「あーぢい」
開け放った障子から入り込む風で、風鈴がちりんと音を立てた。とりあえず朝から着ていた上着とベスト、そして忌々しい白のスカーフは見廻りが終了した時点で部屋に脱ぎ捨て、シャツの袖とズボンの裾をまくった状態で寝転んでいる。す、と廊下に続くふすまの開く音がしたので寝転がったまま視線だけそちらに向けると、目を丸くしたがいた。
「よお」
「・・・なにしてるの、人の部屋で」
言いながらふすまを閉めて、部屋のまんなかにある机に向かって膝をつく。その机の上にどさりと置いたのはこれから作成する報告書だろう。ぐしゃっと脱ぎ散らかされている上着を見つけて顔をしかめると、は黙ってそれに手をのばした。
「ヒマだったもんで。けど来たらお前いねェし」
「わたしは総悟と違って忙しいんです。大体なあに、その格好。いくら暑いからってだらしなさすぎ」
「そっちこそこの暑いのにきっちり着込んで、マゾですかィ。なら俺ァ大歓迎だ」
「ばか」
スカーフがぺしっと沖田にむけて投げつけられた。さっき自分が放り投げたやつ。のかたわらにはきれいにたたまれた自分の上着とベストが重ねられていて、いつのまに、と思う。きっちりと隊服すべてのボタンをとめて書類に向かっているはその様子が表すように生真面目で、そんな彼女をみて沖田はわざとらしくため息をつくのだった。
「ももっと、なァ・・・」
「・・・することないなら出て行ってくれる。気が散ります」
「もーちょっと遊び心をもつとかさァ。どこぞの土方じゃねェんだから、んな固っ苦しい格好ばっかしなくたって」
「警察官だもん。総悟みたいに建物半壊させて新聞に載るような不真面目警官じゃないの」
「バッカだなァ、ありゃあ結局マスコミも期待してんですぜ。市民の期待に応えてやるのも警察官の務めでさァ」
「へりくつばっかり」
言いながらもの視線はずっと書類にそそがれている。それがつまらない沖田は寝そべっていた身体を起こし、机の上に頬杖をついた。がちらりとこちらを見たがなにも言わずに作業を続ける。
「もっと流行りの格好だとか、する気はないんですかィ。遊び歩いたりさァ。そんなんじゃそのうち過労でぶったおれるぜィ」
「ちゃんとオフのときは休んでるよ。ほしいものだって買ってるし。総悟がいうほど仕事ばっかりじゃないと思うけど」
「俺に比べりゃ働きすぎ」
「総悟と比べちゃあ・・・」
そこでやっとは顔に笑みを浮かべた。そうやっていつも笑ってればいいのに。がりがり仕事してるところも嫌いじゃないけれど、笑っているほうがらしい、とおもう。ただ遊んでいればよかった幼いころは笑顔も当たり前だったけれど、立場の変化した現在ではそうもいかなくて、だからこそこんな時間は貴重だ。そしてもっとそんな時間が増やせれば。
じいと相手を見ていると、続く視線にとまどったが困ったように「総悟」と呼んだ。それに適当に返事をしながらも、なお彼女の頭の先から、きちんと正座している足元までを目で追ってみる。「総悟、」すこしばかり苛立ったような声がした。
「なに、人のことじろじろ見て」
「・・・浴衣」
「は?」
突然とびだした単語にが首をかしげると、頬杖をついたままで沖田が言う。
「お前浴衣買え、浴衣」
「・・・え、なんで・・・?それにわたし持ってるよ、浴衣。去年着なかったっけ?」
「あーあれ似合ってなかったですぜ、もうなんつーかドン引き?なんでコイツこんな地味なの選んじゃったんだアホじゃねえのみたいな」
「なっ、そ、そんなにひどくないでしょ!?なんなの総悟さっきからわけわかんないことばっかり、」
「つーワケでセンスの悪いちゃんのために俺が一緒に選んでやらァ。とりあえずあさっての休みに店まわって」
「え、なに、ちょっとまって総」
「そんでたしか来週あたりに花火大会あるからそれ行こうぜィ。仕方ねえんでヨーヨーくらいおごってやりまさァ」
「ちょっと、まって、総悟!」
強めに名前を呼ばれると沖田は一瞬口をつぐんで、「なんだよ」と不満げに訊き返した。話をさえぎられたことにむすりとしたが、もで負けず劣らずな表情でこちらを見ている。勝手に話を進められては困るといわんばかりに、ずっと書類と向き合っていた身体をようやく沖田へとあわせてきた。ふう、と先ほど彼がしたのと同じようにわざとらしくため息をつく。「急にどうしたの」、目を見て訪ねてくる相手にすこしばかり言いよどんだ沖田は数秒黙ってから、
「・・・遊ぶ予定?」
「・・・なんで突然」
「・・・・・・夏、だから?」
たまにはお前ェも洒落た格好のひとつやふたつしてみなせェ。視線を障子の外に投げてぼそりと口を開くと、しばらくののち控えめに、うん、との返事が聞こえた。ちりちり、風鈴が嬉しそうに鳴く。
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(2008.7.2)