ひそやかに、きみ
「・・・・・・隊長」
「あん?」
沖田はなぜか、朝っぱらからの部屋で我が物顔にごろごろしながら漫画を読んでいた。は今日は一日中書類整理を命じられていて、そのために部屋から一歩も出られないでいるのだが、そんなの手伝いをするわけでもなく、かといってじゃまするわけでもなく、とにかく沖田はそこにいた。
「沖田隊長、今日はたしか一日オフなんですよね?副長から聞きましたよ」
「ああ、そうだけど」
「だったら、外出されないんですか?ほら、女子プロレスとか、隊長、おすきでしょう」
「はいはい、おすきでさァ」
はいはい、なんて、適当な返事をするだけで、沖田は本から顔を離そうとしない。は困ったように息をついて、でもこのままだと朝から晩まで沖田に居座られることになるのは間違いない。もう一度声をかけた。
「あの、わたしは、仕事中なんですよ」
「知ってる」
「だから、なんのおかまいもできないんですよ。話し相手とか・・・お茶とか、そんな気の利いたものも用意できませんよ」
「べつに、そんなの期待してねェよ。俺にはおかまいなく、どーぞ仕事を続けてくだせェ」
だめだ、ちっとも動く気配がない。だいたい、オフの日に部下の部屋にいりびたる上司ってどうですか。は手元の書きかけ文章に目を落とした。さっきからこれがすこしも進まないのは、誰のせいだと思ってるんです。
思い切って、は口を開いた。
「隊長、あの、隊長がいると、仕事がすすまないんです」
「・・・・・・・・・」
「その、隊長がそこにいるって思うと、気になって仕事に全然集中できなくて・・・聞いてます?」
無言のままだった沖田は、やっと本から顔をあげてを見た。沖田と目が合うと、さらに緊張してしまう。沖田が息を吸う気配とか、動いたときに髪の毛がさらりとゆれる音だとか、そんな、普段は気になるはずもないことばかりがやけに存在感を増して、のすぐ近くにあるのだ。それはでも、近藤局長や土方副長と向き合っているときの緊張感とは、またすこし違ったように思えた。
「・・・そんなん、俺も同じでさァ」
本をぽんと畳みの上に投げ出して、心底疲れたように沖田は大きく息を吐き出した。ただ寝っころがって、漫画読んでただけなのに。
「もー、がいると、内容がちっとも入ってこねェや。どうしてくれんでさァ」
「えええええ、だったらわたしの部屋なんか来ないほうが・・・」
「だって来たいんだもん」
「ええー・・・」
だって、って、言われても。困ったように首をかしげて、は言った。
「わたし、ほら、さっきからがさがさやってますし・・・それでうるさいから、頭に入らないんじゃないですか?」
「そうなん?いや、俺の頭はそんなにヤワじゃないですぜ」
「はあ、そうですか・・・。あ、わかった、隊長あれでしょう。わたしの秘蔵の高級和菓子をねらってますね、それで朝から来てるんだ」
「そうなんかなァ、まあ、そうかもしれない」
「それなら残念でした、あれ、この間たまたま頂いただけなんですよ。もうないです」
「ふうん。あっそう」
「・・・・・・・隊長、ドライですね・・・・・」
「なんかそういうんで来たんじゃない気がする」
なんで来たんだろ俺、と、ぼんやりしながら言う沖田に、わたしのほうが訊きたい、と、出かかった言葉を飲み込んだ。すると沖田は、じっとりとなぜか睨むように、に視線を投げかけた。
「そういうお前ェだって、俺がいると仕事が進まないとか、いちいち気にしすぎなんでさァ。いいからちゃっちゃとやれよ」
「・・・うーん、そうなんですけど・・・だめですよ、だって、隊長に目がいっちゃうんです」
それに、緊張も。なんとなくそれは言えなかったけれど、沖田にもぼんやりと伝わったらしい。「ふうん」とまたつぶやいて、それからが作業をしている机に頬杖をついた。
「それ終わったら、お前、あと、仕事は?」
「あ、今日は一日これなんで、終わればもう休んでいいそうですけど・・・でも、絶対夜までかかる量です」
「じゃあ仕方ねェから、俺も手伝ってやらァ。まあ、ヒマだし」
「ええ!そ、それはだめです、隊長にそんなことはさせられませんよ!」
「だから」
沖田は書類の束をごっそり自分のほうへ寄せながら、口の端を持ち上げてを見た。
「これ終わらせたら、ちょっとばかし付き合ってもらいやすぜ。ここには菓子もねェんだろィ」
「あ・・・・・・・・は、い」
どこか漠然としないものも感じながら、それでもの胸にじんわりと広がるのは嬉しさだった。結局ふたりで書類と格闘して、終わったころにはもう日が暮れていたけれど、じゃあ出かけんのはまた今度な、と、そんなさりげない約束がひどく心に残った。
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(2006.7.8)