休日の午後のティータイムのために、奮発してお気に入りのケーキ屋へ行ってシフォンケーキを買った。どうせ食べるのは自分一人なので、一番ちいさいものを選んで、それでも一度では食べきれないだろうから、夕食のデザートもこれでいこうかな、とうきうきしながら安アパートへ戻ると、なんと幼なじみの青年が居座っていた。
「よお、」
「ディーノ!あれ、いつの間に帰ってきてたの?日本に行くって言ってなかったっけ」
ケーキをテーブルの上に置いて、訊ねた。幼なじみという関係と、そして彼の仕事の都合上、ディーノにはいつ来ても部屋に入れるように合鍵を渡してある。だから突然来ることに驚きはないが、場合によってはいくらか困ったりすることもあった。いまも、せっかく買ってきたシフォンケーキをディーノに分けるべきか否か、顔に出さずとも非常に悩むところだ。
「そっちはもう終わり。で、ちゃん。それ、どこのケーキ?」
「・・・・・・」
しっかりばれていた。そして催促された。結局午後のティータイムは、幼なじみと過ごすことになってしまった。
「なんの用事?って訊かないのか?」
「え、なにか用があるの?」
以上においしそうにケーキをほおばりながらのディーノの問いに、逆には問い返した。ディーノがここに来るときは、仕事のあいまに一服しに来たり、とか、そういうどうでもいいことが多い。だから今回も、そんな類だと思っていたのだ。
「というか、わたしが訊きたいんだけど。いつ日本から帰ってきたの」
「3日前だよ。あ、ならと会うのって、実は久々だな」
最近のディーノはよく日本に行っている。なんでも、彼をへなちょこディーノから跳ね馬ディーノにしてくれたという人物が、いまは日本で別の少年を鍛えているらしいのだ。初めてその少年に会ったあとのディーノは、弟分が出来た!とかなり喜んでいた。
「リボーンさん・・・だっけ、には、会えたの?」
「ああ、相変わらず元気でやってる。ツナもそうだな、この前会ったときよりは、いくらかたくましくなってたな」
「ふうん」
その、ディーノが目をかけている少年も、将来はマフィアのボスになるのだろうか。その子は、昔の彼に似ているらしい。マフィアになる気が、全然ないとか。
マフィアのボスになるかならないかで、ディーノからは何度か相談されたことがある。相談というか、グチを聞いてやったというか。そしてそれは、彼が無事にボスの座に納まってからも続いていた。ディーノいわく、はマフィアのことを話せる仲であると同時に、マフィアと関連性のない相手になるわけで、そういう対象は貴重なのだそうだ。だから、その日本の少年にも、そうやってグチをこぼせる相手がいればいいのにな、と思う。
「それでさ、会いに行ったらちょうど・・・って、そうじゃねえよ、そういう話をしに来たんじゃないんだ」
「じゃあなに?あ、日本みやげ?」
ディーノの前においたティーカップに紅茶をつぎたし終えると、はずいと手のひらを相手に突き出した。その手をにむけて押し返しながら、「ちょっと日本から離れろ、お前は」と呆れた声でディーノが言う。は不満げに口をとがらせた。
「女の子の部屋に勝手に上がりこんどいて、手ぶら?ケーキあげるんじゃなかった」
「・・・・・・悪かったって、今度なんかおごってやるよ。ジェラート?あ、チョコレートケーキか」
「両方。で?手土産も忘れるほどのお話って、一体なんでしょうか」
いやみっぽく訊いてやると、ディーノは困ったように鼻の頭をかいた。「言いにくい雰囲気になっちまったなあ・・・」と一人でぼやいている。言いにくいって、なんだ。過去のいたずらを今になって白状とか?
が首をかしげていると、ディーノがやっと口を開いた。視線は、紅茶に注いで。
「最近、よく言われんだ。ロマーリオとか、日本でもリボーンがそりゃそうだろって」
「・・・なにが?」
「まあ、だから・・・簡単に言えば、ボスとしての責任とか、そういうもんをきっちり果たせって、そういうこと」
「はあ・・・」
簡単に言いすぎで、逆によくわからない。はディーノの仕事内容を完全に把握しているわけではないが、いいボスなんだろうと思う。実際、顔見知りの彼の部下は、ディーノによくなついているように見える。なつくっていうのとは、ちょっと違うか。
「よくわからないけど・・・要するに、なにか注意されちゃったってこと?」
「注意・・・注意っていうかなあ・・・忠告に近いかな、どっちかっていうと」
「忠告?」
がくり返すと、ディーノは苦笑した。「つまりさ、」と前置きすると
「はやく、いい奥方をみつけろって、そういうことだ」
「はあ、おく・・・・・・がた!?」
まったく予想もしていなかった方向からの言葉に、は驚きに目を丸くする。その顔のどこがどうツボにはまったのか、なんだそのツラ!とディーノははでに吹き出して、腹を抱えて笑い出した。
「あ・・・あんたちょっと、笑ってる場合じゃないでしょう!結婚しろって言われたのね、要するに!」
「あっはははは!お前のそんな驚いた顔、ひっさしぶりに見たぜ!」
「ちゃかさない!」
自分から言い出したくせに、すぐこれだ。がん、と一発ディーノの頭をなぐって、無理やり黙らせる手段をとった。
「あだっ! いってえなあ・・・相変わらずのバカぢから」
「なんでそんなのん気なの!で?お見合い話が出たってこと?」
「いや、それはまだ。でも俺も早めに身を固めて、なんつーのかな、世間体整えて、跡継ぎつくれって」
なんだかなあ、とディーノは苦笑してばかりだが、にしてみればそれは衝撃以外の何物でもなかった。
小さいころからよく知っているディーノが実はマフィアの血を引いていると知ったときも驚いたけれど、それ以上かもしれない。はっきりいって幼いころはケンカものほうが強くて、だからそんな彼にマフィアなんて、ましてやボスなど絶対に無理だと思った。それで逆に安心していた部分もあって、ディーノのだめっぷりに、逆にファミリー側から断ってくるんじゃないかと、淡い期待も抱いたりした。
それが、いつのまに強くなって。ボスになって、慕われて、ちゃんとがんばっていて。
どんどんひとりで歩いていく。それでも、まださびしいとはあまり思わずにここまで来れた。故郷から、キャバッローネが統治するという街へと越してきて、毎日とまではいかなくとも、ディーノとひんぱんに会えている。彼に対する地元住民からの評判が上がるにつれ、も素直に嬉しかった。
でも、結婚だなんて。混乱が収まってきて、ディーノの真面目な表情を見ていたら、ざあっと音がして血が引いていくような気がした。
「あいつらが言うことも、よくわかるんだけどさ。政略結婚とか、こういう仕事してたら、必要なんだろうなって。けど、さすがに俺も簡単に返事はできなくて、ここしばらく考えてたんだ」
「・・・・・・」
ディーノの声は聞こえても、意味までは頭に響いてこない。それくらい、はショックを受けていた。たかだか幼なじみが、そろそろ結婚するかもって、そんなことを言いに来ているだけじゃないか。いつもみたいに笑って、相槌を打って、必要ならば意見をして、そうやって聞いてやらないと。
そんなふうに思うのに、目の前が真っ暗になって、表情を作ることも出来ない。ひどく、怖い。どうしてこんなに怖いと感じるのかも、いまは全然考えられなかった。
「それで、やっと決めた。俺は・・・・・、聞いてっか?」
「え、あ、う、うん、聞いて、る」
返事はしたけれど、ディーノの顔を見れば、なにを決断したのかは手に取るようにわかった。ファミリー思いのディーノだ、部下たちと、街の人たちを護るためにならば、きっと自分のことなんて省みないのだろう。でも、は昔から、彼のそんなところが好きだった。へなちょこ時代から、そうやって誰かのために一生懸命になれるディーノを、は自分のことのように、誇りに思っていたのだから。
ディーノが決めたことならば、応援しよう。自分が怖いとか、つらいとか、そんなことはどうでもいい。
「・・・うん、ディーノが決めたなら、それでいいと思うよ。じゃあ今日のケーキは、その餞別ということで・・・」
「えっ、いいのか?じゃあ、俺の奥方になってくれんだな!」
「うん。・・・・・・・・・・・・・え、あたしが!?」
さきほどの驚きとは比べ物にならない衝撃だった。なにを言われたのか理解しきれていないを見て、ディーノが逆に首をかしげる。
「あれ、だって今、いいって言ったよな」
「言ったけど・・・!じゃあさっき、政略結婚って、あれは!?」
「マフィアならそういうのもあるんだろうなって話だよ。べつにウチはそういうんじゃないぜ、同盟もしっかりしてるしな」
「や・・・・・ややこしい言い方を・・・・・!」
一気に脱力したの手を、ディーノがつかんで引き寄せた。まっすぐに覗き込んでくる瞳に、思いがけず心臓が大きく波打つ。
「けど、はやく結婚しろって話は本当だ。その話をされたとき、ならしかいないって思った。昔も今も、俺のこと一番わかってくれてる女は、だろ?」
「で・・・・・、でもそんな、いきなり言われても・・・。だってディ、ディーノのこと、そういうふうに見たことない、し・・・」
「えええっ」
の言葉に、ディーノが驚いたような声をあげた。その大きさに、逆にがとまどってしまう。
「な・・・なに・・・」
「だっておい、俺はてっきり、も俺と同じ気持ちだと・・・!だってお前、俺のこと好きだろ?」
「なあっ!」
あんたなに調子にのってんの!というの言葉はしかし、結局飲み込まれて出てこなかった。さっき、ディーノが結婚すると聞いたときの自分のあの動揺、恐怖。それも全部、彼が好きだからと、そういう気持ちからきたものだとしたら。そう思うと、なぜかすんなり、受け入れられる気がした。
自信に満ちた表情で笑っているディーノをみて、すこし悔しくて、それでもこの笑顔のいちばん近くに、これからもずっといたいと思った。
「・・・・・・そう、かもね」
「だろ!」
いつもと変わらない午後のティータイムだったはずなのに、なにがどうしてこうなったのか。
それでもそういえば小さいころ、ディーノと結婚する夢をみたことがあったような気が、する。
とある日のシフォンケーキ
10.友愛と恋愛の境界線
「ああ、でも一瞬あせったぜ、俺、もうリボーンとかロマーリオたちに、じゃあと結婚するって言っちゃったからさ」
「はあ!?」
「今日もプロポーズしてくるって言って出てきたし。終わったらつれて来いって言われてるから、これから俺んち行くぞ」
「・・・・・なにかおかしい・・・・・」
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さんは日本生まれのイタリア育ち・・・かな
(2006.4.2)