「あ、?」
「、おお、?」


 夕飯の買い物におとずれたスーパーを出たところで、は見知った顔に会った。正確にいえば、知っている、ような、顔。向こうもそれは同じようで、おお、と返事をしてくれたものの、明らかに「誰だったっけな」という表情で首をひねっている。はじめに声をかけたのは自分なので、は控えめに口を開いた。


「間違ってたらすみません。・・・万事屋、の?」
「ああーああ、ああ、ああ、うん、あれだ、あの野蛮警察で働いてるコだ。・・・あ」
「あ、いいですよ。はい、真選組の女中のです。こんにちは」


 が頭を下げると、その相手、坂田銀時もハイこんにちは、とダルそうに返してくる。会ったのは彼ら万事屋一行が妖怪退治?のために真選組にやってきたときくらいだから、たぶん一度きりだ。けれど真選組内ではなにかと話題にのぼる人物だし、局長の近藤や副長の土方も一目置いている存在のようなので、そのそばで働いているも自然と憶えてしまった。
 とはいえそれはにとってはの話で、銀時にしてみれば本当に一度きり、屯所内でもしかしたらすれ違っただけ、な程度の相手だろう。逆によく思い出してくれたものだとひそかに感心してしまった。


「えーと・・・なに?夕飯の買い物とか?」
「そうなんです、今日はわたしが食事当番で。・・・ええと、坂田さん?も、お買い物ですか?」
「や、俺はちょっとそこでパフェ食べてきた。あー、知ってる?あそこ餡蜜が有名なんだけど、パフェありえないぐらい美味いの」
「へえええ、知らなかったです、入ったことありますけど。・・・あれ?でも、メニューにパフェなんかあったかな・・・」
「んっふっふっふ、なんてーの?お得意様にだけ出す、なに?裏メニュー?みたいな?俺あそこの店長と長いからさ〜」
「う、裏メニュー!そんなものあったんですね!・・・沖田さんに教えてあげよう」


 多少ぎこちないながらも会話を交わしつつ、どちらからともなく歩き出した。いちおう屯所へ帰る道筋をたどっているのだが、万事屋はどこにあるのだろう。日頃屯所内にばかりいて、外に出るとしても屯所とスーパーの往復がほとんどなにとって、万事屋の存在は知っていてもその住所まではさすがにわからない。そしてが提供できる話題も、真選組の隊士たちのものくらいだった。自分からの話題は全部真選組関連だということにようやく気付いたときには、もうだいぶ歩いていて、けれどそんな話をめんどうがらずにすべて聞いてくれていた銀時が、不意にその手元のビニール袋を覗き込むようにして口を開いた。


「つーか重そうだな、その荷物。それ全部今晩の分か?」
「あ、はい、人数が多いので、これくらいないと足りないんですよ。だからできるだけ安い食材をとも思うんですけど、栄養面なんかを考えるとけっこう難しくって」
「ふーん・・・。連中も幸せモンだなァ、こんなかわいい女の子にそこまで面倒みてもらっちゃってんだから。銀サンうらやましいよ」
「そ、そんな。わたしなんかまだまだです。先輩の女中さんたちはもっとてきぱきしてて、局長たちも信頼してますし・・・。今日だってスーパーのなかを何周もしながら、メニューどうしようかなって1時間くらい悩んで」


 言いながらは袋の中を覗いて、銀時に話していることも忘れてひとり言のようにぶつぶつとつぶやいた。


「・・・やっぱり野菜炒めにすればよかったかなあ・・・。でもこの前も作ったし、レパートリーがないって思われたら・・・・・だけどおかわりしてくれたんだよね、いつもは野菜なんてそんなに食べてないのに・・・味付けの問題?・・・・・」


 栄養と予算の狭間で悩んでいるというより、特定の人物に気に入ってもらえるかどうかを心配しているような言葉に、銀時はこそりと微笑んだ。もちろん隊士全員のこともきちんと思っているのだろうけれど、が誰よりも気にして、一番に考えてしまうのは、おそらくは何分か前にも彼女の口から名前が出たばかりの。


「ふーんふんふん、なるほどね。青春だよなァ、若いってのはすばらしい。うん」
「え、あ、え、青春?・・・献立がですか?」
「んー、献立っつーかね。それアレでしょ?悩んでるのってアイツのためでしょ?」
「・・・あいつ」
「さっきちょろっと言ったやつ。なんだったっけ?沖田・・・総十郎君?」
「総悟でさァ、旦那」


 突如割り込んできた第三者の声を知りすぎるくらいに知っていたので、は銀時に向けていた顔をいきおいよく前に戻した。二人の数歩先に立った沖田の顔はいつも通りではあったけれど、銀時には彼がわずかにかもし出す不機嫌なオーラが伝わってしまっているようで、見透かしたように笑っている。それがなんだか気に入らない沖田は、間の数歩をすぐに埋めた。


「お、おお沖田さん、あれ、もう今日はお仕事終わったはずじゃ」
「お前の帰りが遅いから様子見て来いって近藤さんに言われたんでィ。旦那、困りまさァ、コイツを連れまわしちゃ。夕飯の時間が遅くなっちまう」
「えっ、違いますよ!わたしの買い物がホントに遅かったんです、坂田さんとはスーパーの前でたまたまお会いして、」
「あーいーよいーよ。悪かったな、その子においしー晩御飯でも作ってもらいたまえよ、総太郎君」


 ひらひらと手を振って銀時が来た方向を引き返していく。ああ、万事屋はあっちの方角だったのか。ぼんやりと考えていると、隣で沖田が「総悟だっつってんのに」と舌打ちするのが聞こえた。


「わざとだな、ありゃあ。・・・で?」
「え?」
「え、じゃねェ。アンタは油売って旦那となに楽しそうに話してたんだって聞いてんでィ」
「え、だ、で、ですから!わたし、スーパーに1時間もいちゃったんです、ホントです!そしたら帰りがけに坂田さんと偶然・・・」
「なんで坂田さんとか呼んじゃってんだよ」
「・・・だって、坂田さんですよね・・・」


 ひたすらに不機嫌な様子の沖田にとまどいながらも、すたすたと歩く相手のペースになんとか合わせる。沖田は自分よりもひと回り小さいの身体が小走りになっていることにようやく気付いて、ため息まじりに歩みをゆるめた。それにほっとしたようにがちいさく笑顔になるのがなんだかこそばゆい。


「それ」
「それ?」
「荷物。見せなせェ。なに入ってんでィ」
「あ・・・夕飯の材料ですけど・・・」
「だから。貸せって。見せろって言ってんでさァ」


 首をかしげながらも素直にスーパーの袋を手渡すと、相手はそれを覗き込み、視線をそのままでに問うた。


「メニューはなんです?」
「え、えっと、クリームシチューにします。・・・す、すみませんその、まだ大人数分を一気に作るのにあんまり慣れてなくて」
「いや、別にかまわねェけど。こないだの野菜炒めもうまかったし」
「! ああああありが、とう、ございます」


 憶えてくれているのだ。野菜炒めを作ったのが自分だったということも。それだけで嬉しくて、また荷物を持とうとすると、沖田がそれをがいるのとは反対側の手に持ってしまったので、なんだか返してもらうタイミングを失ってしまった。あろうことか自分はいま手ぶらで、隊長である沖田に荷物なんて持たせてしまっている。こんなところ、鬼の副長に見られでもしたら、一体なんと言われるか。やっぱり自分が持とう。そう思って沖田に向かって声をかける。


「あの、沖田さ」
「俺はァ」
「・・・あ、はい」
「飯はうまけりゃなんでも食うけど、だからってなんでもいいワケじゃなくて」
「えっと・・・はい」


 のばしかけた手が行き場をなくして宙を舞う。無意味に握ったり開いたりしてみて、そっと沖田の顔をうかがった。から見える彼の横顔には夕日がかかって、いまから夕飯を作って、はたして時間に間に合うだろうかとふと不安になってしまった。お、鬼の副長が。内心冷や汗をかくをちらりと見てから、沖田は続けた。


「でも、が作るんならなんでも食べる」
「・・・・・・・・・・・へ、」
「から、さっさと帰って来りゃいいんだよ。迷う必要なんかねーっつの。旦那もお見通しだなァ、ありゃ」
「えええ、え、おみとおしって、ええ」
「恥ずかしいなァ、は」


 肩をすくめる沖田と目が合って、頬が熱くなったのは言うまでもない。言われたとおりに恥ずかしいんだか、嬉しいんだか、自分でもワケが分からないなりに、黙ってたらだめだって、とにかくなにか話さなくてはと、ようやくの思いで口を開いた。


「あ、の、沖田さん」
「うん?」
「スーパーのっ、向かいの甘味処、う、裏メニューのパフェがおいしいらしいです!」
「あーそれ知ってらァ」
「あれ!?」


 予想外の返事に目をまるくしてぽかんとすると、沖田は我慢しきれないとばかりにぶっと吹きだした。けらけら笑い出す彼をすこしばかり不満に思いつつも、こうやって二人きりで街を歩くのはもしかして初めてなんじゃないかって、やっと気がついた。


「わ、笑いすぎですよ」
「悪りィ。お詫びに今度食わせてやらァ。俺が言やあ、出してくれやすぜ」
「ほんとですか!」


 言っとくけどデートだかんな。付け加えるような沖田の言葉がいつまでも耳にこびりついて離れない。
























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(2008.1.7)