「じゃあごめんね、そろそろ部活のほうに顔出さなきゃ」
そう言って椅子から立ち上がったシャーリーを見送って数秒後、入れ違うように生徒会室に入ってきたのはルルーシュだった。彼は部屋にしかいないのに気がつくと、物珍しそうにぐるりと見渡して、それからまた視線をでとめた。
「珍しいな、一人か?」
「うん。シャーリーに会わなかった?ちょうど出て行ったばっかりなんだけど」
「ああ、角のところですれ違ったよ。部活に行くとか言ってたな」
「大会が近いんだって。本当なら練習に専念したいと思うんだけど、こっちの仕事も手伝ってくれたの。そういうルルーシュも、今日は遅かったね?」
向かいの席についたルルーシュを目で追いながら訊ねると、相手は肩をすくめてすこしばかり拗ねたようにした。
「今朝からナナリーが風邪気味なんだ。熱があって。だから様子を見に」
「ええ、ついてあげなくて大丈夫?」
「・・・そう言ったら、咲世子さんがいるから平気、お兄様ちゃんとお仕事してください、って追い出された」
「ぷっ、」
拗ねた顔の理由がわかってがちいさくふき出すと、当然ながらルルーシュの表情は不満げなそれに変わる。の前につまれた書類にちらりと目を向けると、今度はあきれたようにふんと鼻をならした。
「俺はと違って普段から仕事はきっちり片付けてるから、ナナリーに気を遣われるまでもないんだけどな。・・・どうにかしろ、その山」
「え?あ、これ?だって聞いてよ、来たら朝より増えてたの!朝は確か・・・3センチくらいだたけど、今はホラ、5センチくらいあるでしょ?きっと会長が足しちゃったんだ」
「そういう問題じゃないだろ」
日頃から余裕を持ってこなしておかないから溜まるんだ。笑われたことへの仕返しなのか、ネチネチと嫌味だかお小言だか区別のつかないことをぐだぐだと並べ立てられ、しかしその間にもルルーシュの手は自分に割りふられた仕事を器用にこなしている。この人意味わからない。そうしようと思ったわけではなくて、ただルルーシュの口と手のあまりの動きの違いに思わず見入られ、結果的にがルルーシュのお小言も聞いていないし、かつ仕事も片付けていないという状況に陥ったことにようやく気付いた彼は、おい、と声をとがらせての名前を呼んだ。
「話を聞いてるのか。聞かなくてもせめて手は動かせ。言っておくがそのペースじゃ、確実に今日中には終わらないぞ」
「・・・え、あ、え、大丈夫でしょ?だってまだこんな時間だし、これからリヴァルとかニーナだって戻ってくるはずだし・・・」
「だから?戻ってきたっての仕事は手伝えない」
つい、とルルーシュが指さした先には、とおなじくらいの量の仕事がつまれているリヴァルの席。それからすこし離れたニーナの席にも目を向けたが、当然彼女にだって、リヴァルほどではないものの、それなりに仕事がある。シャーリーはおそらく今日はもう戻ってこなくて、カレンは休みで、会長が手伝ってくれるわけがなくて。
「・・・ス、ザク」
「あいつなら軍務があるってもう帰った。そもそもスザクがいたところで、大して進まないだろう」
あいつは筋肉バカだからな。さらりとひどいことを言って、なぜかルルーシュは勝ったように微笑んだ。反論のしようがないは口をぱくぱくと何度か動かして、ううう、と悔しそうに相手を睨みつける。それを受けて嬉しそうに笑みを深くした彼は、とどめの一言を放った。
「手伝ってやらないからな」
「・・・・・!」
なにも言ってないのに。けれどルルーシュに言われなかったとしたら、数秒後には頼んでいただろう。今さらながら横につまれた書類の束にめまいがしてくる。こんなんじゃ下校時刻をおおきく過ぎたって帰れないかもしれない。は書類と時計と、得意げにというかいじわるくこちらを見ているルルーシュとに、かわるがわる視線を投げてから、黙ってすこしの間考えて、がさりと書類の束を抱えると、ルルーシュからは一番離れた席へそそくさと移動した。それを、意外な様子でルルーシュが見ている。
「何してるんだ?」
「ルルーシュから離れてる」
「どうして」
「目の前にいられると気が散るから」
そもそも仕事を溜めていたのは自分だけれども。ほとんど八つ当たりのような言葉をあびせてどさりと席に着くと、相手はあきれたように息をついた。
「だったら初めからきちんと仕事していればいいんだ」
「わ、わかってるけど、ていうかべつにサボってたわけじゃないし、いいでしょルルーシュはさっさと仕事片付けて帰れば?ナナリーちゃん心配だもんね!」
八つ当たりだと自覚しながらも口が勝手に動いてしまう。心の隅のほうでは反省しながらも、鼻息荒くぷいとがそっぽを向くと、ルルーシュのまわりの空気がかるく動いたのが分かった。要するにちいさく笑っている。気分を害された様子ではないので、でも油断はせずに、そうっと視界の端で少年の姿を捉えてみるとばちりと視線が合ってしまって、あわてて瞳をシミひとつない真っ白な壁へと戻す。目がちかちかした。
「悪かったよ。こっちの仕事はすぐ片付くから、手を貸してやる」
「い、いいったら、・・・早く帰ってあげたほうが」
「そんなにあからさまに不安げな顔されて、放っておけるわけないだろ。本当に分かりやすいな、は」
「・・・ごめんなさいね、単純で」
「悪いなんて言ってない」
素直ってことだろ。そう言う声音はおもしろがっているようで、ほめられているのか、それともやっぱりこれも嫌味のうちなのか、いまいち判断がつかなかった。けれどファイルをぱたりと閉じて、の目の前の席に律儀に移動してきたルルーシュの顔は、べつに嫌味っぽくはなかったので。
「嫌いじゃないよ、そういうのは」
それが別に、主に某幼なじみのことを指しているのだとしても。でもまるで好きだって言われているようにも聞こえて、恥ずかしくなって、誰でもいいから早く戻ってきてくれないかなあと心底願ってしまうのだった。
黒、
「あれ、二人だけなの?」
「なんだスザク、戻ったんじゃなかったのか?」
「うん。そうなんだけど、急に予定変更になったから、なにか手伝えるかなと思って。あ、もしかしてお邪魔だった?ノックしたほうがよかった?」
どうして戻ってくるのがこいつなんだ。
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(2007.12.2)