※がっつりトシミツ要素ありなので、苦手な方はご注意ください。
沖田が泊まりに来ることは初めてではないので、それに関してに言いたいことは何もない。ただ今日という日に彼がここにいて良いのかと疑問に思うといえばそのとおりだし、先ほどから(おそらくは)興味のないテレビ番組を眺めながらぼうっとしている彼に、祝い事のあとの晴れやかなオーラは微塵も感じられなかった。今日の話をたくさんしたいのに、晴れやかとは反対のオーラをかもしだす沖田に対して声をかけることも出来ず、しかしそんなのもの言いたげな視線に気が付いたのか、沖田はゆっくりと振り返った。
「・・・。そういやァ、おじさんたち遅くねェ?」
「え?ああ・・・二人ともまだ飲んでくるって。もう三次会くらいになってるみたい。今日は久しぶりに会うひとばっかりだったから」
言いながら、カーペットに直接座っている沖田の隣に腰掛ける。ふうん、とだけ答えて彼はまたテレビに目を向けた。ただ話をしやすい雰囲気にはなったので、様子を伺いながらも気になっていたことを問いかけた。
「良かったの?さっさと出てきちゃって。二人ともまだみんなと一緒にいるっていってたけど」
「いいんじゃねェ?主役は姉上だし。だいたい、俺がいないほうが都合良いだろィ、いろいろと」
「どうしてよ。新婦の弟なのに。ミツバさんだって総悟が帰るって言ったとき、寂しそうだったよ?」
「あんなァ、」
アホかこいつ、との表情丸出しで沖田が再びを見、それに、ああやっぱり、と冷や汗をかいた。機嫌はすこぶる悪い。
「初夜だぜィ、初夜。今晩。ガキじゃねェんだからそれくらい分かんだろ」
「しょ、・・・」
「ンなときに他人が同じ家にいないほうが良いだろって言ってんでさァ。姉上にはんとこに泊まるって言ってあるし」
「たにん、て」
おもむろに沖田は立ち上がって、リビングに隣接されているキッチンへと入っていく。勝手知ったる幼馴染の家だ。グラスを手にして冷蔵庫から飲み物を取り出す動作には一切無駄がない。反対にはわずかに頬を染めて狼狽していた。
「なーに動揺してんでィ」
ふんと鼻を鳴らしつつ、沖田はの目の前の低いテーブルの上にもグラスをひとつ置いた。ありがとうと言うことも忘れてすぐにそれに手をのばす。
「だ、って、・・・その・・・。ミツバさんも土方さんもよく知ってるから・・・なんかあんまりそういうの、想像できないっていうか」
「想像しなきゃいいだろィ。つーかすんな。気分悪ィ」
「ご、ごめん」
素直に謝った。ちょうどつけっぱなしのテレビからもタレントが大げさに謝っている声が聞こえてきて、なんだか居心地が悪くなったはしばし黙りこくる。けれどそのあいだに沖田が口を開く気配はなく、数分の後、テレビの音声にまたの声がまぎれた。
「でも・・・明日からは三人の家になるわけでしょ。今日はそれでいいとして、その・・・総悟、ちゃんと、やっていける?」
「・・・・・」
無言のままで沖田はグラスに口をつけた。すこしばかり訊いたことを後悔したが、しかしこれはずっと気にかかっていたことだ。
幼いころに両親を亡くした沖田は、姉であるミツバと二人でずっと暮らしている。親代わりでもあるミツバに対する沖田の愛情は深く、それはミツバとて同じこと。そんな彼女が結婚を機に弟と離れて暮らすことを選択するわけがなく、その気持ちは土方も充分に理解していた。だからとりあえずの処置として、二人の家に彼が移り住むことで落ち着いたのだと、はミツバから聞かされていた。その表情は安堵に満ちていて、心から弟を想っていることが伝わってきたが、当の沖田の気持ちはどうなのだろうと考えていたのだ。果たして彼がそれを、受け入れているのかと。
「出てくぜィ」
ようやく開けた彼の気持ちは、こうだった。
「えっ!?」
「すぐにってワケにはいかねェけど、親が残してくれた貯金もあるし。バイト増やせば一人暮らし出来ないこともない」
「ひ、え、学校は?」
「高校はちゃんと卒業しろって姉上に言われてるから行くけど、そっから先はわかんねェなァ」
あまりに淡々と話すのでああそうなんだ、などと納得してしまいそうになるが、そこで慌てていやいやと首を振る。身を乗り出すようにして沖田を覗き込むと、またアホを見る目を向けられた。ひるむな。ひるむな。
「ちょっと待って、それミツバさんは知ってるの?」
「いや?姉上は俺のこと追い出したりなんかしねェから。反対されるに決まってるし、直前に言う」
「だけど、ええと・・・、総悟が気を遣うのも分かるよ、でもミツバさんだって土方さんだって、総悟が一人暮らしするのなんか望んでないと思う。そんな大事なことひとりで決めるのは、」
「・・・」
沖田が今度は呆れたように息をついた。突然のその大人びた表情と声音に気後れしてしまって、は口をつぐんで相手を見た。
「姉上たちが望んでなくたって、俺が嫌なんでィ。・・・俺の前では隠そうとしてるけど、すっげぇ幸せそうなんだぜィ、あの二人」
ぼそりと付け加えるようにした後半のそれだけで、ひどく伝わってきた。いつでも強気で、横柄で、弱みなんてほとんど見せたことのない彼の、これ以上ないくらいの寂しさが。そんなの当然だ、沖田がなによりも大切に想ってきたお姉さんが、自分以外のひとの手で幸せになっていくのをすぐ近くで見ていなければならないなんて。もちろん彼女の幸せを喜ぶ気持ちもあるだろうけれど、寂しくて仕方ないに決まっている。から外した視線を忘れかけていたテレビに向ける沖田を見つめながら、きゅっと口元を引き締めた。
「総悟」
持っていたままのグラスをテーブルに置いた。沖田はちらりとそこに視線を向けただけで、と目をあわそうとはしない。けれどは彼をまっすぐに見て、言った。
「総悟に一人暮らしなんか無理だよ。だってずっとミツバさんと二人で過ごしてきたのに、今さら一人きりなんて、総悟絶対さびしくって眠れないでしょ?というかそうに決まってる」
「・・・はァ?」
の言葉に、沖田がわずかに怒りをにじませた表情を向けてきたが、それにひるむことはしなかった。あんなふうに寂しげな顔を見せられて、誰がひるんでなんかやるものか。
「お前なァ、」
「さびしくってどうしても嫌になったら、うちに来たらいいよ。お父さんにお母さんもいるからにぎやかだし、総悟が泊まりに来たって全然平気だよ。いきなり来たって平気。何日でも平気。だから、」
「・・・?」
だんだんと熱のこもってくるを不思議に思ったのか、今度は沖田が伺うように覗いてくる。その表情に一瞬言葉を切って、ためこんだ息を大きく吐き出した。
「・・・だから、ひとりになんか、ならなくていいよ。なってほしくない。・・・わたしでいいなら、いつだって一緒にいてあげるから。・・・ね?」
沖田が目を丸くした。驚いたようなその表情に、自分の言ったことがなんだか恥ずかしくなりわずかに顔を俯かせるをまばたきしながら見つめると、やがて小さくふきだした。反射的にまた顔を上げたの目に、くつくつ笑う沖田の姿が映る。
「・・・な・・・、なにがおかしいの!まじめに言ってるのに!」
「さん、今日は結婚式だったんですぜィ」
笑いながら突然そんなことを言うので首をかしげた。今日が結婚式だったなんて百も承知だ。数時間前まで、小さな教会で、親しい人たちだけを集めて行われた、ささやかな、それでもめいっぱいの幸せがあふれた式に一緒に参加していたではないか。そもそもその流れで今この話をしているというのに。
けれど目が合った沖田の表情がやけに晴れやかで、おまけに顔を近づけてきて耳元で囁くように口を開くのに、今度はが目を丸くしてしまって。
「そんな日にそんなこと言うと、ヘンに期待する」
おまけに飛び出したのがそんな言葉だったから、完全に顔が真っ赤になった。ごまかすように沖田を睨みつけると、近づけていた顔をあっさりと離し、いつもと変わらない表情でを見下ろしてくる。
「あ・・・あのね!こっちはまじめなんだってさっきからっ」
「わかってるっつーの。けどもう一度それ言ったら、なにされたって文句言えないぜィ」
「な・・・っ」
こっちが励ましていたはずなのに、どうしていつの間にかこいつが上から目線で物を言うのだ。「なにそれせっかくわたしが!」と噛み付くように言えば、はいはいと適当な返事で遮りながら立ち上がった。
「なんかちょうどいいから先に風呂借りまさァ。言っとくけど覗いたら罰金だから」
「ちょうどよくない!しかもそれ絶対こっちのせりふなんですけど!」
さっさとリビングを出て行こうとする沖田にせめてもの言葉をぶつけてみるが、どこ吹く風で聞いているのかも怪しい。不機嫌に顔をゆがませながらテレビへと体を向けなおしたところで、後ろのほうからドアを開ける音と、「」と名前を呼ぶ彼の声がした。
「感謝してやらないこともないですぜ」
すぐにぱたんとドアが閉まる。素直じゃないんだからな、とつぶやいた。
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(2008.11.25)