会いたくて
5日ぶりに電話越しに聞くの声は、総悟の耳を通して全身にぴりぴりとした妙な刺激を与えた。文字通り毎日顔をあわせ、幼いころからをあわせても声を聞かない日を数えるほうがきっと早い自分たちにとって、5日ぶりにして聞く幼馴染の声がどこか変化しているように感じたのは多分仕方のないことで、でもきっと何にも変わっちゃいないのだろうということも理解している。
「そんな感じで問題なく終わったんだけど、念のためこっちにもう一泊するから。土方さんにそう伝えておいてくれる?」
近藤以下数名と共に遠方へ出張していたからの電話の内容は、当然ながらその仕事に関するものだった。部屋の中でうとうとしていたところを電話の着信音で起こされ、不機嫌ながらも耳にあてれば飛び出してきたのがの声だったから一気に目が覚めてしまった総悟だったのだが、はじめに一言「元気?」があっただけで、あとは全部が任務の報告。5日ぶりの会話は仕事のことばかりで、の声が変わったような気がするけどそれはおそらく総悟の気のせいで、だから相手はきっといつも通りで、でも自分の気持ちはいつも通りではなくて、総悟は一度起き上がっていた身体をまた畳の上にごろりと横たえると、ぶすりと、思い切り不機嫌丸出しに返した。
「じゃあ土方さんに電話すりゃ良かったろィ」
「え?」
低くつぶやくように言ったので、にはよく聞こえなかったのかもしれない。受話器の向こうはさっきからずっと隊士たちの声でざわざわしているのだ。それにも苛々してしまう総悟は言い直すことはせず、口を尖らせた。顔が見えていないと思うからなのか、つい幼いころのような態度をとってしまう。
そもそも自分だって付いていきたかったのだ。近藤と一緒なのでそこまで心配してはいないけれど、でも万が一ということもあるし、その万が一の場合を想像すると、らしくもなく不安になってしまったり。
けれど電話越しのは元気そうで、まあそれは別に良いことなわけだが、能天気なその声を聞いていれば、子どもっぽいとは自覚しつつも不機嫌になるのをどうにもできなかった。
「・・・」
総悟が黙っていればも黙り込み、しかし周りの音から、彼女が移動していることが分かった。ざわついていた隊士たちの声が聞こえなくなり、やがて静かになる。彼らと距離をとったらしいは、「だって、」と言った。
「せっかく電話するなら、総ちゃんにと思ったんだもん。いけなかった?」
周りに聞かれてしまわないように離れ、沖田隊長じゃなく昔からの呼び方で、はすっかり、本当に総悟のよく知るいつも通りのになった。それに簡単に口元をほころばせてしまう自分は相当単純だと思う。
土方に直接電話すれば一番手間がかからないということは、が一番よく分かっているに決まっている。そしてがそれを承知の上で電話相手を総悟に選んでいることも、総悟だってよくよく分かっていた。
「別に?」
「そういう言い方するし。ほんとは嬉しいくせに」
「誰がでィ。俺ァちょうど昼寝の最中だったんだぜィ、お前タイミング悪ィんでさァ」
「はいはい。そんなこと言って、電話しなかったらしないで怒るに決まってるんだから」
分かってんじゃねえか、内心で総悟は思った。電話がなければ確実に自分は、が帰ってきてからネチネチぶつぶつ文句を言い続けたに違いない。だからがわざわざ自分を選んで電話してきたのは総悟のことを思ってのことで、はじめはその電話の声を聞いただけで満足したはずだったのに、声が聞ければ聞けたで、仕事の話じゃなく、もっと違った言葉がほしいと思う。が相手だと、どんどんわがままになっていく。
「じゃあ総ちゃんの番ね」
そんなことをぼんやりと考えていると、電話越しになにやら言い出した。総悟は寝転がったままに眉を寄せる。
「は?」
「だってわたしばっかり言うのは不公平じゃない?」
「なにを」
「なにをってさあ・・・。わたしからの電話、待ってたんでしょ?」
「べつに、」
「そういうこと言うと、一泊じゃなくて二泊してくるからね。もともともう少しかかるだろうなって言ってたの、すっごいがんばってせっかく明日帰れるようにしたのにな〜、でも総ちゃんがわたしがいなくても寂しくないって言うなら、あと二泊しようかなあ、ゆっくり観光もできてないし・・・」
そう来るか。声だけとはいえ、が今確実に楽しそうに喋っていると容易に想像できる。普段だったら適当にかわしているところだが、非常に不本意なことに、の声を聞いたら、もう一日だって待っていられない。
「もう言いに行っちゃうからね。あ、近藤さーん」
「」
遮るようなタイミングで名前を呼べば、はすぐに口を閉じて「ん?」と返してきた。コイツ本当に楽しんでるな。呼び止めたこともなんだか悔しい。総悟は寝ていた身体を起こすと、できるだけ平淡に言った。
「・・・・・会いたいとか言うと思ったら大間違いだぜィ、余計な旅費なんか使うくらいだったらとっとと帰って来なせェ」
「うん」
すぐにきた返事に、総悟は一瞬言葉に詰まる。ふふふふふ、耳慣れたの笑い声も聞こえた。
「総ちゃんの本音もちゃんと聞けたから、明日一番の新幹線で帰ってあげる」
「言わねーっつってんだろ、何聞いてたんでィ」
「総ちゃんがほんとは寂しがってるってこと。わたしも会いた、あ、近藤さん呼んでるからもう切るね。あと一日いい子にしてるんだよー」
「はあァ?おま、」
え。電話は本当にそこで切れて、ツー、という音に切り替わる。なんだこの、とてつもない敗北感。
「・・・言わせんなら自分も最後まで言えっつーの」
いい、もう、帰ってきたらいじめてやる。
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(ソノエ/2009.6.28)