銀時がたまに足を運ぶ団子屋の店先に据えられた席に、今日はよく知った顔を見つけた。黒の上下に、金の縁取りがされた袖の先からのぞく手はその職務のわりに白い。指先が傍らに置かれた皿の上に盛られた団子の串を一本持ち上げ、そのまま口まで運ぶかと思われたが、直前でぴたりと止めると目線を近づいてくる銀時へと向けた。団子を食べるために開かれた口が、かわりに声を発する。

「旦那じゃねーですか。奇遇ですねィ」
「だなー。そっちは見たところ仕事中っぽいけど、沖田君はこんなとこで堂々とサボりなの?」

 のろのろと側まで近寄る銀時に、総悟は「まさか」と肩をすくめた。手にした団子を軽く振ってみせる。

「休憩でさァ、休憩。今日は朝っぱらから神経使いっぱなしなんで。充電中ですぜ」
「ふーん。まいーけど、俺別に上司じゃねェし。ソレもらってもいい?」
「どーぞ」

 許可を得て、皿を挟んだ隣に腰掛けるついでに奥の店員へお茶を頼むと、銀時はさっそく団子に手をのばした。すぐに一本たいらげてから、同じように口を動かしている総悟に問いかける。

「今日は一人なわけね」

 すぐに運ばれてきた湯のみを受け取りながら言えば、総悟はわずかに笑みを浮かべた。

ならまいて来やした。困らせようと思って」
「朝から神経使ってるって、それ?かわいそーに、今ごろ泣いてんじゃね?」
「そんなん、俺がちょっと慰めりゃァすぐに泣き止むんで。団子の一本でもくれてやれば一発ですぜ」

 なんの悪びれもなく言う総悟はいつものことだが、それでもあの子、に対して同情せざるを得ない。銀時が呆れたように「意地悪ィなァ」とつぶやくと、「仕方ねェじゃねーですか、」と団子に食いつきながら答える。

「俺を探し回るアイツが見たいんでさァ。その間、アイツの頭ん中が俺でいっぱいなのかと思うと楽しくって」
「仕方ないの意味わかんないけど、アレだよね。先生とか母ちゃんとかに構ってほしくてわざと悪さする小学生の心理だよね」
「やめて下せェ、気持ち悪ィ。どっちかっつーとペットですぜ」
「またまたァ。そんなこと言って、かわいくってしょーがないくせに」

 湯飲みを口元へ運ぶついでにからかい混じりで言ってやると、総悟はさらに笑みを深くした。それはこれ以上ないくらいに分かりやすい肯定のしるしで、全くもってからかい甲斐がない。自分で話題を振っておきながら「ったくやってらんねーな」とグチり、銀時は新しい団子にかぶりついた。

「毎度毎度聞かされるこっちの身にもなってみろっつーの。ちっちぇーチョコ買ってやったくらいですげえ喜んだとか会議のときに自分ばっか見てるとかっ、知らねーから!正直そんなん言われても困るから!俺にどうしろっての!」
「あとこの前、干してた俺の服いつの間にか取り込んでて、しかもそれ握り締めたまま昼寝してるの見たんですけどすげーかわいくねェですか?」
「俺の話聞いてた?・・・つーか、だからそういうの本人に言ってやれよ。いつまで焦らしてんの?」
「そりゃあ、アイツ次第でさァ」

 皿に残された団子が残り少ないのを見て、店員にさらに数本注文すると、総悟は自身の湯飲みを手にした。銀時のそれよりもだいぶ前に淹れられたので、ぬるくなってしまっている中身を一気に飲みほし、そのおかわりも追加する。隣からは呆れたようなため息が聞こえた。

「次第、って?あの子、充分すぎるくらいに懐いてるでしょ。最近じゃ俺にもあの子が沖田君の前で尻尾振ってんの見える気がするわ」
「まァそりゃそーなんですけど、ああやってこそこそするので満足しちまってますからね、向こうが」

 新しい団子とお茶を受け取るのに一度口を閉じる総悟に、銀時は腑に落ちない顔をしながらも団子を食べる手を止めない。そんな相手を一瞥し、総悟が肩をすくめた。

「見たり話したりするだけで充分、てんですかィ?それだとつまんねェんで、もっとこう、夢中にさせようかなと思って。今、あえて突き放し期間なんでさァ」
「押して駄目なら引いてみろってやつ?でもさっき慰めるとか言ってたじゃん」
「泣いてれば、の話ですぜ。でなきゃ優しくしやせん。別に泣かせたいわけじゃねェんで」
「それで嫌われちゃー意味ないもんな。で、それは実際効果出てんの?」
「・・・あー・・・」

 そこで総悟は言葉を濁し、自分の頬に軽く触れた。昼寝中に部屋を訪れたが、寝ている総悟の髪に触れ、手に触れ、頬にそっと口付けていったのはほんの数日前のことだ。総悟の作戦が功を奏したのかをはっきりと知る術はないが、とにかくそれは今までの彼女ならば考えられなかったことで、確実にの中でただ総悟を見ているだけでは足りないのだと、そう変化してきていることは明らかだった。はっきりいって柄にもなく、動揺してしまった。

「・・・まあ、それなりに」

 口元を手で覆いながらとりあえずそれだけ答える総悟の声のトーンがわずかに下がって、その耳もうっすらと赤くなったのを銀時が見逃すはずもなかったが、そこは「あ、そう」と返すにとどめておいた。よほど良いことがあったに違いない、隠された口元がにやけてしまっているのがわずかに伺える。

(相当だな、こりゃ)

 思わずもれてしまった笑いは団子と一緒に無理やり飲み込んで、そ知らぬ顔を保った。総悟はすぐに表情をいつものとおりに戻したが、銀時に気づかれたことをなんとなしに理解しているのか、いささかばつが悪そうにはしている。団子を食べる銀時がそれきり無言のせいか、急に居心地が悪くなった総悟はくるりと辺りを見回し始め、「あ、」と声を上げた。

「ん?」

 その声に銀時も、総悟が見つめる先に視線を向ける。それなりに人手のある通りに目を凝らすと、やがてぴょこりと、話題の中心人物の姿が現れた。「」とぼそりとつぶやく総悟の声は、どことなく先ほどよりも弾んでいるように思える。ていうか気づくの早すぎだろ、内心で銀時は苦笑した。
 当のは何度か左右に首を振りきょろきょろとしていたが、ようやく店先にいる総悟を捉えたのか、途端に駆け出してきた。

「沖田隊長・・・!あ、あ、朝からどちらに行ってたんですか・・・っ」
「おー悪ィ、色々野暮用があったもんで。探しやした?」
「探しやしたっ!」

 怒りたいんだか泣き出したいんだか、どちらともとれる表情を浮かべるの息は上がっていて、あちこちに上司の姿を探し回っていたのだろうことが瞬時に理解できた。「そりゃァすまねえ」と言いながら団子に手をのばす総悟は、その自然な流れでから顔を背けたが、銀時からはその口元にまた笑みが浮かんでいるのがばっちりと見えた。それはそうだ、希望通りに自分を探し回るの姿が見られたのだから。
 団子を一本つまむと、総悟はすぐ近くまで来たを見上げた。物言いたげに見返す部下に、わざとらしく訊ねてみる。

「で?朝から俺を探し回ってた理由はなんですかィ」
「・・・だって今日はわたし、隊長と市中見回りの予定でした」
「あー、そうだったっけなァ。うっかりしてた、すいやせんね」
「・・・・・・」

 当然ながら、総悟のその言葉にはしゅんとうなだれた。銀時の目には彼女のしっぽが情けなく垂れる様子が映っている。

(さーて、どうする?)

 団子とお茶を適度に交互に食しながら事の成り行きを見守り続ける。総悟いわく、今はあえて突き放し期間。この展開は彼の予想通りのはずだ。ここはやはりこのクールな対応を貫くのだろうか、銀時がさまざまに思い巡らせているその隣で総悟はすこし頬をかくと、団子を手にしたままちいさく息をつき立ち上がった。

「・・・泣くんじゃねェや、これやるから」

(・・・やっちゃうのかよ・・・)
 ほんの数分前に、優しくはしないと言っていたのはどの口だ。そして見たところはまだ泣いていない。
 黙ったままではいるが二人をずっと眺めているのだが、彼らの眼中に今完全に銀時は入っていなかった。はうつむかせていた顔をわずかにあげ、総悟と、そしてその手の団子を見た。

「・・・それ、おいしいですか?」
「うめェうめェ。・・・んな物欲しそうな顔すんじゃねェっての、いれてやるから口開けなせェ」

 言い方が別の何かを想像させるのは自分が汚れているからなのだろうか。そんなことを思う間には素直に口を開け、総悟から団子をもらい、ゆっくりと味わう。飲み込むと同時に、しっぽがぱたぱたと揺れ始めるのが見えた。

「おいしい」
「だろィ?」
「はい」

 にこりと微笑むは、本当に団子一本で機嫌が直ってしまったようだ。そんな彼女は、いささか呆れ気味に見つめてくる銀時にようやく気が付き、「こ、こんにちは」と気まずそうに頭を下げる。笑い出しそうなのを必死にこらえて「はい、どーも」となんとか返事をした。

「隊長、万事屋さんとお話中だったんですか?」
「や、別に。たまたま会っただけ」
「・・・じゃあ、もう戻れますか?」
「見回りに?」
「それもあるんですけど・・・」

 が言葉を濁す。またわずかにうつむいて、ぽつりと言った。

「・・・携帯につけてた根付、なくしました」
「ああ?」
「前に隊長がおみやげにくれたのです。多分どこかで落として・・・でも一人で探すの、効率悪いから・・・」
「・・・・・・ったく、仕方ねェなァ」

 頭をぼりぼりとかきながら総悟がため息をついた。こちらを振り返る彼にあわせ、銀時も団子を食べながらではあるが視線を向ける。

「旦那、つーワケでこのへんで失礼しまさァ。代金、ツケといてくれてかまわねェんで。払ってくれてもいいですけど」
「ホント〜?いやあ悪いね沖田君、ごちそうになるよ」
「さっすが旦那ァ、年下に奢られることをなんとも思ってねーや。じゃ、また。、行くぜィ」
「あ、はい。あの、失礼します」

 つーか全然突き放してなくね?なんて思うがそんなことはおくびにも出さず、「はいはいじゃあね〜」と手を振り見送ってやった。ようやく上司の隣に辿りついたのしっぽはちぎれんばかりに振られているが、その上司の後姿にも嬉しげに振れるしっぽが見えるような気がする。互いに翻弄しているようで、翻弄されている。口ではなんのかんのと言うが、面と向かってにかわいいと言ってやる日もそう遠くはなさそうだ。
 気づけば最後の一本になっていた団子を取り上げて、ようやく銀時は隠すことなく苦笑した。









――――――――――
(2009.1.14)