応接室のドアを開けた草壁の目に飛び込んできたのは、彼の所属する並森風紀委員会の委員長である雲雀恭弥がソファに腰掛けている姿と、その膝の上にあろうことか頭を乗せてすやすやと寝息を立てているだった。草壁のすべての動きは一瞬ぴしりと止まって、けれど雲雀がこちらに視線を向けてきたのを受けると何事もなかったかのようにドアを閉め、頭を下げる。


「委員長、お疲れ様です」
「うん。例の他校連中の動きはどう?」
「委員長のお手を煩わせるほどではありません。先ほど我々の手でケリをつけました」
「そう。ならいいや。ご苦労様」


 言うと雲雀は大きくあくびをして、に目を落とす。草壁も思わずその視線を追うようにして、それからあくまで自然に自然に、部屋に入ってきてからの最大の疑問を口にした。


「・・・あのう、なにがどうなってはそうなったんですか」
「え?・・・ああ・・・。小テストがあったんだって、今日。その勉強で昨夜はあんまり寝てなくて、眠くて仕方ないって言いながら寝たよ」
「はあ・・・。・・・で、その体勢ですか」


 いかにも気持ち良さそうに寝ているは、心なしか笑っているようにも見える。そりゃあの雲雀が膝枕なんかしてやっているんだから当然だろう。そしてあろうことか雲雀はその髪の毛を優しく梳いてやりながら、またひとつあくびをした。


「最初は座ったまま寝てたんだけど、前に倒れたり横に倒れたりで落ち着かないからもう横にさせたんだ。そしたらやっと寝安くなったみたいで・・・ああ、もうだいぶ経ってるね」


 時計を見上げながら言う雲雀を前に、草壁は軽い頭痛を感じた。いつもそうなのだ。自分たち風紀委員やその他の人間を前にしたときの雲雀はもっとも恐るべき不良であり、畏怖の対象であり、同時にひどく尊敬してやまない存在であるのに、と接している彼は何倍にも軟化して、わずかに細められた目やゆっくりと動く指先や微笑さえ浮かべているような口元はすべてただひとりだけに向けられて、雲雀がどれだけ彼女を大切にしているかということが充分すぎるくらいに伝わってくる。
 ただ不思議で仕方ないのは、それを雲雀がおそらくはまったく自覚していないだろうということで。


「・・・あ・・・お・・・お優しいですね、委員長」
「別に。ふらふらされると目障りだから」


 ふらふらされて目障りだと膝枕をしてやるんですか委員長・・・。風紀委員たちはよく応接室を出入りするのことも、その彼女に対して雲雀が異常に甘いこともよく知っているからともかくとして、この状況がたとえば他校生だとか、雲雀を並森の恐怖と信じて疑わない人々の目に入りでもしたらと思うと、草壁の頭痛は留まるところを知らない。けれど彼がそんなことに悩んでいるとはまったく考えもつかない雲雀は、左手での頭をなでたまま、右手をひらいて草壁に「ちょっと」と呼びかけた。


「は、はい、なんでしょう」
「そこのファイル取って。まだ全部目を通してないのに、が寝ちゃったからそこまで行けないんだ」
「お、は、ファイルですね。・・・お、起こさないんですか、のこと」
「そんなことしないよ、こんなにぐっすり寝てるのに。にだって寝る権利はある」
「・・・・・・そうですね」


 なんとも言えずに草壁が微妙にうなずいたところで、くちゅんと音がした。雲雀と草壁が同時に視線を下に向けると、が寝たままくしゃみをして、もぞもぞと動いている。起きるのかと思ったがそうではないようで、まるまっていた身体をさらにちぢこめてまた寝息を立てる。ああ、寒いのか、と草壁がどうでもよさそうに考えをまとめていると、雲雀がおもむろに肩にかけている学ランを脱いで、そっとの上にかけてやっていた。


「いいいいいい委員長!?」
「静かに。起きる。さっきから君はなにをいちいち妙な声を出してるんだ」
「いや、それは・・・!・・・・・・・・・すみませんでした」


 また声を荒げてしまって雲雀にじろりと睨みつけられたのでとりあえず謝っておいて、なんとかため息をつくのだけは押さえ込んだ。やりにくい。これがいっそ、雲雀とが付き合っていて、お互いがお互いを好きなのだとはっきりしているのだとしたら、草壁ももうすこし言いようがある(お熱いですね委員長!羨ましいかぎりです!とか。そんなこと言ったら間違いなく咬み殺される)。
 けれど残念なことに今の時点でわかるのは、すくなくともは雲雀になついていて(でなきゃこう毎日毎日応接室まで来て、彼に膝枕なんかしてもらって熟睡できるわけがない)、雲雀は雲雀でを気に入っているのだということくらいだ。何日か前、のクラスが校庭で体育の授業中だったとき、この部屋の窓からその様子を見下ろしていた雲雀は「ってなにか変なものでも出しているのかな」とひとり言のようにつぶやいていた。どうしてですかと尋ねれば、「なんだか目を引くから」と返してきたのをきっと草壁は一生忘れないだろう。相手が雲雀なだけに、のろけるなと文句を言うこともできない。変なこと思い出したなあと雲雀たちを盗み見ると、がまたもぞもぞ動いて心底幸せそうに「ひばりさん」なんて寝言をいっていた。


「・・・どんな夢見てるんだろうね」
「・・・そうですね」


 それを聞いた雲雀の顔も心底幸せそうにゆるむので、やっぱり今日も草壁はなにも言えない。











紫?





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(2007.10.20)