沖田のくちびるは、あたたかいような冷たいような、不思議な温度をしている。
 はじめてキスをされたときも、まずそのひんやりとした体温にびっくりして、けれどキスのすきまにもれる吐息だとか、のくちびるを舐める舌の先だとか、そんなものはひどく熱くて、キスしたのだって初めてだったのに、おまけにその相手が沖田だから、なんだかもう全部が夢なんじゃないかともおもったけれど、でもやっぱり沖田はそこにいたのだった。






「・・・なァんか他のこと考えてるだろ」


 くちびるを離して、沖田は言った。は何度かまばたきをして焦点をやっとあわせる。


「わかる?」
「お前・・・返答によっては許してなんかやらねェですぜ」
「・・・総悟とはじめてキスしたときのことでも?」


 が言うと、沖田は一瞬目をまるくして、それから「ふうん」と楽しそうに笑った。骨ばった指でのくちびるをゆっくりなぞると、ちいさく音をたててまたひとつ吸う。


「なんだって、急に?」
「・・・うーん・・・、ちょっと思い出しただけ。そういえばいきなりだったなあ、って」


 本当に、突然だった。それまで普通にいつものとおり、の部屋でただ話をしていただけだったように思うのに。寝そべっていた沖田がふいに黙って、不思議に思ったがその顔を覗き込んで。雰囲気もなにもなく、沖田は急にのくちびるを奪いにきた。なんのきっかけもなく。
 ただそれは、あくまでもにいわせれば、で、沖田にしてみればもういい加減にお前は気付くべきだろうという話だったらしい。「のんびりいこうと思ってたけど、があんまりにぶいから実力行使に変更した」。キスのあと、どうして、としか訊けなかったに対して、沖田はそう言ってもういちど食むようなキスをしてきて。そこまで思い出すと、さすがに頬が熱くなってきた。


「初めてだったのに、なんていうのかな、手順を無視したというか・・・」
「仕方ねェだろィ、ああでもしないと、お前、一生気付かなかったですぜ。他の男に持ってかれやしないかって、俺ァいつもひやひやしてたんだ」
「・・・うそっぽい」
「言うようになったじゃねェか」


 あのとき二度目のキスを受けたあと、沖田は「殴らねェのかィ」とささやくように訊ねてきた。けれどそういわれて初めて、そういえばそんな選択肢もあったのだなあと、やっと気付いたくらいだったのだ。後頭部にまわされる大きな手だとか、あごに添えられる、よく爪の切りそろえられた指先だとか、閉じたまぶたにかかるまつげのくすぐったさだとか、すでに二度目のキスでそんなものへの愛しさを感じてしまった身としては、いまさら突っぱねる気には到底なれなかったし、そうする必要も感じられなかった。
 そうしたら沖田は、「じゃあも俺のことすきなんだ」と、安心したようにつぶやいたっけ。いま考えると、ちょっと気が早かったようにも思えるけど。


 でも結局、沖田のその言葉は、間違いじゃない。


「まァ、それはともかく」


 沖田はやっとから身体を離すと、はじめてキスしたときみたいに、畳の上にごろりと寝転がった。隊長である沖田の部屋と、単に女性だからと特別に与えられているの部屋とでは、当然広さが違う。だからそんなの部屋で沖田が横になると、なんだか急にせまく見えてしまうのだった。たまに沖田はその狭さをからかったりするけれど、そんなこと言われたってどうしようもない。


、うまくなったよなァ」
「なにが?」
「キスが」
「・・・・・・・」


 べしん、と沖田の頭をはたいてやると、「いってえ、骨折れた」とおかしそうにちいさく笑った。こういう笑顔は好きだなあ、とは思う。にやり、と、いかにもなにか企んでいます、というそれは、正直背筋が寒くなって、好きだとかなんだとか感じる余裕がまったくないし。


「ま、俺の調教のたまものですねィ」
「ちょうきょう!?」
「だって俺以外としたことねェだろ」


 きょとんとして当然のように言う沖田になんだか悔しくなって、そりゃそうだけど・・・でもしてたらそれはそれで怒るくせに。がちいさい声でつぶやくように抵抗すると、あったりまえでィ、と呆れたように返された。


「・・・でもそれって、わたしばっかり総悟の思い通りになってるみたいでちょっと悔しい」
「そんなことないない。俺だってずいぶんに影響されてらァ」
「ええ?」


 うさんくさそうなの視線を受けて苦笑した沖田は、寝そべっていた身体を起こすと、もう一度の頬に手をそえた。それだけで顔をわずかに赤くするは、ほんとうに、


「だって俺、やさしくなったろ?」


 ぽかんとしたの口に、かみついた。
























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ちゅうしてるだけ


(2006.10.16)(2007.10.24 加筆修正)