きっかけがないと、気付けないのだ、こういうものには。
俺とは、いわゆる幼なじみ、というやつで。近藤さんの芋道場に先に迎えられたのが俺、あとから来たのが。その差はたしか2ヶ月くらいで、そのころからなぜかもう近藤さんにばしばし意見していたあの土方さんが、こんな立て続けにガキなんか拾ってきて、とぼやいていた。そのセリフは、その当時はけっこうピュアな感じだった俺の心にちょっとしたダメージを与えたので、しばらくはあまり食事も喉を通らなかった。(今思えば、なんてもったいないことをしたのだろうと悔やんでいる。土方なんかの一言で!)
そのあと、要するに金を稼げる人手がほしいのだというような意味で土方さんがあれを言ったのだと判明すると、俺はそれを、すごくいやみな口調でに告げた。「土方さん、金かせげねェから、俺らのこといらねェってよ」、そう言うと、まだ幼かったはひどく傷ついた表情をうかべて、それからだ、剣道の稽古によりいっそう精を出すようになったのは。「いつか剣で身を立てるの!近藤さんや土方さんに、楽をさせてあげるんだよ!」と。おまえのとうちゃんか、と思った。
「あ、総悟、これから見回り?」
玄関を出ようとすると、入れ違いにが戻ってきた。その隊服にみだれがないのを目線だけで確認して、それで俺は相手にわからないように安堵の息をつくのだ。自分のいないところでに刀をふるってほしくない、と、どうしてか思ってしまう。
「ああ、ホントは40分前からだったんだけど、ちょっとねィ」
「また寝てたんでしょ?総悟はいつもそうだもん」
まあ、当たらずとも遠からず。眠かったのも確かだけれど、の見回り終了時刻を承知の上での遅刻だった。無事に帰ってくるのを見届けてからでないと、俺が見回りに出られない。土方さんが相棒のときはこの手は使えないので、そんなときの見回りのコンディションは正直あまり、よくない。でも今日はこれで、大丈夫だ。
「お前、もうこれでオフ?」
「うん。報告書を出したらね。明日は夜勤だから、これで明日の昼まではのんびりできるかなあ」
俺は朝イチで仕事が入ってた気がする。土方の陰謀かと思うくらい、最近は任務を共にすることがほとんどない。でも、そんなふうに別行動が気になるようになったのは、いつからだったか。そこまでは憶えていない。
に土方さんのセリフを伝えたのは、ただそれを聞いたと一緒に、土方っていやなヤツだよね、と言い合って笑いたかったからだった。その当時は俺の気持ちはにしかわからないと思ったし、に話すことで、自分も楽になろうとした。なのにどうしたことかそれをきっかけには、己を鍛え、ときに傷つけ、真選組が結成されるときにも、当然のように隊服を受け取っていた。自分のせいだと、漠然とした焦りも感じた。
屯所が襲われた、と連絡があったころには、まだ見回りに出てからほんの30分くらいしか経っていなかった。どうも自分が出た後にちいさな攘夷派の騒ぎがあったらしく、主だった隊士がそちらに出払ったころあいを見計らって、数十名の攘夷派志士たちが斬り込んできたという。先の騒ぎも小さかったので俺の耳には入ることもなく、その知らせは突然すぎた。
「副長が精鋭を連れ立って騒ぎを収めに行ってたので、屯所にもあんまり人がいなかったらしくて・・・でも局長は、残ってたっていうんです」
山崎がひどく焦った口調で告げる内容に、考えたのは近藤さんのことではなかった。あいつは、なんて言ってた?今日はこれからオフ、報告書を提出して、オフ。そんなあいつを、土方さんはおそらく連れて行かない。なら、だったら、
「・・・は?」
「え、」
「は、屯所にいたのかって訊いてんだ」
「・・・ちゃん?」
あ、と山崎が声を漏らすと同時に、身をひるがえして屯所へと走った。数十名の攘夷志士!そもそも真選組自体、隊士はそう多くない。そのほとんどが外に出ていたというのなら、屯所に残っていたのはきっと十名そこそこだ。そのなかに近藤さんがいたのなら、はきっと彼を護って戦おうとするだろう。志士たちは、女のから狙おうとするだろう。その結果は?考えたくない。最近のあいつの実力を知らない。練習もろくに付き合わず、任務は一緒におこなわなかった。敵の戦力もわからない。気持ち悪さに吐き気がした。こんなに動揺したのは、いつ以来だ。
「!」
名前を叫んで飛び込んだ屯所は、かなり悲惨な状況だった。それでも志士たちがいくらか捕縛されている。先に帰りついた土方さんたちが処理をしたのだ。
「総悟、戻ったか」
「土方さん、は」
「救護室だ。怪我してる」
その言葉に、いくらかほっとした。最悪の事態では、ない。けれど怪我の程度によっては笑えないので、破られた障子や、穴の開いた廊下を急いで通り抜けて、目的の部屋へと向かった。
「、」
「総悟!よかった、無事だったんだね」
驚いたように振り返って、それからほっとしたように笑うの頭には、包帯が巻かれていた。これから治療される腕の刀傷が痛々しく、不覚にも視線をそらす。
「・・・さっき、報告が入って」
「うん、そっか、じゃあほんとに、狙われたのは屯所だけだったんだ。わたし、みんなそれぞれ狙われたのかと思って、心配してた」
救護室にいるほかの隊士たちに言葉をかけてやる余裕なんて、まったく考え付かなかった。ただ、が今こうして目の前で笑って、言葉を交わしている、そのことが本当に現実なのかと、どうしてか疑った。しか、頭になかった。
「でも、近藤さんは無事だよ。あんまり怪我もしてないし、もう復活して、指揮とってる。・・・あ、総悟は外から来たんだもんね、見てるか」
見てない。というか、目に入らなかった。すこしずつの無事が実感できると、ここまで動揺している自分が不思議に思えてくる。近藤さんとか、他の隊士とか、屯所のこととか、そういうの全部すっとばして、だけを思って息を切らした。こんなに、焦るなんて。まるで自分ではないみたいに。
「俺が・・・」
「ん?」
「俺が、もっと、遅く出てれば」
出てきたのは、そんな言葉だった。案の定、も目を丸くして、とまどうように覗き込んでくる。
「どうしたの・・・ちょっと、総悟らしく、ないね」
本当に、俺らしくない。自分の責任であるかのように、言うなんて。
「でも、あいつら、総悟がいないのも見計らってたみたいだから。真選組随一の剣士だもんね、びびってたんだよ」
ね、だから、総悟のせいじゃないよ。はそう言ったけれど、でも、違うと叫んでやりたかった。もともとにここまでさせたのは、俺なのに。こうまでしてに刀を握らせる決意をもたせたのは、俺のひとことが原因なのだ。今からでも遅くない、もう戦うことをやめたら。でもそれは、つまりに真選組を離れろと言うようなものだ。それはできない。それは、さびしい。
どうしてをここまで心配してやまないのか、その理由だってまだ、よくわからないのに。
リグレット
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ちょっと原作と設定がごにょごにょ
(2006.3.3)