今年もまた、夏祭りの時期がやってきた。
 も属する真選組は、昨年に引き続き祭りの警備をしなければならない。祭りの最中にひどい騒ぎがあったのも記憶に新しいので、隊士の多くが駆り出されることになっていた。

 が、

「そんな拗ねんじゃねェやィ」
「・・・べつに、拗ねてるわけじゃ」

 いや、拗ねてる拗ねてる。隣を歩きながら総悟が言えば、は口を尖らせその上司を見上げた。

「留守番って響きがイヤなだけです」
「仕方ねェだろィ、屯所カラにするわけにはいかねェんだ。留守を守るのだって立派な仕事だぞって近藤さんも言ってたろ」
「わかってますけど。・・・なにも当日になって言わなくたって」
「そんなに祭りに行きたかったんですかィ」

 にやにやしながら見下ろしてくる総悟を、軽く睨みつけてみる。それから視線を廊下の先に移すと、ちいさくため息をついた。


 局長室から出てきたばかりのが先ほどその局長に言われたのは、「屯所にて待機」。てっきり自分も祭りの場で警備をするのかと思っていたはそれにぽかんとして、同じく局長室にいた総悟(当然のごとく現場担当)に笑われ、むすりとして、今に至る。

「だって、行くんだと思ってたんですもん」
「どうせ遊ぼうとか食おうとか思ってたんだろ」
「・・・思ってないですよ、隊長じゃないんですから」
「どーだかねェ」

 相変わらずにやついたままの総悟は「ま、おとなしくしてなせェ」と言い残すと、廊下の角を曲がっていった。そのまままっすぐに進むは、上司の後姿を見て肩を落とす。

 行きたかったといえば、もちろん行きたかった。年に一度しか行われない、江戸で最も大きな祭りだ。この先も真選組に所属し続ければ、おそらくはプライベートで行くことなんて到底叶わないだろう。だからせめて、たとえ仕事でも行けるなら、雰囲気だけでも味わえるならと思ったのだ。決して遊ぼうとは思っていない。

(今年は花火もあがるって言ってた)

 事前にずいぶん告知していたから、さぞかし派手で華やかな夜になるのだろう。本当に、どうしてこんな日に限って待機にされちゃうんだろう。
 総悟のいなくなった廊下の先をじっと睨みつつ、は大きく息をついた。

(だって、一緒に見られるかなって思ったんだもん)

 じわじわじわじわ鳴く蝉にばかにされているみたいで、ついでに庭のほうも睨んでみた。暑い。












 遠くの空からドン、と大きな音がするのに気が付いたは、書き物をしていた手をとめ、庭へと面する障子を開けた。
 総悟も含めた隊士たちが出払ってからだいぶ経つ。ほか居残りの隊士数名は、皆それぞれに自分の仕事を片付けるなりしていた。は溜まっていた書類の作成を進め、その間、緊急事態が舞い込むこともなく、屯所はすっかり静まりかえっていたのだった。

「あ、・・・花火」

 障子を開け、ちょうどが空を見上げると同時に、赤く大きな花が夜空に広がった。障子に手をかけたまま、ぽつりとつぶやく。

「屯所からも見えるんだ・・・」

 確かに祭りの会場はそれほど遠くない。上がる花火も相当大きいもののはずだから、ここまで届くのだろう。
 昼間はあれだけ暑かった外も、こうして日が沈み、すっかり夜になってしまえば、それほどではない。たまの夜風も気持ちいい。作業を進める間に誰にも邪魔されることがなかったので、書類ももうほとんど片付いたも同然だ。

(いいや、休憩しちゃおう)

 廊下にそっと出ると、障子を閉め、縁側に腰掛ける。次々とあがる花火を見ているのは楽しかったが、今ごろ祭りの賑わいも最高潮なんだろうなと思えば、自分が行けなかったことがやっぱり残念だった。

(・・・隊長も見てるのかな)

 総悟が花火に興味があるのかどうか知らないが、これだけ派手に打ち上げられているのだ、目に入らないわけがない。

(でも隊長なら、寝ちゃってるかもしれないな)

 そう考えると、なんだか本当にそんな気がしてきて、は一人ちいさく笑った。
 総悟のことを考えるのは楽しい。こう言ったらこう返してくるのかな、だとか、たぶんこうしたら喜ぶだろうな、とか。想像したとおりの反応があれば当然嬉しいが、そうでなければそれはそれで、新しい発見にもなる。今回も、一緒に祭りに行ったことも、花火を見たこともなかったから、また新しい総悟を知れるチャンスだったのだ。

 それなのに。

「局長め・・・」
「オイオイまだ拗ねてんですかィ、往生際が悪ィや」
「へっ、」

 ば、と声のする方向に目を向けると、今ここにいてはならない人物の姿があった。「隊長!?」目を見開いてそう呼べば、総悟は「おう」とのん気に片手をあげ、それに応える。

「あれ!?だっていま花火・・・まだお祭り終わってないですよね?どうしてここに、」
「今夜は至って平和なもんで、近藤さんに許可もらってきた。おら、これ」
「え、」

 歩み寄り、ずいと目の前に差し出された大きな袋を覗き込んでみると、暗がりの中にぼうっと浮かび上がる白くてふわふわの、

「・・・わたあめ?」
「食いたかったんだろ?」
「は?」
「だから、祭りに行きたかったのってそれが食いたかったからだろって言ってんでさァ」
「え、はぁ・・・まあもちろん好きですけど・・・」
「前に言ってたじゃねェか、祭りに行ったら綿飴は絶対食うって」
「言いました?」
「言った」

 総悟に言い切られても、には特別覚えがない。ただ、綿菓子は確かに好きで、祭りに行けば大抵食べているから、誰かとの会話の中でそう話した可能性はある。でもそれを総悟に言ったことはないはずなので、たまたま聞いていたんだか、そしてそれを憶えてくれていたということになる。

(それは、すごく、嬉しいな)

 隣に腰掛けてくる総悟に「ありがとうございます」とお礼を言った後、袋から綿菓子を取り出した。ふわふわの白い表面に、どんと夜空に打ちあがった花火の赤や青がきらめく。

「すげーなァ」

 空を見上げながら総悟が言うのに、も大きくうなずいた。そっとかじりついた綿菓子の甘さが口いっぱいに広がって、なんともいえない幸せな気分になる。昼間は、まさかこんな展開になるなんて、これっぽっちも思っていなかったのに。

「うめェかィ」
「はい!ごちそうさまです!」
「じゃー俺にもちょっとくれィ。向こうでなんも食ってねェんでさァ」
「は、」

 がなにか答える前に、総悟の頭がゆったりと傾く。そのままの目の前で、と同じように、真っ白な綿菓子にかじりついた。かじりとられたところがうっすらと溶け、花火の明かりをわずかに反射した。ぱん、ぱらぱら、火花の散る音がする。

「甘ェ」

 総悟が食べてしまった部分と、隣で唇に残った砂糖を舌でなめとる彼の姿とを交互に見やった後、ぼ、と音が聞こえてきそうなくらいにの顔が赤くなった。すうとすり抜けていく夜風も、熱くなった頬を冷ましてはくれない。ごまかすように慌てて、空にあがる花火を見上げた。

「た、隊長、お祭りどうでしたか?盛り上がってますか?」
「まあ、かなり」
「楽しそうですね。隊長もお祭り好きだから、お仕事とはいえけっこう楽しんでたんじゃないですか?」
「あー、けど」

 どん、ぱらぱら。遠くの花火の音が、総悟の言葉に重なる。

がいたほうが楽しいだろうなって思った」

 なんとなく。そう告げられるのに、頭のどこかが綿菓子みたいにとけてしまいそうな気がした。






溶けちゃいそう






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(ソノエ/2009.8.9)