障子は大きく開け放たれ、その先には真っ青な夏空が広がっている。溜まってしまっていた書類作業にようやく一区切りつけたは大きくのびをし、空を見上げた。今日はひどく暑くてむしむしするので、見廻りが入っていなくて本当に良かった。部屋の中にいたって暑いことに変わりはないが、それでも外出することに比べれば全然マシだ。
ちょっと一息ついてからまた始める。そう考えたは、お茶でも淹れてこようと腰を浮かす。しかしそこへ、廊下のほうからどたどたと乱暴な足音が聞こえ、ついでの部屋の襖がもっと乱暴に音を立てて開けられたのに、思わずびくりとしてそちらを振り返った。
「な、なんだ沖田隊長、」
襖のむこうに立つのはの上司、総悟だった。先ほどまで見廻りに出ていたのであろう総悟に「お疲れさまです」と声をかけるが、思い切り不機嫌で不貞腐れたように見える総悟はのそれにはなにも返さず、ただどかどかと部屋の中央まで入ってきた。どうしたというのだ。そもそも一体何用ですか。
「・・・あの」
「あちィ」
「へ?」
ようやくぽつりと呟かれたそれに、は首をかしげる。総悟は黒い上着を脱ぎ捨て、スカーフもほどくと、ぽいと投げ、そのまま畳の上にごろりと寝転がった。
「あっちィこの部屋ちっとも涼しくねェ」
「あ、すみません、朝からエアコンの調子が悪いんです。涼みにいらしたんですか?」
「ならずっと部屋にいたからたぶん部屋も涼しいだろうって思って来たのになんだコレ意味ねェじゃんか」
「・・・すみません」
だらだらぼそぼそと喋る総悟に、なにも悪くないのに謝ってしまう。寝心地の良さでも探しているのか、ごろごろと落ち着かなく寝返りを繰り返す総悟を見つつ、そういえばお茶を持ってこようと思っていたんだったと、はもう一度腰を上げた。
「なにか冷たいもの持ってきますね。ちょっと待っててくださ、」
「いい」
「え?、だけど」
「いい」
の提案をばっさりと切り捨てた総悟に、「・・・そうですか」とまた座る。正直、自分がなにか飲みたいのですが。そうは思うが、こう言われてしまえばもそれ以上は動けず、なんとなく居心地の悪さを感じながら総悟を見た。
先ほどまでごろごろと動いていた総悟はようやくちょうど良い体勢を見つけたのか、横向きに寝転がり、視線をに向けていた。ふと目が合って、なんだか緊張してしまう。なんだこのひと。なんか、いやだな。無言はもっと気まずくて、はとりあえず口を開いた。
「ええっと・・・、・・・あー・・・、たしか局長も朝からお部屋にいらっしゃるので、たぶん涼しいですよ、局長室」
「・・・別に、いい」
「でも、暑いんですよね?」
「ここがいい」
総悟の返事に、はよく分からなくなった。涼を求めてここへ来たようなことを言っておいて、冷たい飲み物も、涼しい部屋もいらないと言う。ここの畳はそんなに寝心地が良かっただろうか?は困ったように首をかしげ、「もしかして」と切り出す。
「見廻り中に、なにかあったんですか」
「べっつにー。ただ今日は久々に土方の野郎と二人の見廻りでなんか余計なこと色々言ってきやがってちょっと虫の居所が悪ィだけでさァ」
「思いっきりなにかあったんですね」
いつもと似たような理由ではあるが、それは相当に苛立っているに違いない。は総悟に分からない程度にちいさく息を吐き出した。なにもそんなときにここに来なくたって良いだろう。しかし仕方がないので総悟の機嫌をすこしでも良くするべく、畳をぼうっと眺めつつ寝そべる総悟に、続けて話しかけた。
「副長にはなんて言われたんですか?」
「・・・」
「あ、聞かないほうがよければもちろん聞きませんけど」
「・・・・・もっと積極的にいかねえと無理だとかなんとか」
「? 剣術の話ですか?」
「違う」
総悟は一度だけを見ると、また視線を畳のほうへ伏せた。それからのほうに向けていた身体をごろりと仰向けにする。総悟の視線はからはずれ、障子の外、空を見上げるようになった。
「あっちィなァ」
「そうですね、?」
「・・・あちィから触る気にもなんねェ」
「なにに?」
「に」
ん?
とびでた自分の名前の意味を瞬時に理解できず、きょとん、としたまま数回まばたきをした。総悟が顔だけこちらに向け、かちりと目が合う。反射的になぜだか頬が熱くなった。
「積極的にいくのはもっと涼しいときにすらァ」
え、なにが?と聞きたくっても、それが言葉になってくれない。ぱくぱくと数回口を動かす間に、顔が真っ赤に染まっていった。総悟はから視線を外し、部屋の上方、とまったエアコンに目を向ける。
「あれちゃんと直しとけよ」
「え、わ、わたしがですか」
「じゃなきゃ涼しくなんねェだろィ」
「は、・・・・・・・い」
尻すぼみになる返事に、総悟がふっと息を吐き出すのが聞こえた。笑われたらしい。もう一度寝返りをうった総悟は身体を完全に外へと向け、ぼそりと付け加えた。
「明日までだぜィ」
果たして今日が暑かったのを喜ぶべきか。
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(2009.8.15)