最悪の事態だ、とは思った。
金色木枯し
11月に入って間もない、ある日の市中見廻り。
今日は日差しの明るい昼間の見廻り当番だったから、正直、かなり油断していた。
「せめてマフラーでも持ってきたらよかった!」
叫びながらぎゅっと首をすぼめる。平たく言えば、寒くて仕方ないのだ。
確かによく晴れ、日差し自体は暖かいのだが、それを消し去るくらいに風が冷たい。真選組の隊服は生地もしっかりしていて、すこしくらいの気温の低さならば問題はないので、この天気なら大丈夫かと、あまり考えずに街に出てしまったのだ。すれ違うひとたちは皆ばっちりと防寒していて、そんな彼らを見ていると余計に自分の格好が非常に心もとないものに思えてたまらない。
「寒いって思うから寒くなるんでィ。心頭滅却すればっつーだろ」
「それは暑いときの話じゃないですか」
「同じだっつーの」
そう言いながら隣を歩く総悟は、と同じく隊服を着ただけの格好なくせに、首をすくめて寒さを和らげようとするとは対照的に、ずいぶんとしれっとしている。手をこすりあわせ、そこに息を吹きかけつつ、は隣をちろりと見上げた。
「・・・どうして隊長、そんなに平気そうなんですか」
「お前とは鍛え方が違うんでさァ。一緒にすんな」
「でも隊長て、夏は暑い暑いってよくぐで〜っとしてますよね」
「暑ィのは嫌いだし」
そんなのめちゃくちゃだ。総悟の妙な理屈は放っておくにしても、とにかくは今、寒さに手がかじかむし、鳥肌は立つし、これじゃあ何かあったとしても、うまく立ち回れるとは到底思えない。というかそもそも、出掛けに総悟が急かさなければ、自分でマフラーをもってきたかもしれないのだ。早くしねェと置いてくぜィとかなんとか言って本当に先に出て行ってしまったから、慌てて屯所を飛び出して。そんなことを思い出しながら腕をさすりつつ、ぶつぶつとつぶやくように言う。
「この寒さはわたしはだめです。任務に支障をきたします」
「・・・俺にどうしろっつーんでさァ」
「コートかマフラーを取りに戻らせてください」
「いやだ。めんどい。屯所からだいぶ離れてる」
「わたし一人で行きますから」
「その間隊長ひとりに見廻りさせるっつーんですかィお前は。わーそりゃいいご身分だなァ恐れ入らァ」
「・・・・・」
ああいえばこういう。はいくらかむすっとした表情を浮かべ、総悟をにらみつけるようにした。自分の鼻がすでに赤くなっていて、だいぶ迫力に欠けているなんてこと、もちろんは知る由も無い。
「じゃあどうしたらいいんですか。一度寒いって思っちゃったらもうどうしたって寒いですよ」
「だいたい、そんな着込んでたらいざってときに動けないぜィ。今日はそれで我慢しろ」
「・・・わかってますけど」
そんなふうに言われてしまえば、もそれ以上はあまり言えなくなってしまう。もちろんもっと真冬になれば、隊士たちは皆それぞれに防寒をして街へ出るのだが、そのぶん動きが重たくなってしまうのもまた事実で、できるかぎり身軽でいたほうが良いという総悟の言い分には納得だ。
けれどそれはそれで、でもやっぱり今日は寒いし、ぴゅうと首筋を吹き抜けていく風は冷たい。がそれにぶるりと震えて身をちぢこませると、そんな様子を見ていた総悟がちいさく息をついた。
「・・・そこまで言うなら俺があっためてやってもいいですぜィ」
「・・・またそういう適当なこと言う」
はぁ、とため息をつくと、は近くにあるコンビニに目を向けた。おでんって書いてある。いいなあ。にくまんでもいい。ホットのコーヒーとかでもいい。なんでもいいから、この冷たい風を防ぐ術がほしい。
とぼとぼ歩きながらがコンビニに思いを馳せていると、今度は隣の総悟が不満げに声を漏らした。
「なにがどう適当なのか言ってみなせェ。俺がどうするつもりなのかなんも知らねェくせに」
「じゃあどうしてくださるんですか?具体的にどうぞ」
「えらそうだなテメェ」
総悟がわずかに目を細めて言ったって、今のはそんなことこれっぽっちも怖くない。総悟がこの程度で本気で怒らないことだって知っているし、なにより今が感じているこの寒さよりも恐ろしいものなんてないのだ。
総悟は数秒考えるように黙り込むと、わずかに上から見下ろすような視線をむけ、・・・たとえば、とゆっくりと口を開いた。
「おでん買ってやるとか」
「ふんふん」
「どっか暖房の効いた店に入って休憩するとか」
「それもいいですねぇ」
「俺の上着貸してやるとか」
「え?それは申し訳ないのでいいですよ」
「それでもが寒がるから、くっついて歩くとか」
「え、えー・・・」
「くっつくだけじゃ足りないなら、こう、包み込んでやってもいいし」
「え?え?」
「あー、夜も寒ィだろうから、なんなら俺の布団に来たって構わねえぜィ。それとも俺がお前の部屋行くか」
「ちょ、ちょちょちょちょちょっと!」
総悟がそこまで言うと、は慌てたように彼の目の前にばっと手を広げた。ぱちりと驚いたように一度まばたきをした総悟は、またすぐに「なんでィ」と口を尖らせる。
「お前が具体的に言えっていうから」
「そうですけど!だからって冗談がすぎます、そんなこと言うと誤解されますよ!」
誰に聞かれているわけでもないが、はとっさに左右に目を走らせた。とりあえず知り合いの姿はないようだが、道行く人が二人の会話を聞いていないという保証も無い。はふうと息をついた。
「あんまりそういうことばっかり言ってると、ほんとに本気のときに信じてもらえなくなっちゃいますからね」
総悟から目を逸らしながら、ぶつぶつとつぶやくように言った。そんなつもりがなくたって、ないのならなおさら、そんなことは言ったらだめだ、と思う。くっつくとか。抱きしめてくれるとか。ひとつの布団に一緒に入るだとかなんとか・・・。
こうして真選組で働いていたって、自分だって女の子なのだ。へんに期待だってしてしまうし、そのぶんがっかりしたくなんかない。
そんな冗談をさらりと流せるほど、自分はできた人間じゃないのに。
なんだかむなしくなってきて俯いてしまったの、頭の上から総悟の静かな声がした。
「ほんとの本気ですぜィ」
その言葉にがいぶかしげに顔を上げる。拗ねたようにむすりとした総悟の顔を見ると、困惑し首を傾げた。
「隊長、」
「俺が冗談でこんなこと言うようなやつだと思ってんのかィお前は。とならしてもいいっつーかしてェって思ったから言ってんでさァ」
「あ、あのう」
「つーか」
ごちんとの額を軽く殴ると、総悟はぶつぶつと続ける。
「こんなムードもクソもないところで言わせんじゃねェや」
それだけ言ってまたさっさと歩いていってしまう総悟の、耳の先が赤かったのはたぶん寒さのせいではない。だってさっきまでちっとも赤くなかった。そしてそんなことを考えるの頬もどんどん赤くなってきて、おさえようとしても口元は勝手に笑みの形になってしまった。
最高の展開だ、
抑えきれない笑顔のまま、は総悟の背中を追いかけた。
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(ソノエ/2010.1.24)