「俺、たまたま聞いちゃったんですけど・・・」
ぱんぱん、と、水気を含んだ隊服を広げて、竿に掛ける。ここしばらく雨続きだったのが、今日は久しぶりに晴れていい天気だ。そういうときにかぎって、山崎が洗濯当番だったりする。たまりにたまった洗濯物をひとつひとつ干していきながら、後方の縁側で寝そべって暇そうに猫の相手をしている沖田に、声をかけてみた。
「この前、局長に調査を頼まれてたのを報告しに行ったんですよ。ほら、攘夷派のあれ、この前の過激派が最近妙に大人しいから様子を見てきてほしいって言われて。・・・大変だったなあ、うん、あとすこしで正体バレそうになったんですよ、俺・・・」
「なあにゃんこ、俺はねィ、ああいうふうに前置きが無駄に長いヤツってのは絶対出世できないと思うんでさァ。アイツ酒に酔ったときとか言うんですぜ、俺いつになったら出世できるんでしょう沖田隊長どう思います?とかなんとか。俺はそういう女々しさこそが」
「すいません確かに前置き長かったです、お願いですからいっそ面と向かって言ってください。ていうか俺、酔うとそんなこと言ってるんですか・・・」
「監察方が不満なら土方さんにでも掛け合ってやるって言うと、やめてくださいよォ、そんなこといったら俺が今の仕事に不満もってるみたいじゃないですかァ、俺はこの仕事に誇りをもってるんですよォ、でもいつ出世できるんだろ、のくり返し」
「ほんとすいませんって!恥ずかしいからやめてくださいって!なんかマジで猫も聞いてる感じするし!」
「じゃあさっさと話せ」
猫のあごを撫でてやりながら沖田が言うと、山崎はなにか言いたげに声をつまらせたあと、気を取り直したように洗濯物をまたひとつ手に取る。
「・・・で、ええと、なんだったっけ・・・。ああ、そうだ、それで局長室の前まで行ったとき、話し声がしたんです。誰だろうって声聞いてみたら、局長とで」
「?」
猫を撫でる手を止めて、沖田は顔をあげた。上半身も起こして縁側に腰掛けるようにすると、猫は甘えるようにその膝の上に乗ってくる。続けて今度は頭を撫ぜながら、沖田は話の先をうながした。
「で?」
「初めは世間話かな、なんて思ったんですけど、どうも声が深刻で、気になって立ち聞きしちゃったんです。あ、誤解しないでくださいよ?俺、べつにいつもそんなことしてるわけじゃないですからね。・・・それともこういうの職業病っていうのかな、思わず耳澄ましちゃうっていうか・・・」
「俺は話を脱線させるヤツも出世しないと思う」
「す、すいません」
慌ててずっと手にしていた洗濯物を竿に掛けて、また次に移った。副長のか。副長の隊服はどんなに洗ってもヤニ臭さと油臭さがとれない。後者は言わずもがな、黄色いアレのせいだ。
「どうも、故郷のご両親から手紙が来たみたいなんですよね。そこに、もう真選組なんか辞めていい加減帰って来い、ってことが書いてあったらしくて・・・それで局長に相談してたんです」
「・・・帰って来い、って」
沖田が手を止めてくり返す。とは近藤たちと江戸に出てきてすぐに知り合って、真選組を結成するにあたって家の反対を押し切り、無理に入隊したのだという話は本人から聞いていた。幼いころから剣術を学んでおり、女子としてはめずらしく、刀で身を立てたいと考えてもいたらしい。そんなことを思い出していると、山崎がそれを見透かしたかのように続けた。
「ご両親、絶対に結婚はしてほしいみたいなこと言ってたらしいんです。で、ちょうどいい見合い相手がいるし、もう好き放題しただろうって。しかも真選組って、ほら、最近あんまり評判よくないし。・・・自身は見合いなんてしたくないし、できることならこのままずっと真選組にいたいみたいなんですけど、入隊したときにさんざんワガママ言ったのも後ろめたいし、どうしようって。局長も悩んでましたよ」
話している間に、かごの中の洗濯物はだいぶ減っていた。山崎は腰を屈めてそれを取り出すときにさりげなく沖田の様子をうかがう。沖田に話すつもりはないが、近藤はこんなことも言っていた。「総悟のことはどうしたいんだ」と。が沖田をすくなからず想っていることは、近藤だけでなく、山崎も知っている。もちろん直接相談を受けたりだとか、そういうわけではないけれど、監察方を務めるだけあって、彼女の気持ちに気付いたのだ。そしてそんな彼だからこそ、沖田の気持ちも、本人の口から直接聞いたことすらないものの、ほぼ確証している。
そのときは、黙っていた。けれどなにより、沖田と離れたくないと思っているのは明確だった。近藤は、そんなにすぐに答えを出さなくて良いのなら、もうすこし考えてみたらどうだとは言っていたが、がどんなに考えたところで、現在の状況で彼女の選択肢はひとつしかないも同然だ。だから近藤がなにか沖田に働きかけるかとも思ったが、もともとの山崎の任務であった攘夷派の動きもあり、なかなか話す機会が作れないようだ。だから、独断だけれど、自分で動いた。
沖田はなにも言わずに猫を撫でている。たださっきまでよりも顔がどことなく険しくて、まるでこれから誰かを斬りに行くみたいだ。・・・なんて、そんなこと言うもんじゃないか。
「・・・沖田さんは、どう思います?」
「・・・・・」
「たしかにがこのままずっと真選組にいて、毎日刀ばっかり振り回して、いつ死んでもおかしくないような状態でいるよりは、親御さんのいうとおりに誰かと結婚して、子ども産んで、静かに暮らしていくほうが幸せなのかなって、思わなくもないですよ」
ぱん、と最後の洗濯物をはたいた。それを掛けようと手をのばしていると、背後から猫のするどい声が聞こえて、思わず振り返る。どうやら沖田が急に立ち上がったため、猫が膝から転がり落ちてしまったようだ。沖田はそのまま身をひるがえすと、屯所の中へと入っていってしまう。山崎はわずかな期待をこめて、その背中に向かって声をかけた。
「沖田さん」
「・・・俺は、そうは思わねえ」
見えなくなるまで沖田の後姿を追ったあと、山崎は思い出したように手にした洗濯物を竿に引っ掛けた。それから大きくのびをして、思わず口元をほころばせる。ひと仕事、終えた。
…藍
次の日ののうれしそうな顔をみれば、自分の仕事が成功したかなんて、一目瞭然だった。
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(2007.9.24)