「ねえ、最近さ、毎晩どこかに行ってるでしょ?」
家から出てきた山本をとっつかまえて、は単刀直入に訊ねた。いつもなら野球道具を肩にかけているはずの山本は、やっぱり普段と違って、なぜだか竹刀を引っつかんでいる。
「なーに言ってんだよ、自主練だぜ?今に始まったことじゃねえじゃん」
「うそつかないで、なんか違うもん。学校にだって来ないし・・・わかるんだから、それくらい」
何年の付き合いだとおもってるの。がそうつぶやくように言うと、山本は、そっか、そうだよなあ、と苦笑した。
山本ととは家が隣同士で、本当に小さいころからの知り合いだった。山本が昔から野球一筋でやってきているのをは見てきたし、野球バカなせいで勉強がおそろかになってしまうことがあるのもよくわかっている。そのたびに、「武にはあたしがついてないとダメだね」とため息をついて、山本も「そうだな、俺、ダメだわ」なんて笑って言っていたのに。
「・・・あのさ、最近、野球してる?」
毎日まいにち、山本がどこへ行って、なにをしているのか。今までは、山本の背中はいつだって視界に入っていたのに、いまは、探そうとしても探しきれない。にもなにも言ってくれない。
昔は、山本が異様にに隠し事をするときは、それはのためになにかしているときだった。こっそりと誕生日パーティを企画していたり、をいじめた近所のガキ大将に仕返ししていたり。そんなことばかりだったから、もなんとなく、無理に聞き出すことはしないでいた。
けれど、今回ばかりはちがう。これは自分のためなんかじゃない。でも、自分には言ってくれない。大好きな野球を放り出して、山本はいったいなにがしたいんだろう。
「野球は、コレが終わったらちゃんとするさ。でも今はちょっと、な」
「ほんとにわかってる?今度また練習試合があるって言ってたよね?」
「心配すんなって、いい加減にするつもりはねーから。だけど、なんつーかな・・・まあ俺もよくわかんねえけど、今はダチのピンチなんだよ。だから」
その言葉に、不意にさびしさを感じた。今までだって、いつでも山本が自分のためだけに行動してくれていたわけではなかったけれど、それでも、面と向かってこうはっきりと、自分以外の誰かのためにうごいているのだと、そう言われると、なんだかもう、自分はいらないと言われているような気がする。自分よりも、友だちを選んだのかと、そう考えてもしまうのだ。
山本がいう、「ダチ」というのは、きっと最近頻繁に一緒にいる彼らなのだろう。男の子たちはうらやましい。自分が彼と10年以上も一緒にいて作り上げた関係と、あっという間にならんで、そしてそれ以上に親しくなっていく。
「・・・・・・ほ、ほんとにまた、野球するの?」
「ああ」
「ウソじゃないよね?あ、あぶないことするんでもないよね?そんな竹刀・・・」
「・・・俺がとの約束、やぶったことねーだろ?大丈夫だって、ほら、は早く家に戻って寝ろよ。明日も学校だろ?」
「・・・・・・」
つまり、武は明日も来ないんだね。そう喉まで出かかった言葉をでも、は口にすることはできなかった。それを言ってもただ山本を困らせるだけだろうと思ったし、言ったところで意味もないことがなんとなく理解できてしまった。
山本はが家に入るまで見届けるつもりのようで、の背中を押してうながした。仕方なく玄関のドアを開けて、もう一度山本を振り返る。
「・・・また明日、ね?」
「おお、明日な」
言ってドアをぱたんと閉めると、山本が立ち去る気配があった。またちいさくドアを開けて、その背中を見送る。
山本の友だちを恨みたくはないけれど、でも、もし山本になにかあったら、自分は彼らを許せるだろうか。山本に、彼の一部でもある野球を放り出してまで、竹刀をもたせるほどの友だち。どんなに考えても、がみてきた山本は、いつでも野球をしていた。
首からさげた見慣れない指輪のことは、どうしてか訊けなかった。
背 中
05.おかしいな、ずっと側にいたはずなのに
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なんとなく雨戦直前
(2006.8.24)