「よーし、そろそろ休憩すっか!」
雲雀のもつトンファーをムチで弾き飛ばしてすぐ、ディーノはそれまでと雰囲気をかえて、笑いながら言った。一応現時点で彼の生徒である雲雀恭也は不満げに眉を寄せて、けれど大人しく腕を下ろす。もうかなりの時間ディーノと手合わせしていた自覚はあるし、それにもう彼が地面に座り込んで完全に休む体勢に入ってしまっているので、言うことを聞かざるをえなかった。
すこし離れて腰を下ろす雲雀に向かって、ディーノはつまらなそうに口をとがらせ、声をかけた。
「おいおい、たまには師弟の絆を深めようぜ!こういうときじゃねーとゆっくり話もできないし・・・」
「話すことなんかないけど」
「・・・お前さあ・・・クールすぎるのも考え物だぞ・・・」
そうは言いつつ、諦めがべつに良くはないディーノは自分から移動すると、雲雀の隣に改めて座った。雲雀はやっぱり嫌そうに腰を浮かしかけたが、ディーノがまあまあと言いながら、がしりと腕をつかんで離さない。とても不本意そうに、雲雀は元の通りに座るしかなかった。
「なに話すかな・・・あ、悩み相談なんてどーだ?いくらお前でも、悩みのひとつやふたつくらいあるだろ」
「・・・あなたに話すくらいだったら自分で何とかするよ」
「おま・・・・・そういわずに、ひとつくらい挙げてくれよ。俺の立場がねーよ、ほんとに」
「強いて言うなら、ろくに学校にも行けずにこんなところでこんな話をしている今の状況をどうにかしたいってことだね」
それを言われると、ディーノには返す言葉がなかった。ガーン、とショックを受けたような顔になって、無理やり話題をそらそうと、で、でも!と口を開いた。
「あーっと、恭弥ってあれだな、相当学校好きだよな。珍しくないか、お前みたいな、その・・・そういう感じで学校に行きたがるのって」
「行きたがるっていうのとは違うと思うけど、確かに嫌いではないよ。あれは僕が管理してるようなものだし」
「そ、そうなのか・・・」
その学校がいまどんな状況になっているか、とてもじゃないが俺の口からは言えない。ディーノは内心でそう考えて、それでもなぜか話を長引かせる方向で会話を続けてしまった。
「あれ、なら今は誰が管理してるんだ?」
「委員会の連中が僕の言いつけ通りに行動してるはずだよ。それなりにはしつけてある」
「・・・あ、そう・・・」
「ああ・・・でも、・・・・・」
気になることをつぶやいて、それきり雲雀は考え込むように口をつぐんだ。興味を覚えたディーノは、どうした?と素直に訊いてみる。
「べつに」
「べつにってことはないだろ・・・。なんだなんだ、俺が相談に乗ってやるぜ!」
「・・・大したことじゃないよ。ただ一人、僕がいないと困るだろうなってやつがいたから」
「へえ?」
話の流れとして、委員会の誰かだろうか。そう訊ねると、雲雀は否定した。
「全く関係ない。そのくせ、やたらと顔を出すんだ。他に親しいやつがいないんじゃないかってくらいに」
「ふうん。男?」
「女」
「女!」
へえええ!と大げさな反応をみせて、ディーノは完全に話題に食いついた。雲雀としては、なぜここまで興味をもつのだろう、とむしろ不思議に思ってしまう。べつにおもしろい話ではないのに。
「名前は?見た目は?かわいいのか?」
「・・・・・・名前はだけど、それ以外のことをあなたに話す必要はない」
「そ、そういわず・・・。あ、あれか、俺が興味もってんのがイヤなんだろ。大丈夫だって、横取りなんかしねえから!」
「なに言ってるの?」
本気で訊き返しているらしい雲雀に、ディーノのほうがすこし首をかしげた。
「でも、恭弥がいないと困るって言うんだろ?」
「実際に言ったわけじゃなくて、そうだろうって話だよ。教科書だったり弁当だったり、しょっちゅう忘れ物して借りにくるし、宿題がわからなかったって聞きに来るし、ひとりで帰るのはさびしいから一緒に帰ろうとかって乗り込んでくるし」
「・・・・・・」
「正直面倒なんだけど、でも僕がなんとかしてやらないと生きていけないような気がするから・・・なに?」
「え?ああ、いや、べつに?」
にやにやと雲雀にとって好ましくない笑顔をむけてくるディーノへうさんくさい視線を投げて、彼から視線をそらした。ちらちら光りだした星を見上げると、まぬけにもとれる笑顔を浮かべるが思い出される。もうどれだけ会っていないだろう。毎日のように顔を合わせていたのに、はもしかして、ひとりでどうにかなってしまったりだとか、していないだろうか。出発前に一度、顔を見ておくべきだったかもしれない。
そんなふうに考える雲雀の横で、ディーノは楽しそうに言った。
「大事にしてんだな、その娘のこと」
「・・・そんなことはないよ」
「そうかなあ。けど、お前は好きなんだよな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・はあ?」
なにを言ってるんだ、とばかりに雲雀はディーノを振り返った。え、とディーノはきょとんとして、ちがうのか?と目をまるくする。
「違うも何も・・・なにそれ?」
「だってお前、今の話聞いてたらそうなのかなあって」
「なにを聞いてたのさ。僕はただ、が今ごろ僕がいなくてもきちんと生きているか多少心配で、帰ったらすぐに顔を見にいったほうがいいだろうなって、そう考えてるだけだよ」
「でもそう思うのってその、って娘だけだろ」
「当たり前じゃないか」
雲雀があまりに淡々としゃべるから、ディーノはついにふき出した。突然笑い出した青年をどう思ったのか、雲雀は妙なものでも見るかのような目つきで眺めている。こいつもなんだかんだ言って、まだガキなんだよな。それは口には出さなかったけれど、これだけは言っておこうとディーノは笑い声のすきまから告げた。
「そういうのを好きっていうんだって、俺は思うぜ」
きらり、と頭の上を光が流れた。
――――――――――
微妙?
(2006.11.3)