「土方さん、ちょいと話があるんですが」
珍しく沖田が土方の部屋を訪れた。いつもの飄々とした態度ではあるものの、どこか動きが強張っているのを土方は見逃さず、眺めていた書類を机の上へ放り投げた。
「なんだ、今までの謝罪ってんなら喜んで受け付けるぜ」
「冗談きついですぜ。そんなん、一生言うわけねェや」
後ろ手に障子を閉めて、沖田はそのまま座っている土方を見下ろした。いつもだったらすぐにでも話を切り出すはずなのに、その口は閉じたままなかなか動かない。土方はくわえていた煙草をはなすと、沖田に「まあ、座れ」とだけ言った。
「や、結構でさァ。・・・・・土方さんて昔から、女にモテてやしたね」
「は?なんだ突然、」
「道場に来たばっかのときも、村中の女がきゃあきゃあ騒いで、なんでか近藤さんが喜んでたし」
沖田はそこで一旦言葉を切って、視線を泳がせる。沖田から女性の話題が出ることも驚きだが、歯切れが悪い沖田というのもそう滅多におがめるものではない。
「なにが言いたいんだ?お前」
「・・・土方さん、あんたはべつに、女に不自由なんかしてねえでしょう」
土方の言葉をさえぎるように、沖田は言った。土方がまた疑問を口にする前に、また話し出す。
「俺ァ、いままで土方さんが誰と付き合おうが、誰を泣かそうが、なんも関係ないし、口出さないできやした。興味もないし、女なんかと付き合ったって、絶対面倒くせェだけだって思ってたから」
確かに、そうだ。一時期は女性の噂が絶えなかった土方に対して、近藤や他の隊士たちは、心配したり、羨ましがったりと、いろいろな反応をしてきたが、沖田だけは、そのことについて一度もふれてきたことはなかった。だからそんな沖田からこんな話を切り出されることが、正直不可解でしかない。
「じゃあ、なんだよ。言いたいことがあんならハッキリ言え」
「・・・・・・・・・・」
「総悟、」
「・・・・・他の女なら、いくらだって、手ェ出せばいい。だけど、、だけは、・・・やめてくだせェ」
「?」
、とは、真選組の屯所で女中を務める少女だ。数名いる女中のなかで一番若く、年は沖田と近い。その彼女が話題にのぼったことで、土方は沖田の言わんとするところがなんとなく理解できたような気がした。けれどとぼけたふりをして、煙草の煙をゆっくりとはきだす。
「・・・そこでなんで、が出てくるんだ?」
「見てるんですぜ、土方さんが最近、とやたら話し込んでるとこ。けど、・・・あんた他に大勢、遊んでくれる女がいるんだから」
なんだってなんですかィ、と沖田はつぶやくように言った。土方は噴出しそうになるのを懸命にこらえて、いぶかしげな様子を装った。
まさか一番異性というものに興味のなかった沖田が、こんなことを自分に言ってくるなんて。土方にいわせてみれば、副長という立場上、女中たちにもある程度指示を出さなければならないというだけで、それもどの女中と話すことが特別多いとか、そんなことはないのだ。けれど沖田が、土方がとばかり話していると思うのなら、それは沖田がばかりみているということに他ならない。
土方は、ゆるんでいる口元を沖田にみられないようにそっぽを向きながら、声だけで告げた。
「お前なあ、そんなにを俺にとられたくないって思うんなら」
「・・・そうじゃねェや、俺ァただ・・・みたいに美人でもなけりゃ要領も悪い女は、土方さんには合わないって思うだけで、」
「だーから、俺のとこになんかちまちま来ねえで、直接あいつのところに行けばいいだろ。土方はやめろ、自分にしとけってな」
「じ・・・」
沖田は目をまるくして、それからわずかに耳元を赤くした。その顔に土方もあっけに取られていると、沖田は怒ったような顔をして、ぐるりと後ろを向くと、ぱっと障子を開けながら
「俺は土方さんを心配して来てやったんですぜ、それをそう言うんなら、もう知らねェや。冷蔵庫のドアに頭ぶつけて死ね」
「おま・・・」
言い捨てて、沖田は部屋からすばやく出て行ってしまった。入ってきたときのぐずぐずした様子とはだいぶ違う。土方はため息をついて、それからちいさく苦笑した。あいつもかわいいとこ、あるじゃねえか。
君なんて、ぼくで充分
翌日、土方は廊下を向こうから歩いてくるを見つけた。すれ違いざまに声をかけてみる。
「よお、昨日、お前んとこに総悟が・・・」
「・・・土方さんのせいです!」
「はあ?」
声をかけられて、うつむき気味だったは顔をぱっとあげると、土方を睨みつけた。
「土方さんが言ったんですよね、総悟くんに!さっさとわたしのところに行けとかなんとか!お、おかげで・・・」
そこまで言うとは頬を真っ赤に染め、だだっと走り去ってしまった。土方はぽかんとして、ちいさくつぶやく。
「・・・まさか、な」
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(2006.8.21)