「すっげェどんくせぇヤツがいるんでィ」

 こんもりと積まれた洗濯物の横に座り、ひとつひとつたたんでいる。そしてそのの傍らでごろごろしている総悟。そんな図は真選組屯所では珍しいものではなく、総悟がを相手にだらだらと世間話をするのは日課だった。

「どんくさい?」
「ん。危なっかしいっつーか、隙だらけっつーか、とにかくどんくせぇ」
「ふうん・・・男の人ですか?」
「や、女」

 女。そこではちょっぴり目を丸くした。普段総悟から、女子の話が出ることは滅多にない。それを思っての驚きだったのだろうけれど、は特にそれ以上は言わずに、「どうしてどんくさいって思うんですか」と聞いてきた。

「つまづくから」
「それだけ?」
「それだけっつーけどなァ、同じ場所だぜィ。同じ場所で毎日つまづいてんだから、どんくせェ以外の何ものでもねェだろィ」
「あ、毎日会うひとなんですね」
「・・・まあ」

 やっぱりどんくせェ。寝そべりながら内心で総悟は思った。
 だってこれは他でもない、の話だ。
 毎日毎日、買出しから帰ってくると勝手口から屯所内へ入るわけだが、そこで必ずつまづいているのを総悟は何十回何百回と目撃している。だというのにすぐに今の話を自分のことだと結び付けないあたり、どんくさいと言われて当然だ。

「だけどそれでそんなにどんくさいなんて言われたら、そのひとがかわいそう」

 完全に他人事として聞きながら、はのんびりとした動作で洗濯物を片付けていく。総悟は半ば呆れながら息をつくと、寝返りを打ってを見た。

「それだけじゃねェもん」
「あ、他にもあるんですか」
「そいつ、後ろから近づいたら絶対ェ気付かねえ」
「絶対?」
「100パーセント」

 たとえば料理をしているときとか、けっこう近くに行っても、それが後ろからだとまず確実に気が付かないのだ。声をかけられたり、ぽんと肩を叩かれたりしてやっと振り返るくらいで、今だって、洗濯物をたたんでいたに背後から声をかけたら飛び上がるみたいに驚いていた。別に気配を消していたわけでもなんでもない、廊下を歩く足音だって、襖を開ける音だって普通に立てていた。なのに「うわ、うわなんだ総悟くんか、びっくりした」って、だからそれもほとんど毎日こうして来てるっていうのに。

「でも後ろからは普通気が付かないんじゃないかなあ」
「俺ァ分かるぜィ」
「総悟くんはお侍だもん。だけど普通の人だったら・・・、そのひと、お侍じゃないですよね?」
「かけ離れたところにいる」
「じゃあほら、普通ですよ」
「普通じゃねーっつーの」

 総悟はうつぶせになると上半身を持ち上げ、肘を付きを見上げた。はすこしだけ手を止め、小首をかしげて総悟を見る。

「あんなん、妙なヤツに狙われでもしたらどうすんでィ。簡単にひったくられそうだし、拉致られそうだし、つーか近いうちに確実に車に轢かれる」

 じい、との目を見ながら言うのに、当の本人は「そこまで言われちゃうんだ」とおかしそうにし、また手を動かし始めている。危機感というものがないのか、コイツには。だんだんイライラとしてくる総悟の頭には、そういえば、と最近の記憶が引っぱり出されてきた。

「しかもこないだ知らない野郎と話してた」

 総悟が見回りの最中に、たまたまを見かけたのだったが、スーパー帰りらしきは、総悟に背を向けて知らない男と話していたのだ。

「ああやって誰とでも警戒なくぺらぺらしゃべって、相手が詐欺師だったら格好のカモでさァ。そういうとこがとにかくどんくせェ」
「それは、でも、総悟くんがその人を知らないってだけで、二人は知り合いだったのかもしれないですよ」
「・・・・・・や、それは、ない」
「そうなの?」
「だって、・・・俺、見たことねェし」

 そう返しつつ、総悟の心は次第にもやもやとしてきた。に自分の知らない交友関係があるなんて今まで考えたこともなかったが、考えなかっただけで、言われてみればその可能性はあるわけだ。けれど、それは、なんだろう、すごく、

「・・・腹立つ」

 ぼそりとつぶやいた総悟に、が再び手を止めこちらを見る。もう言ってやろう、全部のことなんだって。そうしたらだって、「あれは知らない人でした」って言うはずだ。そうに決まってる、に俺たち以外の知り合いなんているわけないんだから。そう思いつつ肘を付いていた腕をのばし、うつぶせた身体を起こそうとゆっくり動くその隣で、が「総悟くん」と呼んだ。

「総悟くん、そのひとのこと心配してるんですね」

 心配?そりゃ心配だ、隊士ではなくても、は自分たち真選組の仲間なんだから。なにかあったらと思うと、それは、

「それに、さっきのだって、ヤキモチみたい」

 ヤキモチってなんだ、違うだろ今の。今のはただ、のそういう隙だらけのところを注意しようとしただけで、

「総悟くん」

 ずい、とそこでが身を乗り出して顔を近づけてくるのに、総悟は思わず動きを止めた。の笑顔が目の前で咲く。

「それって、恋ですよ!」

 は、と思う間に、一気に顔が熱くなったのが分かった。














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(2009.11.8)