※沖田総悟とその双子の妹沖田総子(初期設定/98%捏造)と幼なじみヒロインのお話です。
総子の機嫌が悪くなる理由は多々あれど、機嫌の悪くなった彼女の恐ろしさといったら隊内で知らぬものはない。一番隊隊長沖田総悟と瓜二つの顔でにこりと微笑みながら、そのかわいらしい顔のどこにそんなものが詰まっているんだと不思議に思ってしまうほどのきつい言葉を浴びせかけてきて、再起不能に陥る輩も少なくないのだ。だから出来るかぎり総子の気に障ることをしないようにしようとの暗黙の了解があるのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。苛立ちを隠さない足音が近づいてきて、ばしり、と部屋のふすまが鋭く開け放たれる。一人そこにいた土方が呆れたように仁王立ちの彼女を見た。
「総子お前、その顔やめろ。皺になるぞ」
「近藤さんは?近藤さんいないの?」
「出かけたよ」
正確にいえば、逃げた。俺絶対総子に怒られるよ分かりきってんだもんだからトシちょっとあとのこと頼むわ!と言い残してそそくさと局長が屯所を後にしたのがわずかに10分前。この場合は近藤の勘の良さを褒めるべきなのか、それとも総子の情報の速さに感心するべきなのか。
総悟を見ていても分かるとおりに普段はポーカーフェイスでいることの多い総子がここまで感情をあらわにすることも珍しく、その理由をよく知る土方はまあ座れ、と声をかけた。ぶすりとしたままで、彼の向かいに腰を落ち着ける。
「・・・土方さんもコレ、決めたんだよね?」
「どれだよ」
「配属換えだよ!わかってんでしょ!」
ばし、と机の上に突き出されたのは今回の隊内異動について記されたものだった。本来ならば明日の会議で伝達しようとしているものをなぜか彼女が持っている。総子はその紙をばんばんと何度も叩きながら土方を睨みつけた。
「ここに!なんで!載ってないの!」
「なにが」
「だからわかってんでしょ!の名前だよ!」
「お前こそワケわかんねェこと言うんじゃねえ。あいつは今回異動無しだ。だから名前も載ってない、それだけのこった」
「だから、なんで!?」
興奮のあまり机から身を乗り出す総子に、土方はまさかここまでとはと内心では驚いていた。普段はもっとクールにこちらの神経を逆撫でするような言葉をぽんぽんと投げつけてくる総子がこんなに激しく噛み付いてくる姿は、このまま興奮しすぎるとなにをしでかすか分からないという意味で、なんだか恐ろしい。
けれどその瞳にぎらぎらとどれほどの激情がちらついていようが、土方が冷静でいられるのには訳があった。
「次の配属換えではをあたしの隊に入れてってずっと前から言ってたじゃん!なのにまた一番隊なの?これじゃあまた総悟がのこと独り占めだよっ」
とうとうぐしゃりと紙を握りつぶすと、土方に向けて投げつけてきた。しょせんは紙なのでまったく痛みはないが、腹は立つ。青筋を浮かべた土方が総子を怒鳴りつけるのに、それからほとんど時間はかからなかった。
「いい加減にしろ!お前らの兄弟喧嘩に隊士の配属まで合わせられるわけねェだろうが!」
「だってほんとにムカつくくらい露骨に独り占めなんだよ!?つーかムカつく!見回りだっていってはのこと連れまわすし、あたしがせっかくといたって仕事だっつって連れてっちゃうし、こないだはオフがかぶったからって二人で出かけてたんだから!しかもなんかお揃いのものまで買ってたしバカ総悟バカあのアイマスクに目が超腫れる毒ぬってやりたい」
「だからそういうことは本人に言え。自分のとこによこせって言えばいいだろ」
「何度も言ってるに決まってんじゃん!けどアイツいっつも適当なこといってごまかすしそれにだって、」
いきおいよくしゃべっていた総子の言葉がそこで途切れた。目を伏せて唇をかむ仕草は心底悔しそうで、そのあいだに土方も自分を落ち着かせた。
「・・・、だって、なんか、・・・異動したくない、て感じで」
「あいつがそう言ったのか?」
「べつに、言ってないけど。でもわかるよ、ずっと一緒にいるんだもん」
うつむいたことで、頭の横でひとつにまとめた色素の薄い髪がさらりと揺れた。幼いころは服装や髪型が総悟とあまり変わらなかったために見分けもつきにくく、土方や近藤はよくそんな二人に騙されたりもしていたのだったが。そういえばは絶対に、どんなに遠目からでも、二人がどれほど互いに似せていても、確実に見分けていたっけか。
「・・・近藤さんや俺が私情を挟んで仕事してるとは思うなよ。にはあそこが適任だろうってだけだ。暴走した総悟を止められるやつなんかそうそういやしねェ、お前じゃ火に油だしな」
「でも、あたしだって、がいてくれたらもっとやる気出すよ。サボりの時間だって減らす」
「・・・総子、お前も分かってんだろ。さっき自分で言ってたじゃねェか」
机の上に無造作に置かれていた灰皿を手繰り寄せてから煙草に火をつけた。一度大きく吐き出された煙と、土方にいわれた言葉とに総子は顔をしかめる。
「が総悟の側にいたがってんだ。総悟もを必要としてる。能力的にも今の配属で問題なし、こう言っちゃ何だが、そこにお前が入るには狭すぎる隙間だと思うぞ」
「・・・・・・」
ある程度成長してきてから総子の涙を見ることはなくなったが、俯いたままでなにも言わない彼女はまるで泣いているかのようだった。気持ちは、分かる。総子にとって初めての、そして唯一と言ってもいい女友達であるを、彼女は心から想って、大切にしているのだ。できるだけ一緒にいたいと考えるのは当然のことだし、自分の片割れである総悟が代わりにの隣を独占しているのだから、不満をおぼえるのも仕方ない。
「・・・あたし、のこと大好きでさ、」
「・・・」
「ほんとに一番好きで、も昔はあたしのこと一番に思ってくれてる感じだったけど」
「・・・」
「でもやっぱり、違っちゃうんだね。あたしが男だったら良かったのかな」
土方を見るでもなく、淡々と独り言のようにこぼす。そんな総子がただの子どものように見えるので、煙をゆっくりと吐き出してから、答えてやった。
「お前が男だったら、の親友がいなくなっちまうだろ」
「・・・・・・・・・しんゆう」
「そうだよ。総悟には逆立ちしたって手に入れられねえポジションだぜ」
だからそれでいいんじゃねェの。言って横目で総子を見た。目が合うと相手はすぐに逸らして、けれどうっすらと、ちいさく笑う。それは久しぶりに歳相応の笑顔に思えた。
「総子っ!」
部屋をあとにした総子に真っ先に駆け寄ってきたのは、見回りを終えたばかりのだった。は総子がやってきた方向に局長室しかないことを不思議に思ったようだったが、「べつに怒られてたんじゃないよ」という総子の言葉にならいいけど、と笑顔を見せる。
「総子にお土産買ってきたんだよ。新しく出来た雑貨屋さんの前、通ってね、総子に似合いそうだなって」
言いながら手に持っていた小さな袋を差し出してきた。素直に受け取り、あけてもいいかと訊ねると、はもちろん!と大きく首を縦に振る。紙でできた袋の中身は、一本のかんざしだった。
「あ、カワイイ」
「でしょ!総子には絶対この色だと思ったの!で、わたしはこっちの色違い。おそろいだよ」
ほら!と同じデザインのかんざしを得意げに見せたに対してすこしだけ目を丸くすると、総子はそのかんざしも受け取ってプレゼントされたばかりの自分のそれと並べてみた。形も大きさも細工も、どれも同じで違うのは色だけ。黙り込んだ総子を覗き込んでが「どうしたの?」と声をかけると、つぶやくように口を開いた。
「あたしと、おそろい?」
「? うん。そうだよ」
「総悟じゃなくて?」
「え、だってかんざしだよ!総悟とおそろいにしたって気持ち悪いよ。総子とじゃなきゃあ」
今度コレつけて一緒にどこか行こうね。にこりと笑ったの言葉がこれ以上ないくらいに嬉しくて、「〜〜〜!」と負けないくらいの笑顔で総子ががばりと抱きつけば、その肩越しに自分と同じ顔が近づいてくるのが見える。ちっと舌打ちした。
「テメェ兄上様の顔見て舌打ちしやがったなコノヤロー、そんでさっさとから離れろガサツ女が」
「なんで離れなくっちゃいけないの。あたしたち親友なんですけどォ、ねー?」
すこしだけ身体を離しての顔を覗き込めば、にこりとして「うん」とうなずいてくれる。それに総悟の心底疎ましそうな表情がプラスされて、もやもやした気分がすっかり晴れた気がした。
――――――――――
おそまつさまでした!
(2008.7.18)