※栗子→土方さん です。笑













 会議中に携帯電話を鳴らすのは御法度。違えれば切腹。それに比べれば、会議に遅刻してすこしばかりお説教を食らうほうが何万倍もマシだ。当然のごとくそう考えるは、自室から会議のある広間へと向かう途中の部屋に入って、その小さな画面に踊る文字と格闘していた。

「わ、もう来た」

 がメールを一通仕上げて送る、その半分以下の時間で、今やり取りをしている相手が返信してくる。なかなか区切りをつけられないはそこからまた新たにのろのろとメールを作成し、そんなことをしている間にも画面の端に表示されている時間は刻一刻と会議開始のそれに近づいていくのだった。

「ええっと・・・、・・・そ、れ、は、・・・そ、う、だ・・・ね・・・」

 内心の焦りとは裏腹に、なかなか機敏に動いてくれない指。部屋の障子戸を背にしゃがみこみながら一文字ずつ打ちこむの意識は完全に携帯電話へと向けられていて、いつの間にかその画面をもう一人も覗き込んでいたことには全く気が付かなかった。

「・・・肘肩さんて誰でィ」
「えっ、わ、間違えた!・・・て沖田隊長っ!いつから・・・!」
「ついさっき。誰宛てでさァ、それ」

 ちょん、と指の先で画面を指し示しながら言う総悟はしかし、曲がりなりにもの上司だ。会議前にこんなところで携帯電話をいじっているのを目撃された後ろめたさに、「え、えと、」と言葉を濁しつつ返した。

「・・・栗子ちゃん、です」
「栗・・・ああ、松平のとっつぁんの。仲良かったんですかィ」
「はい。せっかく歳が近いんだからって、紹介していただきました」
「ふうん。で、そのお友達とこんな朝っぱらからメールか」
「やっ、あの、それは、・・・すみません。・・・昨夜からずっとなんです。わたし、途中で寝ちゃって。それでごめんねって返事したら、栗子ちゃんすぐ返してくれて、なかなか終われなくなって・・・」

 言いつつ、指摘された副長の名前を訂正した。土、方、さん。傍らで同じくしゃがみこみながら、総悟がまた「ふうん」とつぶやく。

「またあとで、って打ちゃいいのに」
「うーん・・・そう・・・なんですけど・・・相談事だから、ちゃんと聞いてあげたいし・・・」
「相談?」

 ぱちりと瞬きをしながら繰り返した総悟は、さらにメールの画面を覗き込んできた。「に?」と心底意外そうに言うので、「いいじゃないですか。あとあんまり見ないでください」と睨みつけてやったが効果はないようだ。上司はさらに身を乗り出し、やわらかな髪の毛がの頬をくすぐった。

「土方さんの話?」
「え!あ・・・ああ、はい、ええっと・・・まあ、そうかなあといえばそうだし、違うかなあといえば違う、し・・・」
「俺ァあからさまな嘘を見逃してやるほど大人じゃねえけどなァ」
「うっ・・・!・・・だってあんまり、ぺらぺら喋りたくないもん」

 ぼそぼそと言いながらも視線が画面に釘付けのをつまらなそうに横目で見ると、総悟は一度ふんと鼻を鳴らしてゆっくりと立ち上がった。その流れの中でもがこちらを見ないので、わざとらしく声を張り上げる。

「じゃー俺はが土方さんを肘に肩でメールに夢中だから会議に出ねェって言いにいかなきゃだなァ、あー忙し忙しー」
「ちょっ、ま、やだっ!やだやだ隊長ごめんなさい、言うから告げ口しないでください!」

 がばと振り返り立ち上がった総悟の裾をつかむの手を満足気に見つめると、またその場にしゃがみこんだ。「で?」とさっそく食いついてくる上司に、は心の中で栗子に謝る。さすがのも、会議をさぼるだなどと告げ口されれば烈火のごとくに怒るであろう鬼の副長の恐怖の前では、友情をとるわけにもいかないのだった。

「・・・前に隊長たち、栗子ちゃんのデートについてったじゃないですか?」
「あーあったなァ、そんなん。ついてったっつーかぶち壊しに行ったっつーか」
「理由はともかく・・・それから栗子ちゃん、土方さんのことが気になるらしいんです。で、わたし一応部下だから、分かることいろいろ教えてほしいって」

 言いながらもなんとかメールを完成させたは、送信、とつぶやきボタンを押した。画面に「送信完了しました」の文字が表示されるのを確認してから今度は総悟が口を開く。

「聞いてどうすんでィ」
「どう、って・・・参考に」
「なんの」
「ええ?なんの、って・・・・・・好きな人のこと知りたいって思うのは、普通じゃないですか」

 隊長には乙女心がわからないんですね。手の中の携帯電話をいじりながらぼそぼそと言うに、「乙女心ねえ」と総悟が投げ気味に返す。座って頬杖をついたまま、視線だけに向けた。

「お前は?」
「え?」
には詳しく知りたいヤツがいねーのかって聞いてんでさァ」
「え!」

 話の矛先が自分へと向き、が明らかに動揺する。総悟はそれにわずかに笑むと、また身を乗り出し、の耳に直に届けるように口を近づけ、ささやいた。びくり、小さな肩が揺れる。

「どうなんでィ、」
「ちょっ!い・・・ない!いません!いませんいません!」
「俺ァあからさまな嘘を見逃してやるほど大人じゃねえけどなァ」
「うっ・・・」

 顔を近づけたの耳が、みるみるうちに赤くなっていく。それが総悟にはおかしくて仕方なかった。こんなに自分が余裕でいられるのは彼女の答えに確信があるからで、けれどどうしてそんな確信を得ているのかと聞かれれば、うまく答えられない。

 なんだろう、の言葉に、声に、態度に、瞳に。潜んでいるものはたぶん、自分のうぬぼれなんかではなく。

 うなだれるの頬に垂れ下がった髪を耳にかけてやると、身をすくませるその瞳に涙が浮かんでいるのが見えた。突然の展開に緊張し、ついていけていないに違いない。今までに見たことのないような動揺っぷりを披露している彼女がとにかくおかしくて、調子に乗る総悟の口が耳に触れてしまいそうなくらいに近くなる。


「ぎゃっ!ちょ・・・っ」

 あまりの接近にとうとうが身を引くと同時に、きつく握り締めていた手の中の携帯電話がぴりりり、と音を立てた。「メールだ!」天からの助けだとばかりに声を弾ませ、折りたたまれた電話を開くからすこし身体を離し、今日はここまでか、と総悟は思う。さすがにもう会議が始まる時間だろう。そうに声をかけようとしたところで、相手がばたん、とかなりのいきおいで電話を閉じた。

?」
「へ!?や、はいっ、別になんでもないですよ!?」
「・・・・・」

 コイツ、嘘が下手すぎやしないか。総悟から遠ざけるように持っている電話に狙いを定めて、それをぱっと取り上げた。

「あああああ!」

 悲痛な叫び声をあげ、「だめです」とか「返してください」だとか言って腕をのばしてくるを押しやり、電話を開く。受信したばかりのメールのままになっていた画面を見れば、差出人栗子の名前の下に

『ありがとうございまする(^0^)/私ものために、沖田さんのこと父に色々聞いてみるでございまする☆』

「・・・・・」
「・・・み・・・」
「見た」
「!!!!!」

 好きな人のこと知りたいって思うのは、普通じゃないですか。ほんの数分前に言ったのはだ。硬直する部下に「でも」といいながら電話を返す。おそるおそる受け取るが総悟を見上げてくるのに、目を合わせた。

「はっきり言われねえと分かんねェ」
「な、」
「分かんねェ」

 じ、と見つめれば、総悟のそれを真面目なものと受け取ったのだろう、がきゅっと唇を引き結んだ。
 分からないわけがない。確かに自分はこの手のことに対する関心は薄いが、疎いわけではなく、おまけに相手がなのだ。これまでの自分の理由のない確信を、彼女の口からはっきり聞きたい。99%で間違いないけど、残りの1%で大逆転なんてごめんだ。

 うつむくの口が、ゆっくり開いた。それにあわせて柄にもなく総悟にも緊張が走る。

「わ、たし・・・隊長、が、」
「おっ、なんだお前らこんなとこで!もう会議始まるぞ!」
「!!!!!」

 突如廊下から顔を覗かせた近藤の声に、うつむかせていたの顔ががばりと上がった。すぐにこれ以上ないくらいに真っ赤になって、「すみませんすぐ行きます!」と言うが早いか立ち上がり、部屋を飛び出して行く。呆気にとられる近藤に、総悟のそれは深く長いため息が届いた。

「えっ、何!?俺何かしたの!?」
「あまりのタイミングの悪さに何も言えねェですぜ」
「嘘!すまん総悟!え、どうしたらいい!?」
「別にどうも」

 立ち上がり近藤を振り向いた総悟の顔は、言葉のわりに落胆した様子もない。おろおろする局長に向けて、むしろ笑んで見せた。

「あとは俺が言えばいいだけなんで、ま、どうにでもなりまさァ」

 言いながら部屋を出て行く総悟の機嫌は意外と良いようで、近藤は「あ・・・そう」とだけつぶやいた。












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(2009.3.28)