学校は嫌いじゃなかったが、好きでもなかった。
 気が合いそうにみえても、結局は誰も彼もがマフィアとつながりを持つ連中だ。付き合うのをどうしてもためらわれた。親や、周りや、リボーンがなにを言ったとしてもマフィアになる気はさらさらなかったし、そんな自分がマフィアの友人をもつというのは矛盾していると思った。


 だったの、だけれど。


「ディーノくん?・・・だよね?キャバッローネの」


 その子と、逢えた。















「ああ、な」


 なぜだかリボーンにつつかれて、しゃべってしまった。お決まりの夕飯前の勉強時間。学校で出会った女の子。マフィアだけど、やけに気になる女の子。


「って、お前、知ってんのか!?」

「まあな。弱小マフィアのボスの娘だ。マフィアっつっても全然大したことねえから、キャバッローネには関係ねえぞ」

「・・・なんだよそれ、やめろよ、そんな言い方。だいたい俺だってキャバッローネには関係ないだろ」


 嫌なのはこれだ。学校でも、自分がどういう人間かということ以上に、他人が気にするのは、自分が属している(と思われている)マフィアの名前なのだ。キャバッローネだったら自分と付き合うのがいい、だとか、あいつとは関わらないほうがいいだとか。そういうことは全部、自分で決めたいのに。


「けどな、マフィアと関係ねえっつうんなら、とだって関係もてねえぞ」

「な、・・・・・なんでだよ」

「マフィアが表の連中と素直に付き合うわけないからだ」


 はそんな子には見えなかったけど。言おうと思ってやめた。リボーンの言うことにだって一理あるからだ。
 ただ、あのとき。


『ディーノくんだよね、キャバッローネの』


 そういわれて、思わず顔をしかめてしまった自分に気付いたのか、はすぐに言った。


『嫌だったらごめんなさい。ここでは、マフィアの名前も一緒にいわないと気分を悪くするひとが多いから』


 言いながらすこし辺りを見回すと、声をおとして、安心したように笑ったのだ。


『でも、よかった。ディーノくんは違うんだね。わたしもちょっと、そういうのは苦手なの』


 それで、思った。この子も自分と同じなんじゃないかって。べつにマフィアになりたいなんて考えたことはなくて、ただたまたま自分が生まれてしまったのが裏の世界だっただけのこと。誰も彼も、この世界で生きていくすべを得意げに披露しあっているような環境で、彼女は唯一の仲間のようにも思えたのだ。


「なに考えてるか大体わかるけどな」


 リボーンの声で我に返る。なにもかもお見通しのような黒い目と自分の目がかちあって、もちろんすぐに逸らしたのは自分のほうだった。


「あんまりを甘く見ねえほうがいいぞ。射撃の腕はあのファミリー随一だって聞いてる」

「・・・・・・仕方なく、だろ?強制されてるんだ、俺みたいに」

「どうだかな」


 含んだようなリボーンの言い方が嫌だ。いつもはっきりしない。そのくせ、多分間違っちゃないのだ。だからすごく気分が悪い。「坊ちゃん、夕飯の時間です」の声を合図に、乱暴に席を立った。



























「ファミリーのこと?」

「ああ。その、ちょっと・・・気になって」


 授業の合間に見かけたを呼び止めて、あまり他人の目がないところで話をした。盗み聞きの得意なやつもいるから厄介だ。彼女はそんなに親しい友人もいないみたいで、呼びかけに素直に応じた。こういうのも全部ファミリーのレヴェルのせいなのだろうか、と思うとやっぱり嫌だなとしか感じられない。


「そうだね、うちのファミリーは名前もあまり知られてないし、分かりづらいよね」

「え、ごめん、そういう意味じゃなくて・・・」

「ううん、いいの。いくら気にしたくないっていっても、こういう学校だし、知っておいたほうがいいに決まってる」


 キャバッローネのことはよく知ってるよ、といたずらっぽく笑って、すこし考え込むように視線をさまよわせた。


「といっても、本当に、弱小って言葉がぴったりだから・・・。いつまでやっていけるかも危ういし」

「あ、で、でもさ、はべつに、マフィアが好きってわけじゃないだろ?だったらファミリーがなくなったって、それはそれで」


 むしろそのほうが、このしがらみからも解放される。深くは考えないで、素直な気持ちだった。


「・・・・・・ディーノくんは、あんまりファミリーが好きじゃない?」

「え、?」


 思わぬ切り返しだった。てっきり同意が得られるとばかり思っていたところに、まったく別の方向から問いかけられて、言葉につまってしまう。


「わたしはね、うん、確かにマフィアっていうのはあんまり好きになれないんだけど・・・でもファミリーの人たちは好きなの。小さいころからわたしの面倒みてくれてる、本当に家族みたいな関係だし。ディーノくんもそうじゃない?」

「お、俺・・・は」


 彼らのことを家族だと考えたことがあっただろうか。彼らはあくまで父の部下で、自分とは関係のない人間だと決め付けていたようなところがある。それでも、それでも自分が本当に幼いときは、もしかして家族のように感じていたことが、あったのかも、しれない。


「ほら、わたしもね、一応ボスの一人娘だから。場合によってはボスを継がないといけないの。あんまり考えたくないけどね。でも、もしわたしがボスなんか継がないって言い出したら、ファミリーの人たちはばらばらになっちゃうかもしれないじゃない?それって絶対嫌だなって思って・・・それでとりあえず、自分のできることをしようって」


 射撃の腕はファミリー随一、リボーンの言葉が頭をよぎる。それは決して強制だとかそういうことではなくて、自分が大切だと思うひとたちのために、自分が選んだことなのだ。そこにはマフィアだとかそうじゃないとか、そんなことは関係ないように見えた。


「・・・うん、そうだな、俺、逃げてたのかもしれない」

「え?」

「あ、いや、こっちの話」


 自分も、恩返しをしよう。自分に良くしてくれる彼らのために、すこしでも、自分にできることを。


「ありがとうな、

「? うん」


 休み時間の終了を告げるチャイムが鳴った。





























「ボス、まーたさんのとこ行くのか?」

「またっていうな、1ヶ月ぶりだろ?それにいつまでもさんなんて気安く呼ぶなよ、向こうもボスなんだから」

「そうだよな、お互いボスになっても1ヶ月間隔で会ってりゃ立派だよ」

「・・・・・・」


 ばつが悪そうに車に乗り込む我らがボスを見送って、ディーノの部下たちは肩をすくめた。


「長いよな、ボスの片想いも。もう何年だ?」

「さあなあ。けどあれだぜ、俺、最近向こうのヤツと話したんだが、さんとうちのボスと早く結婚でもしてくれりゃファミリーも安泰なのにとかぼやいてた」

「周りは乗り気なんだな」


 いい加減、帰ってくるときにいい知らせのひとつも持ってくればいいのに。そう思いながら、彼らは屋敷の中へと戻っていった。





















――――――――――


(2006.12.29)