「おーい、〜。さんやーい」
総悟の間延びした声が屯所の廊下に響いて、それに気付いた山崎が部屋から顔を出した。総悟もそれに気付いてちらと目を向けるが、何の反応もなく、すぐにまた顔を元に戻す。
「ーーー」
「さんならさっき、裏のほうで洗濯物ほしてましたよ。こっからじゃ聞こえないんじゃないかな」
「あ、そーなんかィ。じゃあ行ってくら」
「はぁ・・・」
「・・・なんだよ」
物言いたげな山崎の表情に、総悟が顔をしかめ足を止める。取り繕うように、山崎が首を振った。
「や、別に。ただ沖田さんとさんって仲良いんだなって思って。あれ?いつから下の名前で呼んでましたっけ?」
「あ?あー・・・・・。武州にいた頃に、近所にって苗字の怖ェバァさんがいたんでさァ。苗字だとなんかあのバァさん思い出すから、変えた」
「はあ、なるほど」
話は終わったと、総悟はそのまま踵を返してがいるであろう、屯所の裏手へと向かう。それを見送りつつ、そういえば局長に報告事項があったんだったと、山崎も慌てて部屋を出た。
「やーい」
山崎の言うとおり、はひとり裏庭にいた。梅雨も明けて季節はすっかり夏、陽射しと風にゆれる洗濯物はきっとすぐに乾くだろう。たすきをかけ物干し竿に向かっていたは、総悟の声に振り返り、ぱっと顔を明るくする。
「沖田さん!なにかご用ですか?」
「ちょっくら手ェ貸して欲しいんだが・・・取り込み中ですかィ」
「大丈夫ですよ、ちょうど終わったところなので。なに手伝ったらいいですか?」
「片付け。探し物してたら部屋がすげェことになった」
「あはは、またですか」
洗濯物が入っていたらしきカゴを抱えると、は総悟のいる縁側までやってきた。また、の言葉に総悟が口をわずかに尖らせる。
「またじゃねェやい、こないだのはずいぶん前じゃねェか」
「でももう3度目くらいですよ。もう沖田さんの押入れのどこになにが入ってるか、わたし憶えました」
「言うじゃねェか。じゃあ一人でがんばってもらいまさァ、俺ァ忙しいし」
「ええ!?」
「なワケねえだろ」
縁側に上がってきたの手からカゴを奪うと、総悟はさっさと自室へと歩き出す。も急いでそれにならった。
「お前に全部やらせたら何されっかわかんねェや。手伝ってくれりゃいいんでィ」
「それはもちろん、しますけど・・・。・・・この前と今日と、どっちがひどいですか?」
「今日」
「うわあ」
「そうか、分かった。ご苦労だったな」
局長室を訪れた山崎は近藤と土方に報告を終え、すぐに部屋を出ようと立ち上がったが、「そうだ山崎、」と近藤に呼び止められ、足を止め振り返った。
「総悟のやつを見なかったか?話があるんだけどなあ、姿が見えなくて」
「沖田さんならさっき見ましたよ。さんを探してました。あの二人、仲が良いんですね」
先ほどの総悟とのやり取りを思い出しつつ山崎がそう答えると、近藤はすぐに笑顔になって、そっかそっか、と頷く。
「じゃあ邪魔すんのはやめるか、どうせ大した用じゃねェからな。いやあ、ホント仲良いよなぁ、総悟も全然友達作ろうとしねェやつだったから、俺はずっと心配しててさぁ」
「ちょうど歳も近いですしね。・・・あ、そうだ。沖田さんって、けっこう可愛らしいところがあるんですね」
近藤と土方が揃ってきょとんと山崎を見、それに山崎も同じような表情になる。いえその、となんだか慌てた。
「さんのこと、下の名前で呼んでずいぶん親しげだったので、聞いたんです。そしたら昔、近所にいたって怖いオバさんのことを思い出すからそう呼んでるんだって聞いて、なんか可愛い理由だなって思いまして」
「昔・・・て、武州にいたときのことだろ?なんて人いたっけか?なぁトシ」
「俺の記憶にはねェな」
「あれ?」
それに山崎が大きく首をひねった。当たり前だが、近藤にも土方にもとぼけていたり、嘘をついている様子はない。「じゃあなんで・・・」と山崎がつぶやくのにあわせ、近藤も「ヘンだなあ」と腕を組んだ。
「うん・・・いねェよな。なんでそんな嘘ついたんだろうなあ」
「照れくさかったんだろ」
土方がそう言い、二人が顔を見合わせた。揃って土方のほうを見て、まだワケが分からないといった顔をする。
「じゃあなんで苗字で呼ばねェんだ?」
「呼びてェんだろ、名前で」
「ああ・・・」
「え?なに?なんで?」
「なんで分かんねェかな、近藤さん」
呆れたような土方の視線を受け、えええ?と近藤は情けなく眉を下げる。勿体ぶらねェで教えてくれよォ、猫なで声を出す大柄な上司に半ば本気で引きながら、土方は煙草に火をつけた。
「俺の口からは言わねェよ、あとでアイツに知れても面倒だしな」
「そうですよ局長。それに多分、すぐに分かると思いますよ」
「ええええ、山崎まで分かってんのォ!?」
「あれ、沖田さん。これ何ですか?」
押入れに次々と物を詰め込んでいたが、不意にぴたりと動きを止める。の後ろで、散らかった品々をいじるだけで結局ほとんど何もしていない総悟が、その言葉に顔を上げた。
「どれでィ」
「これです。ぬいぐるみ。この前片付けたときには無かったような・・・」
「ああ、それ、俺がガキの頃誕生日にもらったやつ。こないだたまたま見つけたからって、姉上が送ってきた。よくこれと一緒に寝てたでしょって、俺はあんまり憶えてねェけど」
「へえええ、かわいいですね!そういえば沖田さんの誕生日っていつなんですか?」
「一週間前くらい」
「えええ!?」
総悟の言葉に、ががばりと振り返る。いきおいそのままに、総悟に掴みかかりそうな様子で捲くしたてた。
「どうして教えてくれなかったんですか!知ってたらなにか準備したのに!」
「どうしてって、わざわざ自分で言うなんておかしいだろィ」
「それはまあ、そうかもしれないですけど・・・。じゃあなにか欲しいものひとつ教えてください、プレゼントします」
「欲しいものォ?」
んなこと急に聞かれても。総悟はぶつぶつとこぼしていたが、やがて考え込むように黙って数秒、ちらとを見て、ぽつりと言った。
「・・・、名前」
「え?」
「近藤さんとか土方さんは俺のこと下の名前で呼ぶだろィ。そっちのが呼び慣れてっから、お前もそっちにしてくれィ」
呼び慣れてるだなんて、大半の隊士はと同じように沖田さん、と呼んでいる。それでも総悟は真顔で、冗談を言っているような雰囲気が全く感じられないので、は中途半端に乗り出していた身体をもとに戻しつつ、ちいさく首をひねった。
「えっと・・・それがプレゼントでってことですか?」
「ん」
「・・・総悟、さん?」
「さん、ていらねェけど、まーいいや」
そうつぶやく総悟の口元には笑みが浮かんで、それにの鼓動はわずかに速まった。それでもまだ肝心なことを言っていないと思い出し、もう一度「総悟さん」と呼んでみる。
「お誕生日、おめでとうございます」
「おう」
――――――――――
遅くなりましたごめんね、めいっぱいのおめでとうをそごに!
(2009.7.26)