十二月某日〜二十四日
   番外 遠恋愛歌 〜 Happy Christmas Song.






 別れの日。駅のホームで抱きしめ合った似ているようで似ていない二人の話を覚えているだろうか。その後も二人はあの日感じた互いの感触も匂いもぬくもりも未だ忘れる事もなく、幼い日からの思い出同様にあの七日間を大事に大切にして今を過ごしている。
 ふとしては目を閉じずとも浮かぶその顔に、伸ばせば手が触れれそうだと思い、特別耳を澄まさずとも聞こえる呼び声、笑い声には思わず微笑してしまうことも日々しばしばと、こういった感じだ。
 文月、七月。あれはまだ梅雨が明けるか明けないかの頃。自身と幼馴染は同月同日生まれ。それに合わせて武州から一週間ほどの予定で江戸へとやって来たとそれを出迎えた総悟が、そんな記念すべき自分達の生まれた日に幼き頃からずっと抱き続けてきた想い、離れて知った恋い慕う想い、その二つを漸く通じ合わせたのはまだそう遠くない日の事のように思えてそうでもない。
 月毎の暦はめくりめくられ、実際にはもう半年弱は経過している。時の経過、季節の遷り変わりとは本当にあっという間で早いものだ。

 寒さもだいぶ厳しくなり今は年の瀬も押し迫る、師走。文字通り師も走るとはよく言ったもので、総悟の居るここ真選組でも年末を目前として猫の手も借りたいほどの忙しい毎日が送られていた。とは言いたいが案外それがそうでもない。ここのところ攘夷派の動きも大人しく、あるとすれば時季と酒に溺れた酔っ払いの世話や年末を迎えると思い出したかのように行われる道路工事。その整理にあたるようなもの。あとは普段と変わらぬ市中見廻り程度。この日もまた然り。隊士達は仕事を終えた順から寛ぐというパターンで会議室という名の広間に集まり暖をとっていた。総悟もまたその中の一人である。
 こもり聞こえる落語の音と規則正しい振動をスラックスポケットの中に感じては総悟は立ち上がる。むさ苦しく男臭の溢れた広間を後にした。マイペース。相変わらずの行動にそこに居る誰もどこへ行くのか?などとわざわざ訊ねる事はしない。
 障子戸を引けば冷たい風が総悟の前髪をさらさらと弄ぶ。額を擽る。踏み出した足、その靴下越しにでも床板の冷えは鋭く伝わり、彼はぶるりと肩を竦めた。タンと後ろ手で戸を閉める。ついこの前まで青々とした葉を生い茂らせていた庭木の枝は、今ではすっかりとその袖を脱ぎ茶の枯れた葉が一枚、寒風に心もとなく揺れている。
 総悟はそれを見ながらポケットの中で鳴る事も震える事もやめ大人しくなった携帯を取り出す。そうして二つ折りのそれを開く。
 "そーちゃんげんき?風いてないですか?きようは…"
 「誤変換、"いて"ってなんでィ」
 携帯電話機の画面に映し出された文字を見てボソリとツッコミを入れると総悟は慣れた手つきでボタンを手繰る。
  ったく、いつんなっても進歩しねーや。
 心中でそうごちては自身がたった今口にしたのとまんま同じな文字を素早く打ち込み文章にしていく。その時間はものの数秒だ。親指で送信ボタンを押す。パタムと携帯を閉じれば側にある柱に背を凭れさせた。それから届いたろう自分からの返事に「あ、またやっちゃった」と小さく舌を出すの顔を思い浮かべ微かに口許をほころばせる。それはとても穏やかな表情だ。

 総悟がへの誕生日プレゼントとして贈った携帯電話は、別れのあの日から遠く離れて暮らす二人を繋ぐ大事な手段として今ではなくてはならない存在となっている。が、実はこれ互いの声を聞くといった意味ではほぼ活用されていない。少しばかり時間を遡ろうか。
 長時間列車に揺られ武州へ着いた翌日、総悟から電話を貰ったは無事帰路に着けた事を彼に報告しながらふとあることを思い出す。携帯って便利だな。そーちゃんの声が近い。そう思いにっこりとゆるめていた頬はすぐに引き締まる。
 「そーちゃん、あのね、」
 「何でィ?」
 「…切るよ」
 一寸前までの明るい声音は一変し総悟の耳には珍しく厳格なの一言が届く。「どうしたんでさァ」彼はとりあえずそう訊ねる。とりあえずと先につく訳は、だいたい彼女が何を考えているかなんて事を彼がお見通しのうえでそうしたからだ。
 の性格を総悟は恐ろしいほどに熟知している。その為、誕生日プレゼントであるこれを受け取らせるにもいろいろと思考をめぐらせた。そんな彼である。もちろん受け取らせる事に成功して全て終わりでない事も想定済みだ。
 「うん、だってコレそーちゃんのお金だし」
 ほーら、やっぱりでィ。
 総悟はがこの辺に関しての事を甚く気に掛けるのをよく知っている。長い付き合いだ。側でよく見てきた。ここ数年は離れ離れとなっているが、その時間よりも一緒にいた時間の方が断然長いのだ。たった数年で彼女の何が変わろうものか。変わっていないのはこの一週間で証明と確認済みだ。
 「気にしねーでいいですぜィ」
 「気になるよっ!」
 総悟名義で契約した携帯は料金の支払いも勿論総悟へと請求される。すっかり忘れていた。が、それにまた気づいてしまえば安易に彼の声が近いなどと喜んでいられないである。
 「そーちゃんはよくても私はよくないっ!」
 「まだ何分も話してませんぜ」
 「だって距離あるよっ!ここと江戸とじゃスゴイお金になっちゃうよ!」
 必死なの声にその理由を聞けば流石にそこまでは総悟の想定外で彼は軽く苦笑する。そいつァ据え電の場合でさァ。携帯電話の料金というのはどこに掛けようが全国各社一律だ。どれだけだと彼は思う。
 総悟の口からもれた失笑に近い苦笑は受話口に吹きかかり僅かな吐息をの耳に届ける。それに気づいて彼女は顔を顰める。声の調子を落とし普段よか幾分か低めにしては窺うように訊ねる。
 「そーちゃん、なんで笑ってるの?」
 不機嫌な声音にまたククとあげる笑いは喉で押し殺したものだ。総悟は携帯を手にしていない方でぐうを握り思わず口許にあてがうと堪えきれぬ笑いを混ぜてこう答える。
 「いんや、何でもねェー…」
 事実を知ったの反応を思えばもっと笑えるのだろう。けれど総悟は教えはしない事にした。
 このままで、このままので居て欲しい。いつまでも、ずっと。
 「もうっ教えてよー!何で笑うの?ねえそーちゃんっ」
 「いや、マジで何でもねーやィ。まったく、そのとおり…の言うとおりでさァ」
 自分は今あきらかに総悟に馬鹿にされている。はムッと頬を膨らませた。何度訊ねても総悟は一向に理由を教えてくれはしない。もういいっ。そう言っては眉を吊り上げる。
 「とにかく!ちゃんと私も払うからっ!!口座教えて!振り込むからっ!!」
 「いーっつてんだろィ、だいたい口座なんざ持ってやしねェ。どうせたいした額じゃねーでさァ」
 「何言ってんのそーちゃんっ!一円に笑うと一円に泣くんだよ!それに私そーちゃんだけに負担かけるのは嫌だよ!絶対嫌なのっ!!」
 「負担たァオーバーな。そんなもん何もありゃしねーぜ」
 「そうでも嫌なのっ!とにかく絶対嫌なのっ!!」
 自分に負担をかけるのは絶対嫌だと言うの意地は何度総悟がなあなあに宥めても一点張りのそれを崩さず五分強の言い合いが続く。
 「わかりやした」
 「ホントっ!?」
 いつまで経ってもこれでは埒が明かない。そう思えば仕方なく自ら折れるをする総悟である。が、けれどそれはただではない。一つ条件つきだ。「こうしやしょう」そう言う彼に「うん、なーに?」との声は明るい。
 「電話は月一、あとは電信のみで。それと金は送んじゃねーぜィ。届いても絶対ェ受け取らねェんで」
 その条件を聞いては一旦黙るである。が、総悟が眩しい空を見遣りこの先に…と彼女を想い後に続けた一言が、その声音が、彼女にあの晩を思い出させ、頷くをさせる事となる。
 "たいしたモンじゃねェ。金とかそういう意味で受け取れねーってのは無しだぜィ"
 "にとっちゃ不要でも俺にとっちゃそうじゃねェ"
 「そんくれェ、さしてくれィ」
 誰の為に?自分の為に、の為に。の為に、自分の為に。二人の為に。
 携帯を握る手にきゅっと力が籠もる。は小さく、けれどしっかりと頷いた。
 「…うん」
 お金云々じゃない気持ちがすべて。総悟の気持ちを察しては自身に身を置き換えは思う。自分がもし総悟の立場だとしてもきっと、いや絶対に同じ事をして同じ事を言うだろうと。
 「そーちゃん、わかった。わかったよそーちゃん」
 それを聞けば総悟はふっと口許をほころばせる。「分かりゃあいーんでィ」空から視線を前へと向けると、そう答えた。

 このような事があり携帯電話の電話とは名ばかり。二人の間では携帯"伝心"機としての役目をほぼとなしているのそれである。彼女のとあえて言うのは、総悟は常々仕事やプライベートでの使用頻度も高いからだ。が、彼女のそれは総悟との繋がり。もちろん未だ電話帳メモリには一件、総悟の入力した彼の番号とアドレスしか登録されていないのである。
 からの電信本文は総悟が彼女へと携帯を購入した当初から予想していたとおり誤変換と誤り文の嵐だった。やり取りの回数をどれだけ重ねてもその中身には一向に進歩の色が窺えない。時に何を伝えたいのかわからない文面に総悟は眉根を寄せて画面に目を近づける。返信するも彼女からのそのまた返信も意味不明、解読不能。となれば自身の方から空いた時間を見つけ電話をしてしまう。月一と決めていても受ける事は受けるのだ。ただ、彼女からは本当に月に一度しか電話をくれない。そういった感じだ。もちろんの総悟だけという負担云々の気持ちは変わらない。だから彼からのそれを受けるはしても交わすのはほんの一言二言で「じゃあねっ」と慌しく直ぐに切ってしまう。ツーという虚しい終話音。それを耳から遠ざける。画面に映る短い通話時間を黙って見遣る総悟である。そうしていればディスプレイはふたたび明るく点る。メッセージを受信する。誰からなんて言うまでもない。このタイミングはしかいない。
 まだ着信の音が鳴りだすその前に、総悟は適当なボタンを押し鳴ることを遮る。ボタンを手繰り封を開けばそこにある文字に真顔は崩れ、苦笑する。
 "おかねかるから"
 「が」が足りないと心で呟く総悟である。どこまでも強情なに内心呆れる気持ちも湧くのだが、その"らしさ"がたまらなく愛しいという想いの方が彼の中で格段に上回る。
 皆の、特に近藤や土方といった武州の頃からの同士の前では絶対に顔にも口にも出さない総悟ではあるが、短くて間違いだらけで、内容もまた取り留めのないもので、けれど毎日少なくとも必ず一通は届くからの電信を、彼は密かに楽しみにしているのだ。
 "そーちゃん"
 画面に映るどんな文字も自身の耳にはのその声をも聞かせるほどに。
 そのとき総悟はとても穏やかな顔をして微笑むのだ。もちろん、今もまた然り。
 手にした携帯が震え落語の音を奏でる。総悟は閉じたばかりのそれを開く。
 "まちがえちゃた"
 小さく口許をほころばせ呟くツッコミも先ほど同様にまた鋭い。
 「ちっせェ"っ"が抜けてまさァ」
 けれどその顔も声音もやはり穏やかなものなのである。







 「母さーぁぁんっ、ああっ何でこんなっ!もう母さーーんっ!!」
 バタバタと部屋の中を走るの手には毛糸でできた中途半端な丈の帯が揺れている。焦りとも苛々とも困ったとも取れるややこしい顔の彼女に彼女の母親は炊事の手を止め振り返る。どうしたの?そう訊ねる。が、直ぐに聞くまでもなかったと悟る。
 「目が一つ消えた」
 「消えたじゃなくて消したでしょう」
 「違うよ消えたのっ!!」
 どれ貸してごらんと母親はの手から交差する二本の編み棒を受け取った。二、四、六と編み目を素早く数えていく。傍らでその手元を覗き込むようにして「大丈夫?」と訊ねるの表情も声も不安げなものだ。
 「あー、ホントだ。一つ消しちゃったね」
 「だから違うって!消したんじゃなくて勝手に消えたんだよ!!」
 顔を真っ赤にして息巻くに母親はふふと頬をゆるめた。
 「大丈夫?直る?母さんどうにかできる?」
 「大丈夫。心配無用だよ!母さん何年母さんやってると思ってんの」
 そんな口でのやり取りの最中も母親の手は動き、うまいこと彼女が消してしまった編み目を復活させる。「ほらっ」無事元通りとなったそれを受け取って、彼女はホッと安堵の吐息をついた。
 「間に合うといいね」
 「絶対間に合わせるよっ!」
 の目はもう母親へ向くことはない。受け答えはきちんとしつつもその目は編み棒の先にだけ向けられる。母親はそんな娘を微笑ましく見つめる。止めた手を動かすのを再開させる。
 「総悟君喜んでくれるといいねー」
 「うんっ!気持ちがね、肝心なの。だからいっぱい籠めるの。伝わりますようにーって」
 「好きの気持ちが?」
 「もちろんっ!てか母さんに何でこんな話しなくちゃなんないの!恥ずかしいなもうっ」
 「何言ってんの今さら」
 そっかとごちる声音と指先に力が籠もる。額にも眉間にも皺を寄せ、いつになく本気モードながいったい何をしているかといえば、それは先の母親の話に総悟の名が出てきた事で分かるとおり、彼への贈り物を作成中だ。何の贈り物かなんてあえて聞くのは愚問だろう。今は師走。年を越す前にある一大イベントといえば、クリスマスである。賑やかな事が大好きながこれを無視することなど到底考えられない。
 寒空の中の市中見廻り。その存在を主張しようと思えばきっと隊服の上に外套(がいとう)などは羽織れやしないだろう。が、そうであってもそうでなくとも、足して襟巻き。首周りとはこれ重要な箇所で、そこを温めるか温めないかだけで体温というものはだいぶ違ってくる。
 "そーちゃんが風邪ひきませんように。これくらいなら、いいよね。"
 そんな理由からは総悟へのプレゼントに迷うことなくマフラーを思いつき、贈ることに決めたのだ。既製品なんて初めから彼女の頭にはない。手編み。編み物なんて未だ嘗てしたことがない彼女ではあったが、マフラーといって、大好きな総悟へと贈るものといって思えば、もうそれでしか考えられなかったのだ。
 誰の目から見ても残念な事にお世辞も言えぬような仕上がりではあるが、それでも母親を講師にして一生懸命。総悟を想う気持ちはいっぱいいっぱい籠めている。それはきっと総悟になら伝わる。絶対伝わるはず。
 というわけでは今、総悟へと心を籠めたクリスマスプレゼントにマフラーを編んでいる真っ最中なのである。
 「ねえ母さん」
 洗濯物を畳む母親の側で黙々と編み棒を動かすのその顔は真剣なものだ。その顔は先月も後半から毎日毎日見ることのできる家の名物。
 「なに?また目失くしたの?」
 「違うよもうっ!あとどれくらい編めばいいのかなって聞こうとしたのっ」
 「あっそう、どれどれぇ…うーん、そうだねぇ…」
 畳み終えた長着を脇に避け娘の膝の上、不恰好ではあるが毎日着々と延びてこの長さとなった毛糸の帯を見て母親は首を捻る。続いた言葉を聞いては一旦編み棒から手を離すとんーっと大きく伸びをした。
 「頑張らなくちゃ!」
 そう言って笑顔で自身に気合を入れ直すのだった。



 がそうして日々慣れぬ手つきで編み棒に絡めた柔らかい糸と格闘している時期同じくして江戸。一方の総悟はその頃土方と二人、江戸の町をパトカーで見廻っていた。
 運転手は土方。総悟は助手席に座り車窓に流れる町並みに目を向けていた。先月末にはまだ疎らだった赤と緑、白のクリスマスカラーは月替わりした師走の今、江戸の町は何処も彼処もすっかりとその色に染まっていた。
 「アイツぁ今頃ソワソワしてんだろうな。目に浮かぶ」
 隣からそんな声が掛かれば総悟は顔の向きを変え土方を見遣った。運転席側の窓は彼の吸う煙草の煙を逃す為に僅かに開いている。そこから吹きこむ冷たい風に煽られた紫煙は外へ逃れることなく車内に流れ込んでいる。意味ねーでさァ。それが目に沁みては総悟は渋い顔つきになる。「煙てェ」小さくそうごちた。
 土方がを思い出すとき、ちらりと彼女の影に重なるのは今は亡き愛した女、ミツバの笑みだったりする。中身は違えど七月にやって来た際に目の当たりにしたのその容姿は土方の記憶にあるミツバとよく似ていた。
 自分と違い切れ長な目を細めた土方をしばらくジッと見ていた総悟は、彼のその細い視界の先にではなく姉であるミツバを見ているのだと直ぐに悟る。
 二人の沈黙の時に運転席側の窓の隙間から風と共に流れ込む浮れた音楽とコチコチというウインカーのあがった音がリズミカルに共鳴する。暫くして総悟はやはり口を開くことなく顔をまた助手席の窓の方へと戻した。
 左折を済ませると土方はゆるく煙を吐きついでに沈黙を破る。
 「元気でやってんのか?」
 「じゃねーですかィ」
 「曖昧だな。連絡くれェとってんだろ?」
 「…さあ」
 素直じゃない返しに土方は嘆息し隣の席を横目に見遣る。けれど総悟は彼へと目も繰れずドアーに頬杖をついたままだ。亜麻色の髪、その後ろ頭を視界に映すのみで、土方もまた向けた横目を前へと戻す。
 「会いたくてしかたねーってツラしてんぜ?」
 意地悪く問い掛けてはくくと喉で笑う土方にムッとするでもなく総悟は答えた。
 「会いてェですぜ」
 そうしてゆっくりと頬杖をはずすと今度は土方へと顔を向ける。
 「悪ィですかィ?」
 さっきまで、いや、いつも自分に対し小生意気な事しか言わない総悟のその一言に土方はぎょっとして目を見開く。思わず踏んだアクセルから足をあげた。いつになく随分と静かな総悟にいつもの調子となって欲しかった彼はほんの軽い気持ちで言ったのである。そうでなければ、自身も調子が狂ってしまうから。ミツバを想いだし僅かに感傷に浸ってしまった車内。その沈黙に居心地が悪くて。
 「わ、悪ィーなんざ一言も言ってねーだろうがっ」
 自分を映す総悟の大きな眸から土方は目を逸らした。バツの悪さに囚われるのは、に引き続き総悟にまでミツバの面影を見てしまったから。
 "からかうなんてダメよ十四郎さん!"
 そんなふうに強く自分を咎める声を聞く。実際にはそんなもの聞こえていないのだが、土方の耳には聞こえてしまった。脇にいる総悟に、ミツバにそう言われた気になってしまった。
 がしと額の髪をかき上げるとその手で潰れたソフトケースから同じくよれた煙草を取り出す。口に咥えると素早くその先に火を点し、明るいほうへ明るいほうへと話題の転換をはかる土方のハンドルを握る手は人差し指が忙しない動きをしている。
 「何かくれてやんのか?」
 「何かって?」
 「何かってお前アイツの喜びそうなもの…」
 「…俺ですかねェ」
 空回りだ。眉間に皺を深く刻んだ土方の額に嫌な汗が滲む。非常にばつが悪い。総悟はそんな土方の反応を見てククと笑う。先ほど彼が自分をからかう時にしたものと同じように。ぴくりと土方の片側の眉があがる。
 「なーに焦ってんでィ土方さん」
 「てっめェ…」
 ギヤシフトに添えた手を土方は総悟の頭へと向け伸ばした。だがそれを総悟は素早くかわした。ちっと舌打つ土方ではあるが心の中ではほっとしていた。コイツぁこうでねーといけねェ。
 だが土方はわかっていた。最終的には自分をからかっていたように話をもっていきはしたが、会いたいと、悪いかと言う総悟の顔も声もふざけてはおらず、それは紛れもない彼の本心なのだということを。喜びそうなものと問うて、俺と答える自身はゆるぎなく。それは事実。が一番喜ぶだろうものは総悟でしかなく。また総悟のそれも彼女でしかないのだろうことも。
 「そろそろ帰ェーるか」
 「うィー…」
 土方が咥え中ほどまで吸った煙草からくゆる煙はやはり窓の隙間から吹き込む風に逆流し車内を汚していた。総悟は自身の側の窓を僅かに開ける。
 "何かくれてやんのか?"
 たった今問われたばかりの土方の言葉を思い出しては、屯所へと引き返す道のりをまるで悩みなどしていませんとでもいうようなすまし顔で眺めるのだった。



 武州に場所を移そう。西日の当たる縁側はあたたかくぽかぽかと。昼前には自身の役割を終えいそいそと編み物にいそしむの姿がそこにはある。膝を崩し座りして昼をとることも忘れるほどに相変わらずの熱心さだ。その表情もやはり数日前と違わず真剣そのもの。が、それも時にしてあと残り数秒の事。
 こくと息を呑むの顔がみるみるうちに感激至極なものと変わる。家中に響く大声でこう言う。
 「ゃあったーっ!!できたでーきたバンザーイっ!!」
 その声を聞き炊事場からやって来た母親の気配に気づきは満面の笑みで振り返る。「見て!」とたった今完成したばかりの毛糸の帯、では失礼か。マフラーをかかげた。
 よかったねの一言を貰えばうんと大きくは頷く。立ち上がりやわらかなそれを自身の首に提げると巻きつける。
 "そーちゃん、待っててね。"
 すっぽりとそれに鼻まで埋めては笑みながら心中でそう呟いた。
 時はそのイベントまでもう一週間を切っていた。送る準備にさっそく取り掛からなければとは巻きつけたマフラーを首から提げたまませかせかと動き始めた。自室へと戻る。部屋の隅にはだいぶ気の早い時期から飾られていたクリスマスツリーが置かれている。その脇にある組み立てられたダンボール箱へとは駆け寄る。中からがさがさと顔を出したのは総悟だけでなく屯所の皆への彼女から心ばかしのプレゼント、激辛せんべいである。
 皆コレ好きだよね。そうが思うのにはわけがある。それは総悟の姉であり、のよきお姉ちゃんでもあったミツバがいつも江戸へと向け送っているのを、彼らが武州を去った頃からずっと見てきたからだった。
 だが、実際は隊士達がこれを好きかといったら甚だ疑問だ。ミツバは自身が辛いもの好きと言うだけの理由から送りしていたに過ぎないような気もしないでもない。とりあえず、全員が苦手でない、僅かでも誤解ではないことを祈りたいところ。
 そんな心配なんてこれっぽちもない。あらかじめ用意していた数袋のそれを取り出したの表情は明るい。底の方へ転がっている二つの小さな袋を取り出して、またさらにその明るさは増す。小さな袋の角には緑の結わえられたリボンが張り付けられている。
 もし総悟だけに贈ってしまえばきっと大男の目は大量の涙を溢れさせるに違いない。大男というのは他でもない近藤の事だが。近藤のそれを想像しては苦笑して、彼の為にもとプレゼントを用意せずにはいられなかったである。土方はそんなことはないだろうけれど、にとって彼もまた大事なお兄さんだ。当たり前のようにささやかなプレゼントを用意した。この二人と総悟だけにならないその気遣いはいかにもらしいものだ。気遣いと言うよりは、彼女にとっては江戸で知り合ったすべての人が大切な人。もちろん、真選組だけに留まらず万事屋とそこの主である銀時を通して知り合った面々にも甘いお菓子を用意していた。楽しい事はみんなで。あの時はありがとう。そんな気持ちを籠めて。
 にとってはこうすることが当たり前で、それをしないなんて考えられないことなのだ。
 "皆へ"と書いた紙を貼り付けた数袋のせんべいと"万事屋さんとその皆さんへ"と包装紙の上に書かれた菓子の詰め合わせ。それを箱へと仕舞い直すとその上に"勲兄へ""トシ兄へ"と書かれた小袋を乗せる。そうして箱に蓋をする。ガムテープでしっかりと止める。首から提げたままとなっていた出来上がったばかりの総悟へのプレゼントであるマフラーは、これもまたあらかじめ用意していた包装紙で包みリボンをかけると別に準備していた箱に詰めた。"そーちゃんへ"そんな手紙つきだ。
 電信ではいつも間違いだらけの言葉を送りツッコまれてばかりだが、手紙であればそれもないだろう。
 皆にはない手紙。これくらいは、いいよね。皆大好き。でも、そーちゃんは特別。特別大好きだから。
 大小二つの箱を重ねてはよいしょと胸に抱えは立ち上がる。足元に気をつけながら部屋を出る。
 「母さーん、ちょっと行って来るねっ」
 草履の爪先を打ち玄関先からそう家の中へと声をかけたは慎重な足取りで近所の飛脚業者へと向かうのだった。



 時と場所をまた江戸へと戻そう。が総悟達へと心の籠もった荷物を送ったその日、総悟は非番であった。朝の稽古を済ませると久々の休日に体を休めるわけでもなく一人屯所を後にする。休みの日でも欠かさず腰に据えた刀、その柄から延びたイヤホンを耳に挿しては彼のお気に入りである落語を聴きながら町へとやって来ていた。
 ぶらぶらではない、ちゃんと目的はある。それは何かとはあえて言うまでもないだろう。彼は彼なりにの喜びそうなものを探しにきたのだ。もちろんクリスマスプレゼントをだ。
 だがやって来たはいいもののどの店を覗いても浮れた人の山に総悟は顔を顰める。中に入ることもできそうにない。一旦小休止と立ち寄ったコンビニで雑誌を立ち読みしそれが引くのを待つことにする。が、一向にその気配は衰えやしない。それどころかどんどんと人集りは膨れ上がっていく一方である。
 ふんと鼻で息をついた総悟は疾うに読み終えた雑誌を棚に戻した。仕方ねェ、特攻するか。そんな事を思えばコンビニを後にしようと出口に向かい歩き出す。が、ふとあるものに目を留めてその足を止める。
 総悟が何に目を留めたかといえばそれはガムの類が並ぶ陳列棚の側に山ほどあるこの季節ならではの品にである。その中でも最もメジャーな一品に手を伸ばす。それは長靴にたっぷりと入ったお菓子だ。額は千円弱。けれど中身の菓子をすべて数えてもきっとその値段にはならないだろう。半分以上は底上げされた長靴の価値といっていい。
 手にしたそれを総悟はじっと見つめる。
 "こういうのは気持ちの籠め方でしょ。"
 暫くすると彼はその長靴たっぷりの菓子を手にしたままレジへと向かった。代金を払おうとして出した紙幣を店員に渡しながら見遣った背後。そこにまたとあるものを見つけて店の者に声を掛ける。
 「ちょっと待って下せェ」
 はいと言う店員の返事を聞けば総悟は一旦菓子の並ぶ棚の前へと戻った。そこにある商品名の書かれた箱の中を探る。黄、緑、桃、青。四色ほどあるその中から桃色で中身の間違いないものを一つ選ぶと手に取る。そうしてレジへと引き返し、会計を待つ店の者にこう頼み入れる。
 「すまねェがコイツをその中に一緒に入れてくれやせんかィ」
 「いいですよ」
 「できるだけ底の方に頼みまさァ」
 店員は長靴の包装を丁寧に解くとその中から詰められた菓子を取り出した。そうして総悟に言われたとおりに渡されたものを一番底に詰めた。その上に一旦取り出した菓子をまた重ねていく。きゅっと紐を縛り透明の袋に戻す。
 これでいいですか?総悟はそう訊ねられると頷いた。
 会計を済ませるとその足で飛脚業者へと向かう。送り状にさらさらと滑るペン先が綴る文字は最愛の人の名。"様。"
 「二十四日着でよろしいですか?」
 事務の者にそう訊ねられれば、総悟はコンビニの店員にしたのと同じように、やはり静かに頷いた。







 来る十二月二十四日。今日はクリスマスイブ。武州のはソワソワと朝から落ち着きがない。届いたかな?まだかな?そんなことばかり考えては家事手伝いの手を止めてばかり。それほどまでに気になるならばと母親に連絡してみろと勧められるが、彼女はダメだよと首を横に振る。本当はすごくそれをしたいけれど、自らそれをするは避けたい。
 "だってまだ届いてなかったらお楽しみが半減しちゃうでしょ"
 こんなことを思っているから。彼女は総悟に驚いて欲しかったのだ。
 一方その頃の総悟といえば、この日も朝からいつも通りの一日を迎えていた。朝稽古を済ませ食事をとり隊務にあたる。昼をとり午後の浮れた町をやる気なさげに歩いている真っ最中だ。
 途中立ち寄る駄菓子屋で万事屋の銀時に出くわしては二人で寒ィとごちながらこんな日に寂しいもんだなと呟かれ、それはダンナも一緒でさァといったふうに他愛もない会話をし時間を潰す。あたたかかった缶コーヒーがすっかり冷たくなった頃、最後の一口を飲み干して総悟は立ち上がる。「んじゃ、俺はこれで」そう言うと陽も落ちかけた屯所への道のりを帰途につく。
 屯所へと着けば自室へと戻ろうとして通りがかった広間の前で足を止める。随分と賑やかな声が閉ざされた障子戸越しにしていた。すーっとそれを滑らせて中に顔を覗かせる。それに気づいた近藤がすかさず彼に声をかけた。
 「おう総悟っ、帰ったか」
 「何やってんですかィ?」
 ただいまとも返さずに総悟はそう訊ねた。笑顔の近藤はそんな彼をとりあえず手招く。総悟は呼ばれるままにそこに向かいながら中に居る隊士達が手にしているものに気づく。それは随分と見覚えがあるものだ。そう、姉であるミツバが生前よく送ってくれた菓子だ。
 あたりであがる水という呻き声を聞きながら総悟は近藤の傍らへと辿り着く。その側には大きな段ボール箱。中には"万事屋さんとその皆さんへ"と書かれた箱が一つと"トシ兄へ"と書かれた小袋が入っている。
 箱の中から視線をあげて、総悟は近藤の顔を見遣った。
 「からクリスマスプレゼントだって届いてなァ。見てくれホラ、俺にはコレだってよー、ほんっとはいつまで経っても俺の事が大好きで仕方ねェなはっはっ」
 「よかったですねィ、近藤さん」
 からのささやかなプレゼントに締まりない笑みの近藤へ総悟は呆れるでもなく普段の淡々とした口調でそう返した。もう一度箱の中に視線を落とす。土方宛のものがここにあると言う事はまだ彼は帰って来ていないのかと、そんなことを思う。畳の上で辛さにのた打ち回る隊士の手にあるせんべいの袋からその中身を一枚取り出し口に咥えた。そうして箱の中を伏せ目にまた覗く。だがどこをどう見てもそこには万事屋と土方と書かれた箱と袋しか見当たらない。自分宛のものはない。何を言うでもなくせんべいの袋を手にした隊士を軽く足蹴にした。

 陽が沈み寒さも日中とは違いぶるりと身震いするほど。土方が屯所の前に着いた時同じくして一台の車がそこに停まった。荷台のロゴから飛脚であると覚れば土方はすぐに他でもない、の顔を思い出した。案の定彼の存在に気づき近づいてきた配達人に手渡された荷物には総悟の名前と彼女の名前。「ご苦労さん」土方は配達人から借りたペンでサインをしてそれを受け取り屯所の門を潜る。中へと入れば賑やかな、いや、悲鳴と言った方が正しいか。何せ隊士達があげていたのは辛さに喉を傷めた為の呻きなのだから。それが聞こえる。
 「おーい、総悟ァ居るかァ?」
 会議室という名の広間へとやって来た土方はそう声をあげながら部屋の中の惨状を見て顔を顰めた。「ここに居やすぜ」総悟はせんべいを齧りながら彼へと顔を向ける。そうしてその手にあるものに目を留める。
 「手前宛に荷物だ、ほらよ」
 ニヤリと笑んだ土方はそう言って総悟に箱を抛った。中身が軽いのか綺麗に放物線を描き飛んできたそれを総悟は片手と胸で受け止めた。箱の上を見遣る。貼り付けられた送り状にある宛名は"沖田総悟様。"送り主はもちろんだ。
 が荷物を預けた際には確かに大小二つの箱は一緒だったのだ。が、何分この時期だ。誰もが皆、同じ事を考えている。加えて年末も相俟れば配送業者もごたごたと立て込むといったわけだ。同時に送った荷物の届きに幾らか遅滞があるのもしょうがないことだろう。
 何はともあれ漸く届いた自分宛の荷物に内心総悟はホッとしていた。実はあの箱の中身に自身の分がないのなんて考えられないでいた彼である。俺にはせんべいかィ。そう心で愚痴ていたりする。併せて近藤や土方、先ほどまで一緒だった万事屋の銀時に密かに嫉妬していたりもした。ただ、彼のプライドの為にそれはほんのちょっとだけだったと付け加えておくとする。
 「開けねーのか?」
 「土方さんのはこっちにありやすぜィ」
 「俺の?何だ、他にも届いてんのか?」
 「このザマぁ見りゃわかるでしょ」
 土方は総悟に言われ足元に転がる隊士の手に目を向けた。見覚えがある菓子にふうと息を吐く。
 の好意を無にするな。近藤のその一言で誰一人として数ヶ月前に見た彼女のあの笑みを思い出せば、それを口にせずにはいられなかった。手にしては目に痛いほどの唐辛子のにおいにゴクリと口内に湧く唾を飲み込む。一口齧る。すれば簡単にこの有り様の出来上がりというわけだ。
 「なるほどな」
 畳の間一面、いたるところ足の踏み場もないほどに転がる隊士達の中、総悟の傍らでただ一人締まりない笑みを浮かべては「おうトシっ!」そう言って自分を見つけ手をあげる近藤を土方は見遣る。転がる隊士を足蹴にし避けながらそこへと向かう。
 「トシっ見てくれよコレから俺貰っちゃった」
 「あいよ近藤さん、よかったな」
 「おう、ホントマジ嬉しいわ俺。あ、ちなみにトシのはコレな。まあ俺のよか思いの籠め具合は違うだろうけどー、仕方ねーさなァ。なんせはちっせェ時から『勲兄ーィ』っつって俺の事が大好きだかんよォ」
 「わかったわぁーった近藤さん。少し落ち着け」
 段ボール箱の中に視線を落とした土方はそこにある二つのうち一つ、"トシ兄へ"としっかりと名が書かれてある小袋へと迷うことなく手を伸ばす。カサカサと袋を開けて中を覗く。近藤はその中身が気になって気になって仕方ないようで見せろとしつこく土方の足、隊服を引き座ることを促がす。総悟もまたが土方へ何を贈ったのか気になっていた。その手元をじっと細く見つめる。背伸びしてまで中を覗きたい気持ちは抑えた。
 土方は薄く口許をほころばせた。そうして近藤と総悟の様子に気づくと特に総悟に向けニヤリと不敵に笑む。「見てーか?」意地悪い口調でそう訊ねる。ここぞとばかりの挑発に総悟はムッとした。だが面にそれはけして表さない。
 「どうせマヨかライターでしょ、アンタと言って連想するもんなんかそれくれェしかねーんでさァ」
 こんなふうに嫌味返し。けれど土方も負けない。が絡むと滅法弱い総悟の内心を知り尽くしている。彼は眸を細めると僅かに顎を上げ総悟を見下ろした。そうして含み笑いする。またも意地悪く言って返す。
 「さぁて、ソイツはどうだかな、」
 手前の中身が何なのか教えてくれたら自身も教えると言う土方の言い分に総悟はあからさまに不機嫌を露にした。眉間に力が入る。彼の傍らで胡坐をかいていた近藤もまた土方と同意見だと謂わんばかりにここぞとばかりの大人口調で言う。
 「見せなさい総悟」
 「イヤでさァ」
 「イヤじゃないからっ、今すぐココで開けなさい。のお兄ちゃんとしては中身を確認しておく必要があります!義務、いや権利がありますっ!!」
 「近藤さんがそうなら俺もアイツの兄貴だ。権利はあるよなァ。ってことで見せろ総悟っ」
 「調子ん乗ってんじゃねーぞ土方コノヤロー」
 「いいから見せなさい総悟っ!」
 「アンタもしつけーでさァ」
 近藤と土方、二人のからかうに総悟は先ほど力の入れた眉間に深く皺を刻む。
 自分宛だ、自分だけの物だ。二人がにとって兄のような存在である事を、そんな肩書きがあることに不貞腐れていた日々もあった。けれど今は違う。単なる仲のいい幼馴染を抜けて、兄よりも何よりも特別な存在、肩書きだけじゃない事実が自分との間にはある。にとって自分は、大事でかけがえのない恋人なのである。ニヤニヤと自分を見て笑う二人に向ける彼女の想いとは意味の違う大切さ。ならばこれを誰よりも一番に見る権利は、自分だけにしかないのだ。自分だけの物だ。後日どうせ分かる事だ。けれど今は、見せるわけにはいかない。
 荷物をしっかりと小脇に抱えて、総悟は障子戸へ向かい歩き出す。
 「あっ総悟っ!コラっ」
 近藤のそんな声がたくさんの低い呻きの中に大きく響く。土方は手にしていたからのプレゼントを隊服のポケットへと仕舞った。そうして総悟の背を見遣る。近藤も同じくそれを見つめる。二人ともその顔は穏やかなものだ。
 「トシ、」
 「あ?」
 「アイツ嬉しそうだな」
 「…ああ」
 開いた障子戸の向こう側、総悟の姿が閉まる戸に完全に見えなくなれば、二人はそう言って同時に口許をほころばせるのだった。



 ダダダっと忙しい足音が家中に響く。もちろんこの手の足音をあげるのはしかいない。届いたかな?まだかな?そろそろ届いたよね?喜んでくれたかな?朝から夕刻を過ぎてもそんな事を考えてばかり。ずっとそわそわとして今を迎えていた。
 この頃時刻は短い針が五からの六の間、長い針が八を過ぎた位置を指していた。武州も総悟たちの居る江戸と変わらず、もうすっかりと陽が暮れてしまっている。
 が何でこんなにも慌しく家中に足音を響かせているかといえば、それは「ー」と自分を呼ぶ声に続いた母親の一言が原因であり発端だ。
 大豪邸なわけでもない、さして長くもない廊下をどうやったらそこまでと謂わんばかりに息急き切らしてやって来たは、たった今やって来た飛脚業者から受け取った荷物を手にして玄関引き戸に鍵を掛けている母親を見てその目を輝かせた。
 「そーちゃん!そーちゃんから荷物!?」
 「ちょっとォ、そんなんじゃそのうち総悟君に愛想尽かされるから少しは落ち着きなさい」
 興奮と嬉しさのあまり両手で作った拳はぎゅっと胸の前。母親のそんな窘めるには大きく頬を膨らませる。
 「大丈夫だもんっ、そーちゃんが愛想尽かしても私は尽かないっ」
 「そういう事じゃないでしょう、ってあっ」
 「いーから早くちょーだいっ!!」
 待ちきれず足袋のまま三和土へと降りたは母親の手にある総悟からの荷物を奪う。箱ではない。それは少し大きめの袋だ。その上部は折られ開かないようにとしっかりと梱包されている。手にした感じ中身は軽い。送り状にある宛名にはしっかりと"様。"の文字。総悟の字だ。それを見れば一寸前の頬の膨らみはどこへやら、彼女の両の口角が自然と大きくあがる。
 「見てっ!そーちゃんの字だっ!!」
 母親はそう言って送り状から顔を上げたの頭をパシと軽く叩く。とりあえずあがりなさいと行儀の悪さをまた窘めた。打たれた箇所を手で撫ぜるだけで特に文句を言って返すでもなく、宛名である自分の名と送り主である総悟の名を嬉しそうに見つめたまま、は家の中へとあがる。
 「クリスマスプレゼントかしら?」
 「うんっ、きっとそうだよね。だって今日着になってるもん」
 「よかったねー」
 「うんっ!嬉しいなあ、何かなあ」
 荷物を両手にくるくるとその向きを変えてはは母親にやはり嬉しそうにそうごちた。そんな娘に母は開けてみたら?と訊ねる。そうだね。もそれは尤もだと思う。しっかりと貼られたテープに手をかける。が、開封しかけてその手を止める。
 「どうしたの?」
 「うん、やっぱ部屋で開ける」
 「なんで?母さんも見たいんだけど、総悟君のプレゼント」
 「ダメっ!まずは一人で、私ひとりで見たいからっ」
 の大声に驚き呆気にとられる母である。それを無視して自室へと彼女は駆けて行く。やはり足音は高い。そんな娘の嬉々とした想い溢れる後姿に、母は呆れを通り越し、あららと声をあげ微笑んだ。
 部屋の前まで来ては忙しく駆けて来た足を止める。そこから臨む庭、澄んだ夜空に浮かぶ明るい月を見てから静かに戸を引いた。中へと入れば畳に座りこむ。手にしていた荷物を自身の前にそっと置いて、姿勢を正した。
 まさかのクリスマスプレゼントだ。は総悟がこの手の事を苦手としていると思っていた。まだ武州に彼らが居た頃は自分の我が侭に渋々の顔で付き合ってくれてはいたが、けれど離れ離れとなった今、こうして総悟がこの日に自分に贈り物をしてくれるなどといったことはないだろうと、それに男の子だしと、そんな事を思っていた。だからこそ総悟からのこれは彼女をここまでも喜ばせる。中身なんて何でもいいのが正直なところだ。総悟の想いが何よりも嬉しくてしかたないである。
 目の前に置いた総悟からの荷物をじっと見つめていたは暫くして漸くそれに手を伸ばす。しっかりと貼られた太めのテープを今度こそ剥がし、折られた袋の口を立てる。わざわざ覗き込まずとも目に飛び込む中身にはにこりと笑んだ。そうして袋の中からそれを取り出す。もちろんその中身は、あの日総悟がコンビニで手に取ったお菓子いっぱいの長靴だ。
 「かわいい」
 どこにでも売っているような、わざわざ江戸でなくとも買うことのできるそれである。が、は至極嬉しそうに笑い、それを手に取りただ一言そう呟いた。子ども扱いしてなんてこれっぽちも思いはしない。ただただ、ひたすら嬉しそうに笑む。嬉しそうでは適当ではない。嬉しいのだ。自分の為に総悟がこれを見立て手に取りしてくれたのかと思うだけで、その時の総悟の様子を想像し、思い浮かべただけで、本当に嬉しくて仕方ない。幸せで仕方ない。最早自分が贈ったプレゼントが総悟に届いたかどうかなどは頭からは吹っ飛んでしまっている。
 透明の袋から長靴を取り出すとは網を縛る紐を解いた。ひとつひとつ、中の菓子を取り出していく。ガムにラムネにチョコにスナック。それを愛しむように畳の上に並べていく。そうして底に残る最後のひとつの菓子を見て、その顔にひと際輝いた笑みを浮かべる。取り出すと何よりも先にその菓子を開封した。それを摘んでは目の前に翳す。
 「コレ…」
 総悟がへと長靴いっぱいの菓子を購入する際の事を思い出して欲しい。彼は支払いを前にして一旦菓子の並ぶ棚へと戻っている。そうして一つ店の者に願い出ている。あの時彼は何を見つけ何を思い、あらかじめの中身に追加で長靴へ忍ばせたのか。
 「すっごく美味しそうな指輪だなあ」
 翳したそれを見てそんなふうに笑み声で呟くの手にあるものは桃色のプラスチックで出来た輪の上、同じく桃色の大きめな飴がついた、如何にも女児が喜びそうな菓子の指輪だ。
 「食べるの勿体ないよ」
 開けてしまったのだからして食べなければならないのはわかっていても、はそう呟かずにはいられなかった。これがたまたま入っていたのか、それともそうじゃないのか、そんな事はわからない。けれどこれに総悟が何の深い意味を籠めてなかったとしてもそうでなくとも、ただの偶然だったとしても。クリスマスに総悟から指輪だなんて、先ほどの嬉しさに輪をかけて嬉しくて仕方ない。幸せで仕方ない。夢みたいだ。
 は摘んだそれを指にはめるを試みる。けれどそこはやはり子供向けの菓子である。輪っかのサイズはちょっときつめで、薬指の根元までは進まない。仕方なく彼女は小指にそれをはめた。そうしてそれをまた眼前に翳す。部屋に置かれたツリーの電飾が桃色の飴に乱反射する。綺麗だなと、そう思う。それからくすりと一つ笑うと舌でぺろりとそれを舐めた。
 「うん、美味しいっ」
 そして、甘い。その味と総悟の想いに盛大にゆるんだ顔のままは腰をあげる。そうして側にある机へと向かった。そこにある携帯電話を手にして開く。もう一口飴を舐め、手繰るボタン。メニューは電信作成へ。宛名を総悟と選択までして、彼女は指を止める。
 「今日は…」
 月一回と決めている自ら掛ける事のできる電話。直接の総悟の声を聞くことは、今月はもう月の頭にしてしまっていた。その為、本来は月が替わるまで我慢しなければならない。総悟はたまに彼女の返信の意味がわからずで電話をくれるが、律儀な彼女である、一言二言で切るは先にも話したとおりだ。
 私からは絶対に。"そーちゃんにだけ"ってだって、それは絶対イヤだから。でも…。
 「今日は…」
 今日くらいは…。
 二度目の今日はを呟いては心の中でもまたそう続けた。思うよりも指が勝手に動いた。発信履歴を手繰っては開き、そこにある総悟の番号を暫く見つめる。我慢するべきか、せずともいいものか。きっと総悟は自分が電話しても怒りはしないだろう。けれど、それでも…。はそんなふうに心の葛藤を繰り返しまた小指にはめた飴を舐めるのだった。



 近藤と土方から逃れるように広間を後にした総悟もまた彼女がした行動と同じように自室へと向かう。言うまでもないが足取りは忙しなくはない。部屋の前へと着けば中には入らずにそこにある一本の柱に背をあずける。そうして小脇にしていた箱を手に取り直すと、しっかりと貼られたテープを剥がした。蓋を開く。それから、その中身のまずは一番上にある"そーちゃんへ"と書かれた封筒を手に取る。封はされていない。開いた便箋一枚には未だ彼が隊服に潜め持つ七夕の短冊に書かれたものと同じの文字が並んでいる。
 "そーちゃんへ。すっかり寒いね。風邪ひいてないですか?あったかくなれますように。大好きなそーちゃんへ私からのクリスマスプレゼントです!一生懸命編んだから電信みたいにツッコまないでね。より。"
 その文面は短いしありふれた事しか書かれていない。けれど総悟にとってはのあたたかみや想いがいっぱいに伝わるものだった。電信の本文も勿論彼女が打ったものに変わりない。けれど手書きの文字にはやはり敵わない。
 電信のように一箇所のツッコミどころのないそれに総悟は軽く口許をほころばせた。それから一生懸命編んだというからのプレゼントを取り出す。ガサガサと包装を解く。延びた毛糸の帯。失礼、マフラーを見て、彼は今度は失笑する。そうして呟く。
 「コイツぁスゲーや」
 何がスゴイか。総悟は別段、編み目云々など見た目の事を言っているわけではない。確かにそれに失笑をしたのも少なからずではあるが、実際はのその想いがたまらなくスゲーやと、そう言った意味だ。
 手がいっぱいとなれば総悟は空になった箱を足元へと落とした。その中に開いた包装紙も入れる。そうしての想いがいっぱいに編みこまれた少し不恰好なマフラーを首に提げくるりと回す。ふと目を瞠る。誰も側に居ないことを確認し、鼻までそれにすっぽりと埋める。その中でひと際頬をゆるめた。
 「届きやしたぜィ」
 ただでさえ小さな呟きは毛糸にくぐもりその音をさらに潜める。上目に望む月が降らせる光は今、の上にも降っている。離れて暮らす距離こそあれど、上を仰げば夜は月、昼は陽を、流れる雲も吹く風も、どこまでも続く空すらも、どれもこれも自分の上にあるものと彼女の上にあるものは違わない。同じものだ。
 届いた。鼻で吸い込む彼女の匂い。それは七月以来に嗅ぐ、優しくて愛らしい香りだ。匂いだけに留まらず首許をあたためるこのぬくもりも彼女と同じあたたかさで優しさ。編み目から跳ねた毛糸は彼女のやんちゃさ。総悟の直ぐ側に今、は居る。
 "そーちゃんっ!そーちゃん!…大好きだよ"
 「俺もでさァ…」
 "俺も…が、"
 こもり聞こえる着信の音と規則正しい振動をスラックスポケットの中に感じては総悟は心で呟きしていた続きの言葉を言うのを止めた。ごそごそと手を入れてポケットの中から鳴り止むことのない携帯を取り出す。電信受信を報せる音とは違う、これはそう電信でもなく電話とも言わない。
 "そーちゃんっ"
 が総悟を呼ぶ声だ。
 呼び声止まぬ携帯を開けばそこにある名に総悟は穏やかに笑む。ぎゅっと抱きつく埋めた口許を覆うを僅かに指で下ろしてはボタンを押しそれを耳に押し当てた。こちらが何を言う暇も与えずに総悟の耳に届くその声は、空耳でも幻聴でもなんでもない。器械を通してではあるが本当の、本物のの声、愛しいそれだ。
 「そーちゃんっ!そーちゃんありがとうっ!!」
 明るいその声に、呼ばれた名に、礼に。総悟は「今日は特別かィ?」と意地悪く問い掛ける。うんと間髪入れずな返事を聞けば彼は続けるのだ。「俺も今日は特別でィ」と。そうしてその後に、先ほど心で呟きかけた言葉の続きを。ありがとうの想いを裏側に籠め潜め、さらに続けるのだ。
 「そーちゃんあのねっ!そーちゃん!そーちゃん…」
 そんなふうに何度も呼ばれる名前のあとに。からもらう、大好きのあとに。


更新日 081224. (081211.執筆)




続編・番外編を望んで下さった、そして「愛歌」本編を可愛がって下さったすべての方々へ愛を籠め、
たくさんの感謝の気持ちを籠めて拙いながらも贈らせていただきます。
彼と彼女のように、皆様にとってもささやかでも素敵で幸せで心あたたかなこの日でありますように…

この番外編を書くにあたり彼への贈り物のご提案にてご協力を下さったソノエ様。
心から感謝しております。どうも有り難うございました!!

"The Christmas Song." case by Sougo Okita.
白いシッポ 眞嶋愛南







クリスマスのために愛南さんが書かれた五作のうちの沖田くんを、我が家にも迎えさせていただきました。
このお話は愛南さんが沖田くんの誕生日時に連載された「愛歌」の番外編です。
こちらだけでも充分にほっこりできますが、本編あってこその番外編ですので、
いちファンとして、ぜひぜひ愛南さん宅の本編「愛歌」もご覧いただきたいと思います^^
本当に本当に本当にどうもありがとうございました!(ソノエ)