「アレルヤ、なに飲んでるの?」


 次のミッションの詳細確認をしていた。協力組織から秘密裏にもたらされた情報は意外と量が多く、早いうちから目を通しておかないと間に合わないような気がして、こうして食堂まで持ち込んで、食事を終えてからもずっとそこにいてひたすら読み込んでいた。右手に置いたカップを手にして口に運んだところで、ぽんと肩をたたかれる。振り返って、笑顔をむけた。


「ココアじゃないよ」
「・・・コーヒー。ですか。分けてもらおうと思ったのに」
「自分で取ってきたら済むことじゃないか、食堂まで来ておいて」
「それはそれで、飲むは飲むで、わかんないかな、そういう繊細な気持ち?」
「僕のを横取りしようとしている時点で、繊細とは言えないんじゃないの?」


 なにそれ、失礼だわ。気分を害した様子で、はカウンターに歩いていく。でもその怒った態度は演技だと分かっているので、アレルヤは特に気にしたふうもなく、コーヒーを一口飲み込みながらデータに意識を戻した。ミッションではめずらしく刹那と組む。彼の実力に関しては信頼しているし、問題ないとは思うのだが、むしろ例のごとくに刹那が暴走した場合、フォローをする自信がない。だからこそ、事前の準備は完璧にしておかなくてはならないのだ。


「刹那でしょ?」
「え?」


 いつの間にか目の前にが戻ってきていた。向かいの席に腰掛けると、アレルヤの持つデータを覗き込んでくる。ふわりと、ココアの良い香りが届いた。


「次のパートナー。よかったね、ティエリアじゃなくて。わたし未だに苦手」
「・・・は、ティエリアを好きになろうって努力、してないでしょ?」
「あれ、そう見える?」


 そんなことないんだけどな、といたずらっぽく笑いながらカップを両手で包み込むの言葉をそのまま信じてやるほど、アレルヤとの付き合いは短いものではない。けれどそれ以上の詮索はせず、持っていたデータを脇に置いた。が話し相手をほしがっていることも、残念ながら簡単に分かってしまう。


「でも女の子とはすごく仲良くなったよ。わたしああいう女友達って初めてだから、なんだか新鮮」


 そう言ってほほえむが、今度は確かに本心のようで、アレルヤも嬉しくなった。お互いに、決して人並みの幼少生活を過ごせていたとはいえない。そのほとんどがつらい思い出ばかりのなかで、は唯一の支えだった。一言では言い表せない感謝の気持ちや、これから先、彼女だけはどんなことがあっても守ってやりたいという思いも抱いている。だからそんなが嬉しそうにしている様子は、自分にとっても喜び以外の何物でもないのだ。


「どんな話、するの?」
「ん?・・・うーん。そのときどきにもよるんだけど、・・・そうだなあ、スメラギさんとクリスティナと留美さんが集まると、恋バナにしかならない」
「こいばな?」
「恋愛の話。昔付き合ったひとの話とか、どういう男の人がタイプかとか。みんなすごいんだから。アレルヤも一度聞いてみるといい」
「・・・そう、言われても」


 女性はそういう話が好きだとか、誰が言ってたんだったか、聞いたことは確かにあるが、戦術予報士とオペレーターとエージェントという大仰な人たちが集まってする話でもないような。そんなことを考えつつ、ふと気になったので、まだなにかぶつぶつとこぼしている(だいたいお酒が入るとあのひとたちはタチが悪いんだだとかなんとか)を見た。


は?」
「え?」
「あ、いや、昔付き合った人とか、タイプとか、なんて答えるのかなって思って」


 付き合いが長いとはいえ、そこは男女、そんな内容の話をとしたことはない。純粋に知りたくなって訊ねたのだが、の反応はにぶかった。そっとココアを口に運んで、目線をじとっとこちらに向ける。あ、ホントに不機嫌そう。


「付き合ってたひとなんかいません。好きなタイプだってわかりません。って、アレルヤならよおく知ってるでしょ?」
「まあ、確認のためっていうか・・・ごめん。そんなに不機嫌になるとは」
「べつにいいけど、嫌味じゃないって分かってるし。わたしもごめん、留美さんのイヤーな絡み方を思い出しちゃって・・・」
「からむんだ?」
「からむよ。あら、そんなこと言ってすてきなロマンスのひとつやふたつ、お持ちなんじゃありませんこと?」


 似ていない王留美の物真似を披露して、はあとため息をつくと、アレルヤも一度絡まれればいい。とさっきと同じようなことを吐き捨てる。苦笑したアレルヤはコーヒーで喉を潤すと、大変だねととりあえずの同情の言葉をかけておくにとどめた。


「ほんとうに。スメラギさんたちは経験豊富で話題も豊富だからいいんだけどね?その中でなんにも話題の提供が出来ないわたしの惨めさを想像してみてほしい」
「ないの?話題」
「ないよ!ってさっきから言ってる」


 それともそれは嫌味?首をかしげて剣呑と睨んでくるので、まさかと手を振って否定した。納得しかねる様子で椅子に深く座りなおしたは、そのまま重たく長く息をはく。どうやら事態はアレルヤが考える以上に深刻なようだ。


「心配事?」
「んー・・・、気が重い。また週末に女だけで飲みましょうって約束してて。飲み会自体は楽しいんだよ?でもそういうふうに、ない話を根掘り葉掘り訊かれるのが」


 はああああ。天井をあおいでが言えば、アレルヤはなら、と口を開いた。顔を戻してがアレルヤを見る。


「作ったら?」
「・・・どうやって」
「・・・僕、と?」
「・・・・・・え、」


 えええ?きょとんとするの前に、「冗談なんかじゃないよ?」と、表情は穏やかなのだけれど、瞳の色がどきりとするほど真剣なアレルヤがいた。・・・ちょ、ちょっと待とうか。理解しきれないながらもなにか言おうとして相手を見ると、の動揺なんかまったく気にしていないかのようで、余裕たっぷりににこ、とほほえんだ。


「・・・い、いきなり、すぎや、しないでしょうか?」


 かろうじて出たのはそんな言葉だった。本当はもっと訊かなければならないようなことがたくさんある気がするのだけれど、なんだか思いがけず、嬉しい、って感じている自分がいたので。


「そうかな、僕にとっては自然な流れだけど」


 あっさりと口から出るそれは、の頭をぼうっとさせるのに充分だった。ココアでぽかぽかした身体に、別の方向から熱が加えられている感じ。なにも言えないでただアレルヤの顔をぽかんと眺めると、いつものとおりに微笑む。


「次はいっぱい、話題が提供できるんじゃない?」


















予定内と予想外
09.試してみる?











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アレルヤわかんない


(2008.1.24)