そ、と触れた彼女の手が自分よりもずっと温かいことがなんだか不思議だった。べつに触る前にの体温を予想していただとか、そんなことではないのだけれど、でもそんなふうに彼女の手のひらのぬくもりは彼をどうしようもなく安心させた。
「ラビ?」
手をとったままなにも言わない彼をいぶかしんで、が名前を呼んでくる。そのとまどいが手から伝わってくるような気がした。俯いたままで相も変わらず言葉を発しない自分はあえてなにも言わないでいるのではなく、なにも言えないのである。
数多の書物に目を通してきた。自分たちの立場上それはめまぐるしく変化していく世界を把握するための新聞であったり、書庫のずっと奥に忘れられたように眠っていた遠い昔の戦いの記録であったり、そんな事務的で殺風景なものばかりで。しかしそんな自分にも思春期というものはあり、そもそも好奇心は強いほうで、読書自体も好きだったから、自分の「役割」には到底必要とは思えない本もたくさんたくさん読んできたのだ。そのなかには人が人へ、あふれんばかりの想いを告げる言葉もたくさん、たくさん出てきていた。
そして自分は今、彼らと同じことをしようとしている。
こんなときになって、まさにその瞬間になって、過去に読んだその言葉たちが頭の中を駆け巡った。愛を伝える言葉とはこんなにもあるものなのか、その量の多さに改めて驚いて、しかしそのどれもと同じことを言いたくはなかった。この世にたった一人きりしかいないに、同じく世界に一人きりの自分が伝えるのに、誰かがすでに考えている言葉を使いたくない。それに、を狂おしいほどに想っていることをきちんと彼女に伝えられる最適な言葉も見つからないのだ。こんなに想っているのに。こんなに知っているのに。はがゆさにラビが触れた手をぎゅ、と握ると、それまでされるがままだったの手がゆっくり動いて、そうっと握り返してきた。「ラビ、」また名前を呼んで心配そうにこちらを覗き込むとゆっくり辺りを見回した。彼の様子がおかしいことに不安になって、誰かに助けを求めようとしている。人を呼ばれては台無しだ、の手をぐいと引いた。
「わ」
よろけてラビの目の前に倒れこんでくる彼女に、今すぐに気持ちを伝えたい。まるでまだなんの言葉も知らない赤ん坊のように口をひらいてとじるだけの動作をしてから、やっとの目を見た。は何度かまばたきをしてラビの言葉を待っている。握った手からこの気持ちがぜんぶ、余すところなく伝わればいいのに。結局この口は、何十回何百回何千回何万回と使われてきたであろう言葉の形に動く。けれど自分はその言葉に、今まで使われてきたどのそれよりも何万倍の気持ちをこめるのだ。
「好き、です」
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(2008.6.26)