「あ、やっべ、もう時間だ」
の首筋に顔をうずめていた沖田はそうつぶやくと、のそりと身体を持ち上げた。たったいま行為が終わったばかりで、まだその熱がすこしも冷めていないなかでの一言。は思わず、「え、」とぽかんとしてしまった。
「な、なにそれ、もう行くの?」
「なんでィ、もともともうすぐ仕事なんだからって、しぶってたのはじゃねーか。それともまだ物足りないんですかィ」
「そういうことじゃなくて!そんなふうに、あっさり・・・。大体、いつもは遅刻しほうだいのくせに」
「今夜の手入れはさすがに、すっぽかすわけにいかねェんでね」
だったらはじめっから襲うな。喉まで出かかった言葉を、はかろうじて飲み込んだ。そう言ったら言ったで、それがさっきまでさんざん喘いでたヤツのセリフですかィ、こここーんな濡らしてさァ、とかなんとか言ってまた触ってきたりするんだ。がそうこう葛藤しているあいだに、沖田はさっさと服を着込んでいた。そもそも出した直後にこうちゃっちゃか動ける沖田もすごい。
「・・・ほんとに行っちゃうんだ。そういう・・・ことして、すぐ」
「さびしい?」
「・・・・・・・」
分かりきったことを訊いてくる沖田を、よっぽど殴ってやろうかと思った。終わってから時間を気にしてさっさと立ち去るなんて、まるで遊郭にでも来ているみたいだ。たしかに、拒みきれなかった自分もちょっと悪いかもしれないけど。
目頭が熱くなってきたのを感じると、はあわてて布団を頭の上まで持ちあげた。こんなところで泣いたって仕方ないし、それは仕事に行く沖田を多少なりとも引き止めてしまうかもしれない。泣くことで引き止めるなんてそんな不本意なやり方はしたくなかった。なにより泣いたら負けな気がする。
「・・・」
ふう、とちいさく息をはいて、沖田に名前を呼ばれた。返事なんかしてやるもんか。
「時間なら早く行けば。遅刻したら怒られるんでしょう」
「、ごめん」
思いがけずするりと沖田の口から出た言葉に、は布団の中で目をまるくした。それでも顔は出さず、じっとしている。
「今回のヤマが終わったら、近藤さんが一日休みくれるっていうから。だからそれまで我慢しようと思ったんだけど、あと一歩ってとこで無理だった」
だからどうしても、サボるわけにはいかないんでさァ。日ごろの沖田らしからぬ声の細さで、さっきまでの怒りやらなにやらがするすると消えていってしまうのが自分でもわかった。そんなふうに言われたら、スネている自分のほうが、悪いみたい。
「・・・、もう行きまさァ」
しばらくの沈黙のあとに、また沖田が口を開く。それから気配がすっとのほうへ近づいてきた。
「の顔みてから行きたい。顔、みせて」
「・・・・・」
負けた。は布団のはしに指をかけて、そろそろと目元まで引き下げた。すぐに視界にとびこんできた沖田はちいさく笑って、布団をの顎まで引くと、ついばむようなキスをひとつだけ落とす。
「帰ってきたら、つづき」
そう言う沖田の顔は、すっかりいつものそれに戻っていた。なんだか悔しくて、はまた布団をかぶりなおす。それからくぐもった声で、ちいさく、いってらっしゃいとつぶやいた。
「ん」
聞こえるか聞こえないか、それくらいの返事をして、やさしく障子をしめると沖田は部屋を後にした。さっきのキスじゃ足りないと、思ってしまう自分がなんだか恥ずかしくて、はしばらく布団のなかから出られなかった。
き ら め き さ ら っ て
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かわいいお話が書きたい・・・
(2006.9.17)