あたしが畳の上に転がされてから、多分もう5日くらい経ちます。
 事の発端は、この部屋の主。名前をというらしい彼女に買われてここへやってきたあたしでしたが、彼女がちょっと目を離した隙に、袋の中からこぼれ落ちて、部屋のすみっこに置いてあるこの文机の下、その奥のほうまで転がってしまったのでした。あたしの兄弟たちは、だったり、その仲間らしき人たちの口の中に次々と放り投げられていくのですが、薄暗いここに放置されてしまったあたしはきっと、誰にも食べてもらうことなく、べたべたになって、もしかしてカビでも生えて一生を終えることになるのです!だってあたしはただのか弱い、新発売のグレープキャンディにすぎないのですから。

 この数日間にヒマで仕方ないあたしが観察したところによると、ここは真選組っていう団体の住んでいる家で、はそのメンバーらしいのです。あたしみたいにキレイな色の服を着ていることはなく、いつも真っ黒い姿の彼女は、時々刀の手入れをしているみたいだから、お侍さんなのかもしれません。まあ、が何をしてたってあたしの知ったこっちゃないのですが、机の下をきちんと掃除しないのはどうかと思います!あたしにちっとも気付きやしません!

 だけどそんな放置状態なあたしの興味をぐいぐい引くものがひとつだけあります。それはこの部屋を訪れる何人かのうちの一人、が「沖田隊長」と呼ぶ人です。残念ながら机の下にいるあたしからは彼の顔は見えませんが、声の感じは他の面々よりも若く、と同じくらいなのだと思います。でもあたしの興味を引くのはもちろん沖田が若いからってワケではなくて、この何日か、彼だけは毎日来るってことなのです。

 ・・・毎日ですよ?








「今日、何日か知ってっかィ」

 そして今晩も沖田はまたこのの部屋へやって来ました。特別なにをするでもなく、「よう」と言いながら入ってきて、世間話をして帰るのがこの数日に分かったお決まりのパターンなのですが、今日はそうして二人の会話がひと段落したのち、沖田がそう言い出したのです。

「31日ですよね?」

 あたしのいる机の下から正座した足が見えている位置にいるが、そう答えました。沖田はその向かいにあぐらをかいて座っていて、ずいぶんとリラックスしている状態です。

「じゃあ何の日かは知ってっかィ」
「ええっと・・・、あ、ハロウィン?」

 そのやりとりに、あたしは初めて今日の日付を知りました。10月31日、ハロウィン!あたしたちお菓子とは切っても切れないイベントです。けれどはすっかり忘れていたみたいで、「そういえば今日でしたねー」なんて言っています。

「沖田隊長、そういうの好きなんですか?」
「まあ。つーワケで、なんかよこしなせェ」
「え?ああ、お菓子かイタズラか、ていうのですね。・・・そんな急に言われても、お菓子なんてあったかなぁ・・・」

 ここにいます!と言いたくても、残念ながらあたしに声はありません。どうやらは、あれだけあったはずのあたしの兄弟たちももう全部食べ終わってしまったようで、「ないかなあ」なんて言いつつ、うろうろとあたりを探しています。すると、「なら」と沖田の声がして、あぐらをかいている足がとかれ、のほうへ身を乗り出し、こう続けました。

をもらいまさァ」

 が「へ?」と言って、あたしも「ん?」と思う間に、どさりと大きな音がして、机の下にいるあたしからちょうど顔が見えるように、二人が倒れこんできました。の顔を見たのもひどく久しぶりですが、それよりなによりそのときあたしは初めて沖田の顔を見ることができました。あたしの友達のキャラメルみたいな色をした髪の毛に、おそろしく整った顔立ちの青年で、それだけでも驚いてしまったのに、あろうことかその沖田がを押し倒しているのですから、驚きを通りこしてぽかんとしてしまいます。
 それはも同じだったようで、しばらく無言で目をぱちぱちさせたあと、「ええっと?」とまぬけな声を出し

「隊長、あの・・・」
「菓子がねェんならお前をもらうぜィ」
「なっ!」

 繰り返された沖田の言葉の意味をさすがに読み取ったのか、は焦りながら肘を付き、沖田の身体から逃れようとします。

「ちょちょちょちょっと待ってください、お菓子なら多分どこかにあるますから・・・!」
「俺は今すぐほしいんでィ」
「そ、それくらいがまんしてくださ、」
「しない」

 をまた腕の中に閉じ込めるようにして、の耳元に口を近づけると、沖田は低く、はっきりとした声で言いました。見ているあたしがぞくぞく、どきどきしてしまうような声です。

「どんだけがまんしてきたと思ってんでさァ」

 それを聞いて、あたしもようやく納得しました。沖田が毎日この部屋に来ていた理由です。毎日やってきては話をして、その内容は特別なものではなかったけれど、それは沖田なりのアプローチだったのかもしれません。たぶんあたしが見ていない、外の世界でも、沖田は毎日そうやってに接してきたのでしょう。だけれど肝心のがなかなか気付かないので、どうやら沖田はしびれを切らしてしまって、こうして実力行使に出てしまったみたいです。

 けれど寝耳に水、不意打ちすぎるが動揺するのは当然で、「え、ええ、」と、意味のない言葉をもらしながらあっという間に顔を赤くしてゆきます。沖田は言い終えると、そんなに自分の顔をゆっくりと近づけました。動揺しているでしたが、その意図に気付くと顔をぱっと横に向け、の唇にとどくはずだった沖田のそれは、の頬にそれてしまいました。沖田はちゅ、と音を立てて頬に吸いついたものの、すぐに唇をはなして不満げに名前を呼びます。

「・・・
「だ、だって、て、あれ?ああっ!」

 沖田から顔をそらすべく机のほうを向いていたは、ようやく、ここでようやく、机の下に転がっているあたしを見つけました。は真っ赤な、今にも泣き出しそうな表情をしていましたが、あたしを見つけると天の助けといわんばかりにほっと息をつきながら腕をいっぱいにのばし、あたしをつかまえると、ずい、と沖田の前に差し出しました。久しぶりの電灯の明るさと目の前の沖田に、あたしはなんだかくらくらしてしまいます。

「お菓子!ありました!」
「・・・いつのでィ、それ」
「そんなに前じゃありません、おいしいですよ!」

 言いながらあたしを包みから取り出すと、は有無を言わさず沖田の口に押し込みました。突然沖田の舌にくるまれたあたしは、その熱さと沖田の唾液に、すぐに自分がとけていくのを感じます。これがなめられるってことなのだわ!と感動しているところに、沖田の口の向こうから、の声が聞こえてきました。

「ね、隊長、お菓子あげたから、イタズラはしないでください」

 沖田にぬめぬめとなめられ続けてワケが分からなくなってきているあたしには、の言っていることもよく聞こえませんでしたが、沖田の「わかりやした」という声がすぐそばで聞こえたかと思うと、不意に沖田が動いて、唇がわずかに開き、その先にの唇が見えたときは、二人がキスをしているのだとすぐに分かりました。

「・・・!!」

 のくぐもった声がしましたが、沖田が無理やりその唇をこじあけます。あたしのすぐ横を熱い吐息がかけぬけていって、やがてあたしが沖田の唾液と一緒にの口におくられると、こわばるの舌にはおかまいなしに、沖田の舌がの口の中をひどくゆっくりとした動きでなめはじめ、それと同時にあたしのからだも沖田との舌になめられ、ころころ転がされ、いろんな熱い動きがおさまるまでに、あたしはだいぶ小さくなってしまいました。

 沖田の舌が出ていったの口の中に残されたあたしに、が大きく息をしながら話すのがすぐそばで聞こえます。

「なん・・・、隊長、イタズラしない、て」
「いたずらは、しやせんぜ」

 わずかに開いたの口から、ぼんやりと沖田の顔が見えました。それがまた近づいてきて、沖田の口が目の前で動きます。

「いたずらしねェから、をくだせェ」

 それからまたすぐにあわさった唇に、さっきまでずっとこわばったままだったの口が、やがて応えるようにちいさく動きました。あたしはそれになんだかとても嬉しくなりましたが、二人の熱いあついキスでとろとろにとけてしまったあたしには、残念ながらそのあとのことは分からずじまいでした。










食べる?





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おかしみたいな、きみ!

(ソノエ/2009.10.30)