脇には草がのびのびと生え、地面を踏み固められただけの道を歩いていくと古びた家の前に出た。古くはあるが造りがしっかりして、手入れも行き届いている。前を行く総悟はさっさと中に入っていってしまったが、は「わあ」とつぶやいたっきり、しばらくそこに立ち止まっていた。ここかあ。ここが沖田隊長の実家。

「痛たっ!」
「ぼさっとしてんなどんくせェ。減給すんぞ」

 ごつんと額をどつかれたのはその直後。いつまでもあとを追ってこないに痺れを切らした総悟が戻ってきたのだった。遠慮のかけらもないそのどつき方に額はじんじんと悲鳴をあげ、それを撫でながらは口を尖らせた。

「すみません・・・。でもひどい、わたし隊長よりずっとお給料少ないんですよ?」
「お前ェは無駄に使いすぎなんでィ、先月だってまた開店日に並びやがって」
「あそこのフィナンシェはおいしいって前評判がすごかったんです!・・・隊長だってわたしが買ってきたの食べたじゃないですか、しかも半分以上」
「お前なぁ、あの箱に一体いくつ入ってたと思ってんでィ、一人で全部食おうと思ってたほうが異常なんでさァ。俺ァあれだ、優秀な部下が糖尿になるのを心配してだな」
「ウソくさい・・・」

 不意にクスクス、と小さな笑い声がした。自分のものでも、当然目の前の総悟のものでもないそれを不思議に思ったは、彼にむいていた視線をその背中の向こうに移す。見れば玄関先できれいに微笑んでいる女性がいた。

「え、と・・・」
「あら、ごめんなさい。なんだかおもしろかったから、つい」

 小首をかしげながら笑うその女性をは知っていた。もちろん会うのは初めてだけれど、総悟や近藤たちから話を聞くたびにずっとずっと会ってみたかった人。性別や物腰に差はあっても、顔立ちが隣にいる彼にどこか似ている。

「・・・あの、」
「はじめまして、ちゃん・・・よね?総悟の姉のミツバです」
「! は、はじめましてです!沖田隊長にはい、いつもお世話に・・・!」
「ほんとでさァ」

 隣でそうつぶやいた総悟にすこしばかり責める視線を送ったが、すぐにそれはまた彼女に注がれた。沖田ミツバさん。隊長の自慢のお姉さん。血が繋がってるなんて思えないなあ、なんて内心でつぶやいていると、再び総悟にどつかれた。

「なに考えてるか大体わかりやすぜ」







 総悟が今日の予定を告げたのは前日の夜という、非常に強硬なスケジュールだった。見回りの予定も組んでいたのに突然オフにされ、彼に付き添って武州まで足を運んだ。松平をはじめとする幕府の面々との会合を控えていたはずの総悟であったが、それが急遽なくなったために、前々からミツバに会ってみたいと話していたを連れることにしたのだという。

「あの、これ、つまらないものですが・・・」

 そう言ってここまで大事に運んできた手土産を差し出した。武州では目にしたことのない店の名前に、ミツバが首をかしげる。

「あら、なにかしら?」
「クッキーです。その、本当はもっと食べていただきたいものがたくさんあったんですけど、なにせ急だったので・・・」
「そうだったの?ごめんなさいね、お忙しいのに無理をさせちゃったのかしら。この子からの手紙であなたのことを読んで、ずっと会ってみたいってお願いしてたのよ」
「そ、そうなんですか」

 かしこまりながら隣の総悟を見たが、彼はまったく意に介さず。姉に出されたお茶をすすりながら鼻で笑った。

「言っとくが、良いことなんか書いてやせんぜ。今日もどうしようもないがどうしようもない失敗をやらかしたとかそういう話」
「たいちょう・・・っ!」
「ふふ」

 いつもならばこのまま文句のひとつやふたつ言ってやるところだが、ミツバの楽しそうな笑い声を聞くとそんな気持ちがしぼんでしまう。照れたようにうつむくを見やってから、ミツバは総悟に目を向けた。

「総ちゃんも、来てくれてありがとう。元気そうで安心したわ。手紙だけじゃやっぱりわからないものね?」
「姉上こそ、お元気そうで。身体のほうは、・・・なんだよ」

 姉に向けていた表情を一変させて総悟は隣の部下を見た。なぜだか興味深げに自分を見つめてくるに不機嫌そうに声をかけると、部下はすこしだけ口角をあげ、口を開く。

「・・・『総ちゃん』」
「・・・・・・・・来月減給決定」
「あっ!なんで!」

 ちょっと言ってみただけなのに!でもすみませんでした!慌てて平謝りすると、もう決めた帰ったらすぐ実行してやらァと取り付く島もない弟と。二人の様子を眺めながら、ミツバは静かに笑うのだった。








 いつも弟を気にかけていた。
 歳が離れていることと、自分が親代わりだという気負いが、自覚をもつほどに彼に対して過保護に接するように仕向けていた。近藤たちに出会ってからは多少和らいだものの総悟の自分に対する依存度も高く、そんな彼が自分なしで江戸できちんとやっていけるのだろうかと、心配で眠れなかった夜も一度や二度ではない。

「ねえ総ちゃん。江戸、楽しい?」

 がお手洗いに、と席をはずした隙に訊ねた。彼女がいなくなったふすまの先を見つめていた総悟はすぐにミツバを向いて、肩をすくめる。江戸に行く前は身につけていなかった仕草だ。

「楽しいかどうかはわかりやせんけど、まあ、それなりに気楽にやってます」
「そう。ちゃんともずいぶん仲が良いのね。・・・ねえ総ちゃん」

 うぬぼれでもなんでもなく、総悟の一番は自分なのだろうとずっと思っていた。彼には心から慕う近藤の存在だってあるけれど、自分たちは血の繋がった姉弟で、唯一の身内で、近藤にむけるそれとはまた違った絆があると。そしてそれがあるからこそ、弟は自分の世界をいつまでも広げられないのではないかと、ひどく不安に思うこともあって。

ちゃんのこと、大切?」

 問いかけに、総悟はしばし目を瞬かせた。覗き込んでくる姉の瞳は穏やかで、やわらかく微笑を浮かべている。総悟もそれにあわせてふ、と笑った。









「今日はありがとうございました」

 良ければ夕飯も一緒に、と勧めてくれたが、総悟もも明日はまたいつも通りに仕事がある。名残惜しいが、日が沈むのを待たずして帰ることにした。

「こちらこそ、来てくれてありがとう。本当に楽しかったわ。お土産のクッキーもおいしかった。お礼ってほどじゃないけれど、これ、持って帰って?」

 笑顔で応えるミツバが大きな紙袋をに手渡した。ちらりと覗くと、中には赤だの黄色だの、カラフルなパッケージに包まれた激辛せんべいがたくさん入っていた。ミツバの雰囲気とのギャップがおかしくては思わず笑ってしまった。

「総ちゃんも、いつでも帰ってきてね。必要なものがあったらちゃんと言うのよ」
「姉上こそ、なんかあったらなんでも言ってくだせェ。あー、こんなでよければいつでも貸し出しやすぜ」
「なんですか!」
「ふふ、そうね、じゃあちゃん、ちょっといい?」

 いたずらっぽく笑って思いがけずそう返してきたミツバに手招きされ、首をかしげながら近づいた。ミツバはその腕をとるとの耳に口を寄せ、総悟に聞こえないようにと声を潜める。

「勝手なお願いなんだけど、総悟のそばにいてあげてほしいの」

 が目を丸くした。意味を図りかねているように眉を下げる。にとっては突然のことで、戸惑うのも無理はないだろう。けれど姉にはすぐに分かった。

  姉上、あいつァ俺の部下ですぜ

 口ではそんなことを言いながら、その目が、声が、愛しさを抑えられてはいなかった。いつの間に、あんな表情ができるようになっていた。総悟は姉である自分よりも、他の誰よりもずっと大切に想える相手を手に入れようとしている。

「だってあの子、あなたのこととっても好きみたい」

 はさらに目を見開いて、無言のまま総悟を振り返った。ミツバもちらりと、怪訝な顔をしている弟を見てちいさく微笑む。これからはきっと彼の世界はもっともっと広がっていくのだろう。自分が心配しなくたって、さびしさだとか、心細さを感じることもないはずだ。そう、仮に自分が、いつかいなくなったとしても。









「・・・なに話してたんでィ、姉上と」
「えっ!」

 駅へと向かう道すがら、総悟が当然の疑問を口にした。しかし答えられるわけがない。はありとあらゆる方向に視線を躍らせながらただ「えー・・・とー・・・」とつぶやくだけだ。

「げ・ん・きゅ・う」
「ちょっ・・・!だからその、べつに、大した話じゃ・・・ないですよ・・・」

 尻すぼみになっていくの様子に、あからさまに大した話だろうと思う総悟はわざとらしくため息をついた。しかしミツバがそんなにおかしなことを言うとも思えない。黙って考え込む総悟のそれを無言の圧力ととったは当たり障りのない範囲で告げることにした。

「要するに、・・・これからもよろしくね、て、ことです」

 の答えにいまいち納得しかねている様子ではあったが、ふうんと言ったきりで総悟はそれ以上の追及をしなかった。それに安心してこそりと息をつく。思わずミツバにあんなことを言ってしまったが、あの弟思いの姉はそれを彼に伝えてしまったりはしないだろうか。そんなことをすこし不安に思いながら、そっと隣を盗み見た。

  わたしも沖田隊長のこと、とっても好きです!

















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というわけでお誕生日おめでとう\(^0^)/でした

(2008.7.8)