きりになったら「いつもありがとう」って、普段照れくさくて言えないようなお礼の言葉を口にしてみようと思った。
「なんだかロロは急に元気になったみたいだね。何かしたの?」
「ラウンズの件をな。はロロにも何も言わずに断っていたから」
「ああそうか、なるほどね。ロロは良かったな、みたいな騎士が見つかって。次はナナリーだけど、」
「な、ナナリーにはまだ、そういうのはあれだ、早いだろう」
「・・・君はいっつもそれだよ」
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(2008.9.20)