「やっべえ、、あれどこやったかな?昨日届いた・・・」

「・・・手土産用のワインですか?あれならもう車へ運んでるはずですよ。それよりボス、ネクタイ曲がってます」

「えっ、まじで!ちょ、直してくれよ。もう時間がないんだ」

「どうして直前にこうばたばたするんですか・・・」


 呆れたように言って、でもの手はディーノのタイをきゅっときれいに仕上げてやる。サイドテーブルにあった手鏡を渡して、髪型の最終チェックを自分でさせると、襟元についていた白い糸くずをつまんで、窓の外へと追い払った。


「サンキュ。なあ、べつにどこも変じゃないよな?俺、ボスっぽい?」

「ボスはいつだってキャバッローネのボスです。いつもどおりでいいと思いますけど」

「そう言ってくれんのはありがたいけどさ、でも向こうのボス、頭ガッチガチで・・・あ!そうだエンツィオ!」

「は、さすがに肩に乗せてお会いするわけにはいきませんので、今日はお留守番です。・・・わたしと一緒に」


 その代わり、優秀ーな他のみなさんが同行しますから。急にトゲトゲしたの態度の理由をじゅうぶんに分かっているディーノは、あはは、と乾いた笑いを浮かべてからすこしばかり不自然に距離をとった。の目がぎろりとディーノをにらむ。


「じ、じゃあ、エンツィオのこと、頼むな。できるだけ早く帰ってくるつもりだけど・・・」

「あら、ごゆっくりしてきたらいかがです?せっかく、うるさいお目付け役がいないんですから!」


 うるさいおめつけやく、の部分を強調するように言うと、はぷいとそっぽを向いた。自分で蒔いた種とはいえ、まさかこんなにもの機嫌が悪くなるとは思っていなかったディーノは、ああ、いや、うーん、と口の中だけでもごもごとつぶやく。これで本当にきちんとビジネスしているのだろうか。ディーノの部下になってからというものの、一度も彼の取引現場だとか、そんなものに連れて行ってもらったことのないは、心配するというよりもむしろ不思議に思ってしまう。
 ディーノはなぜか、を自分の仕事に同行させようとしなかった。単独や、他のメンバーとの合同任務はもうすでに何度もこなしている身であるので、実力的には充分彼のボディガードだって務められるはずなのに、それを拒まれるのは、やはりひどく傷ついた。自分が女だからなのか、ファミリーの中でも年若い部類に入るからなのか、そんなことをいろいろ考えて、とうとうディーノに直談判しにいったのが昨日の夜。すると我らがボスの答えは、


 いや、ってホラ、あの、母親みたいなところあるだろ?

 ボス、それじゃあもよくわからねえんじゃないのか?もっとハッキリ言ってやれよ、要するにうるさいお目付け役なんだって

 う・・・うるさい・・・?

 おおおおい、ロマーリオ!



 正確にいえばロマーリオのセリフだったのだが、はショックのあまり、ボスのばか!もういいです!と怒鳴って部屋を後にし、そのまま今日の朝を迎えてしまった。ディーノはそれを忘れていたのかいなかったのか、とにかく多少の罪悪感はあるようで、でもエンツィオの世話だって大切な仕事だぞ?となんのフォローにもならない言葉をかけてくる。


「ふんだ、いいですよ。ようするにわたしは頼りにならないのに口ばっかり達者ってことですよね。そりゃいらないですよね」

「だ、だから、いらないなんて一言も言ってないだろう。そりゃまあ、たまーに心配性だな、とか思うことはあるけど・・・」

「うるさいんですよね。わかってますよ、どうもすみません」

「そうじゃないんだって。だから・・・なんて言ったらいいのかな、俺の問題なんだよ、つまりは」

「わたしがいるとボスのやる気がそがれるってことでしょう。あ、ロマーリオさんが呼んでますよ。もう時間なんじゃないですか」

〜・・・」


 なにを言っても聞き入れないに対して、本当に怒らせたんだとディーノはしょんぼりと肩を落とした。そんなディーノをみると、もなんだか自分ばかりが悪いような気になってきて、もういいですから、とすこし声音をやわらかくした。


「それより、今日の取引、がんばってください。ボスが帰ってくるまでに、ケーキを焼いておきますから」

「え、ほ、ほんとか?もういいのか?」

「それはそれですけど、でも、いつまでもこれじゃあ、子どもみたいですし」


 ほらほら、とはディーノの背中を押して、玄関へと向かわせる。ディーノがごめんな、と言うから、は苦笑して、いってらっしゃいと手を振った。






 すこし後ろ髪ひかれる思いでディーノが車に乗り込むと、隣へ座ったロマーリオがからかうように声をかけてきた。


「ボス、そんなに寂しいんなら、も連れてきゃいいんだ。ホントは一緒にいたくて仕方ないくせに、妙なところでカッコつけるんだもんなぁ」

「ううううるさいな、大体ロマーリオ、お前が余計なことを言うからややこしくなったんだぞ!」

「けど、連れてく気はないんだろう?だったらああでも言わなきゃ、あんとき引き下がらなかったと思うぜ」

「それは・・・・・・でも、怒らせた」


 しゅんとして、流れてゆく窓の外を眺める様子からは、ボスの威厳をかけらも感じられない。ほとんど自分の子どもでも見ているようなつもりになって、ロマーリオは笑いを抑え切れなかった。


「仕事してるボスを見せれば、だって見直すと思うけどなあ。やっぱり連れてきたらよかったんじゃねえか?」

「だめなんだって、俺はまだ半人前だってリボーンのやつにもさんざん言われてるし。肝心なところでヘマするんだ、そんなのに見せてみろ」


 もう俺は絶対、の中で情けない男ナンバーワンになる。ほとんど頭を抱えてしまったディーノに、今もうすでにベスト3にランクインしてるんじゃないのか、とはさすがのロマーリオも言えなかった。















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へなちょこも跳ね馬もすきです


(2006.9.13)